ぞくぞくとやってきた魔法使い達

 うちの国は大丈夫なのだろうか、と思いながらも治安維持隊副隊長アストは新設された魔法部隊系十名と開発部四人を引き連れて城下を練り歩いていた。目の前には隊長が率いている魔法使い達がいる。


 さながら遠足のように彼らを案内しているのには訳があった。新しく魔法使いが二十五人も来てしまったものだから家を建てるのが間に合わない。というわけで、気に入った土地を選んでもらってから建てることにした、とお茶を濁したのだ。それまでは城か宿舎に寝泊まりしてもらっている。


 ちなみにこれを聞いたメティは「いいな、私もそっちが良かったな……」と一等地に家があるくせにうらやましがった。

 そして魔法使い達はと言うと、アルランド王国で着ていた服のままなので、とても目立っていた。町中にローブ集団がいたら嫌でも目立つのは当たり前なのだが。

 好奇の視線にさらされた彼らは居心地悪そうにしている。


「あの空き地が最後です。皆さん、気に入った土地はありましたか?」

「本当に言ったとおりのことをしてくださるんですねぇ。アルランドにいたときは家なんて死んでも持てないと思ってましたぁ」


 土地代も維持費も税金も何もかもアルランドより安い、フォカレの唯一いいところかもしれない。さりげなく商店街を見回って物価を確かめていた彼らは、けれど少し困ったように周囲を見回して、囁きあった。


「水道はないみたいですね」

「井戸かぁ。故郷を思い出すな。でもお湯は出ないみたいだな」

「寒いの苦手なんだ……」

「アルランドより冬は暖かいって聞いたぞ? ただ、商品の種類が少ないな」

「魔法薬は売ってないみたいですね。調達は輸入でしょうか」

「図書館はないのか?」

「議会場もなさそうだったな。マジかよ」

「道も舗装されてないし馬車もない」

「でも馬糞なくて清潔ですわよ。わたくしこっちのほうが好きだわ」

「あれ臭いですよねぇ」

「わ、私は学校に亜空間がないのが気になりました!」


 そうだな、と魔法使い達は顔を見合わせた。


「なぁ、一応聞いときたいんだけど、部署に振り分けられたとき、仕事何するか具体的に言われたか?」

「法律整備の手伝い」

「金勘定」

「お前らのとこは具体的だな……開発部と魔法隊らはなんかふわっとしててよ」


 アストは魔法使い達がごにょごにょ話すのを聞いて平和だな、と思った。現実逃避ともいえる。


「あー、わかる。なんか怪我をしないように、とか無理をしないように、とか言われた」


 それは激務で死相が出ていた魔法使い達にびびった隊長達の「元気になるまで待とうか」という暖かい心遣いだったのだが、彼らは気づいていなかった。


「僕がやることは決まっています! 森林を復活させ! 魔法生物を守ります!」

「お、おお……。よくわかんないが、がんばれよ」


 今日の夕飯は何かな、とアストは遠い我が家の風景を思い浮かべる。


「とりあえず、しばらくは様子見かしら?」

「だが、給料は前と変わらないんだぞ? そんなうまい話があるのか?」

「えーと、うーんと、とりあえず何かしようにも材料がそろってないんじゃ?」


 国交と言えば周辺国とイレーヌ諸島。そしてきな臭くて戦争が近いという話だ。だが城下は落ち着いているし、アルランドよりのどかだ。

 もしかして、と一人が思いついた。


「インフラ整備が目的だったりして」

「どういうこと?」

「募集要項を思い出してください! 水道もない、電灯もない、お湯も出ないし森も水もないし土地も痩せてる。でも募集は育成魔法、土魔法に精通した魔法使いを求めている、と」


 なるほど、と魔法使い達は納得した。


「魔法部隊は見回りと補修専門か。だから二部隊も作ったんだな」

「なんだ。この時期だから戦闘要員かと思ってたぞ。戦争するのかと」

「オレは残業が三時間以内だったらもう何でもいいよ。国境線には結界はっとこうぜ。聞いたんだけど、第一級戦闘方砲弾魔法とか濃縮破壊魔法とか使われたことないみたいだし」

「なら、二級の結界張れば良いのね。武器は槍とか剣でしょ? ついでに探知魔法付けとけば楽勝ですわ」

「平和だなー」

「では魔法外遊部隊は陛下のお供をしながら各国を回って、必要な素材を探す係でしょうか」

「開発は実際に品を作るって事だね」

「魔法生物!」

「なら内勤業務になんで魔法使いが必要なのよ」

「ほら、ここは元々魔法使いがいないですから、専門用語とか出てきたら困るでしょう?」

「あ、そういうこと」

「で、ですが! なら学校の教師の私はどうしてなんでしょう」

「そりゃもちろん先行投資だろ。未来の子供達が魔法を使えるようにするためだ」

「あ、そうですね。そうでした」


 かってに勘違いしていく魔法使い達は安心した。

 適当に全員採用されたわけじゃなかったんだ、と。



 森を作る予定の土地に、エルルとダーリーンはいた。


「ふー」


 エルルは土魔法ができる。だが最も得意とするのは促進、合成、変容の魔法――魔法生物を作るために最も必要とされる魔法だ。それはただ呪文を唱えるだけでなく、地上に住むあらゆる生物の生態に精通していなければならない。なぜならば魔法生物とは無から有を生み出すのではなく既に存在している生きとし生ける動物達に改変を与えた結果生まれるからだ。


 そのため、魔法生物を好き勝手に生み出すには得一級の許可が必要になる。この免許はアルランド王国では五人しか免許を取っていない。

 しかし場所が変われば常識も変わる。法律が間に合っていないこの国ではやりたい放題であった。


 ときどき錬金術と混同して合成魔法を使うやつがいるが、あんなのは魔法生物を苦しめるだけの邪道である。


「ちょっと! 生態系破壊するようなのは却下。作ったら殺しますわよ」


 と言ったのは、エルルと同じ開発部所属のダーリーンだ。妙齢の女性で年は二十八歳。色っぽいと評判だが中身はさくっとしている。

 彼女は資料を捲りながら厳しい顔をしていた。


「わかっています。魔法生物とは共存するべきなのですから!」

「……本当にそう考えてればいいのですが」


 半目になったダーリーンは周囲を見回した。

 この間まで小さな林だったはずの場所は、規模を三倍に拡張させ、木々の太さもそれに比例するように増していた。

 これはエルルの施した促進魔法の作用だ。


「エルルさーん」

「あ、メティさんとリマスくん」


 駆け寄ってきたリマスの頭を撫でるエルルは、その後ろからやってきたメティを見た。走って追いかけてきたせいで頬がピンク色になっている。


「こんにちは。促進魔法ありがとうございます。肥料持ってきたので倉庫に入れておきました」


 メティはまだイレーヌ諸島の引き継ぎ途中なので、ときどきこうやって荷物を運んでくる。ついでに一緒にいたリマスと年が近いこともあって、エルルはすぐ仲良くなった。


「ありがとうございます! そうだ。メティさんは魔法生物は好きですか? 今どんな魔法生物を作るか考えていたんです!」

「ここら辺の魔法使い、あなたしかいらっしゃいませんし。参考に聞きたいのよ」

「蜂がいいです!」


 即答したメティに、それもそうだわ、とダーリーンは頷いた。きょとんとしたリマスはメティの服を引っ張る。


「師匠、蜂の魔法生物がいるんですか?」

「そうですよ。ポーションには必ず魔法蜂の蜂蜜が入ってるんです。それを入れないと苦いですからね。私は魔法生物については素人同然ですが、こちらにいるエルルさんとダーリーンさんは専門家なんです。お二人がいれば養蜂も完璧です」

「ま、まあアタシにかかればそんなもの簡単ですわ! ね、エルル!」

「僕も魔法生物との共存の方法は心得ています!」


 リマスからの尊敬の視線で反り返るほど胸を張った二人。

 似たもの同士だった。


「でも、問題は熊ですわね」

「大丈夫です、僕の立てた新しい理論によると、魔法蜂のフェロモンに反応してるはずなんです。今度の蜂はそれを抜けば、熊は寄ってこないはずなんですよ!」

「あらたのもしいわ。それで、他に要望はありますの?」

「……。そういえば、お師匠様。王宮の方から話を聞かなくていいんでしょうか?」

「よくわからないでしょうし、いいのでは? メティさんは魔法薬を作りたいのよね。だったら魔法木はどうするのです?」

「あ、それは庭に植えようと思ってるんです。もしかして森に植えたほうがいいでしょうか」

「将来的には国の所有になりますし、それはおすすめしませんわね。でも、枝を分けていただけるならお願いしたいわ」

「いいですよ」

「ということでエルル、作る物が決まりましたわ。蜂、土蜘蛛、ミミズ。将来的には川もできるでしょうし魚類もいりますわね」


 魔土蜘蛛は巣が堅いセメントの材料になるし、糸は絹の肌触りで鉄の強度。どちらもインフラ整備のために必要な素材だ。ミミズは土を豊かにするので肥料を撒かずともよくなるし、魔法ミミズがいる土地でしか生息しない動植物も、いずれ連れてこられる。そうすればアルランド王国と並ぶ環境地盤ができるだろう。


「わー! 待ってくださいダーリーンさん。僕は動物も魔法生物にすべきだと思ってるんです。鹿と兔と狼と、あとあと――いたっ!」

「おばか! ここを魔境にするつもりかしら。まったく」

「叩かなくてもいいのに……」


 しゅんとしたエルルは「魔法生物……」と頭をさすった。


「私はいいと思いますよ。鹿とか、兔とかは。狼なんかは危ないですが、昔のフォカレには豊かな森があったそうです。水の精霊様も、かつてのように森が復活すれば喜ぶと思いますよ」

「ですよね!」

「エルルはお黙りなさい。……まぁ、そういうことでしたら考えてみますわ」

「王城に昔の森の様子が書かれたタペストリーがありました。言えば貸していただけると思います」

「なら、それに沿ったものを考えてみます。エルルはくれぐれも変なことをしないように。いいですわね」

「はぁーい……。魔法生物つくりたいなぁ」

「つくれるじゃありませんの」

「そうじゃなくて、もっとこう、凄い感じのです!」

「はいはい」



 ある朝のことだった。

 メティが朝起きると、連絡用に作ったポストに手紙が入っていた。

 分厚くて五センチはありそうな手紙には、送り主からの簡単な説明が添えられたカードと、冊子が入っている。

 表紙を読んだメティはわくわくとリマスを呼んだ。


「リマス、リマス! ちょっと来てください」

「はいー。なんでしょう」


 寝ぼけたリマスを隣の部屋から引っ張り出したメティは、一緒に床へ座り込んだ。


「見てください。西の国の研究施設から、この間の返事が届きましたよ。独立した魔力回路についての記述が追加できましたね」

「見せてください!」


 二人は頬をくっつけるようにして、冊子を読む。

 読み終えた後、そっくり難しい顔をしたのは、中身がかなり難しかったからだ。


「どういうことですか?」

「うーん、これによると独立した魔力回路を持ってる子は、先天的に魔法耐性が強いので、魔法を使っても大丈夫ですよ、ということらしいです。魔力の流し方以外に他の魔法使いと違うところはないようですね。普通に魔法を使っている方も他にいらっしゃいますし」


 何を隠そう前のリマスの先生がそうである。思えば無責任なことをしてしまったものだ。


「変な病気とか特有の疾患でもないようですね。よかった。あと、体の中を詳細に調べたいそうですよ」

「絶対やです!」

「透視してスケッチしたものを送っておきますよ」

「お師匠様ってなんでもできるんですね」

「何でもはできませんよ。できることだけです」


 前は詳しく調べてなかったので、これで一安心だ。三年も教えるのだから、責任を持たなければならない。メティは息を吐く。


「じゃあ、今日から本格的に魔法の訓練を始めましょう。魔法人形なんてめじゃありませんよ!」

「やったぁ!」


 というわけで、元気に起き出した二人は着替えたあと、いそいそと一階に集まった。


 そこは来た当初とは違って、敷き詰められた棚には魔除けの人形サンプルがあり、異様な雰囲気だった。大昔の怪しげな魔法使いの家、というような感じである。他にもメティが写本した本が、貸本として場所の一部を占領している。棚の一つがもう少しでいっぱいになりそうで、絵本などは人気だ。後は料理の本なども主婦達が借りて回し読みしている。


 フォカレには本などは滅多にないし、あっても庶民はまず読めない。そもそも就学率が良くないので、文字が少なく、絵でわかるものを中心で借りている。


 学校が一校だけあるのだが、そこに通っている子供達もたくさん文字が読めるわけではないので、大人達にせがまれていい練習になっているという。

 ちなみに学校は、八年前に王が私財を投じて作ったものだ。


「まずは基礎の基礎。結界の魔法からです。これができれば魔法の三割はできたと言っても過言ではありません」

「そうなんですか!?」

「ええ。まず、結界の役割は一つです。対象の侵入を阻むことです。もちろん対象を選んで通すこともできますが、この場合は通すのではなく、選んだ対象以外を阻むという考えでいてください」

「何が違うんですか?」

「結界というのはよく防ぐ物だと思われがちですが、その本質は、切断することにあるのです。この切断ができるようになれば第五元素の魔法もできますからね。要の魔法使いになるなら絶対押さえておいて損はありません」

「よろしくお願いします!」

「では、森に行きましょうか。あそこならちょうど良いでしょうし」


 リマスは首をかしげる。


「森に結界を張るんですか?」

「ええ、乾いた空気を遮断してみましょう。空気に水分が多くなれば、植物も育ちやすくなって一石二鳥だと、この間聞きました」

「はい!」

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