仕返しする王子とこそこそする魔法使い

 国際魔法連盟とは、魔法使いが禁術を使ったり戦争の引き金にならないように、世界を見張るための機関だ。


「今回のことは何ら心配されることはない。このようにフォカレとアル領は契約の元、雨のやりとりをすることとなった。アル領は水害から民を守れ、我が国は水不足が解消される。これのどこに危険なことがあるのか、お答え願いたい」

「一つ間違えば均衡を崩すことになりかねません。このような大規模魔法を使うのであれば、事前に連絡を入れていただかなければ困ります」

「なぜ加盟もしていない機関にいちいち連絡を? 内政干渉はやめていただきたい」

「これは世界の均衡を守るためです」


 国際魔法連盟の人間がそんなことを言う。隣にいるイレーヌの担当官は訳がわからず困惑していた。

 それもそうだろう。

 アルランド王国の大使館から緊急連絡が入り、何事かと思えば、国際魔法連盟から苦情が入ったというのだ。内容がさらに意味不明であった。

 アル領で展開された魔法陣が雨を飲み込んでいるので、今すぐ止めさせろと言われた、というのだ。

 来てみればその通りなのだが、毎年イレーヌ諸島ではこの時期、豪雨による水害が酷い。

 イレーヌ側から見たら、いくらでももってけよ、という思いだ。

 雨が多すぎれば家も畑の作物もだめになるし、家畜だって流れる。干ばつの時でもあるまいし、なにより内政干渉は迷惑だ。

 アル領で契約を交わしていると言うし、なんの問題もない。

 だが、国際魔法連盟は説明しろとしつこい。

 ディエルはいらいらしてきた。


「おかしな事をいわれる。我が国は国際魔法連盟に加盟してもいなければ、魔法使いを雇ってさえいない。そちらに連絡をする必要は何一つないというのに。そもそも魔法使いが移転魔法を使うのに、いちいち許可がいるのか? アルランドに留学したことがあるが、そんな話は一度も聞いたことがない。なにより魔法使いは家から職場まで移転魔法を使うそうじゃないか。それはいちいち許可を申請しているのか?」

「規模が違いますゆえ。これはきわめて危険な行為ですぞ」

「ご教授痛み入る。しかしそちらに関係の無いことだ。そもそも、一般の魔法使いが使えるものを使っただけで、危険だ何だと大げさすぎる」

「通常の移転魔法と規模が違うのです。一人ではとうていできぬ技ですよ。四十年生きてきて、これほど大規模な魔法を見ることなど数えるほどです」

「では今回頼んだ魔法使いが優秀だったのだろう」

「ただの魔法使いが集まったところで、どうにかなるものではありません。どこの国の者か調べなければ危険です」


 やれやれ、とディエルは肩をすくめる。


「危険危険というが、それは誰にとって危険だと? アル領もフォカレもそうは思っていない。話は終わった。お帰りはあちらだ」

「お待ちください! せめて魔法使いの名をお教え願えませぬか! 魔方陣を見ましたが、あのようなものは見たことがございません。新しい魔法は記され広められるべきです」

「関係無い。善意で手伝っていただいた魔法使い殿の機嫌を悪くしたくない」

「アルランドにどう思われるかおわかりか!」


 ディエルは顔をしかめた。


「話にならんな。かの大国アルランドは、小国には何をしてもかまわないと思っていらっしゃるようだ」


 今、この場にいたらフォカレ国王が真っ青になっただろう言葉を言い放ち、ディエルは国際魔法連盟の使者を追い返した。


「……さて。やっぱりメティの方がおかしかったのか。困ったな」


 全然困ったように見えない表情でつぶやくと、ディエルは手紙を書き始めた。


「どこの場所がいいか……南と北は絶対だ。あとは巻き込めそうな所をいくつか選ぼう。口裏を合わせてくれるところがいいな、うん。持つべき者は地方の友達だな」


 ディエルは手早く済ませると、メティとイダを押し入れから引っ張り出した。


「メティ、彼らは帰ったよ。で、これを今から言うところに送ってほしいんだ。あと、お願いもあるんだが、聞いてくれるか?」



「魔法大臣! どういうことだ!」


 件の事件から数日後。

 アルランド王国の魔法使いを束ねる男は宰相からの怒声に、ぐっと奥歯を噛んだ。


「十二ヶ国から苦情が来ている」

「しかし、皆小国ではありませぬか。小さい国ほどあれをしろこれをしろ、とうるさいものです」

「小国といえど十二カ国だ! 前例に無い。何より内容が問題だ。国際魔法連盟を名乗るアルランド王国の魔法使いが、イレーヌ諸島に内政干渉をし、脅したとある。しかも、人命がかかわる緊急事態のときにだ」


 内心、冷や汗をかきながら彼は弁解する。


「それは誤解でございます。大規模な魔法の発動を感知し、その危険性をいち早く認識して現地に向かったのです。内政干渉などしておりません」

「大規模魔法とは、雨をイレーヌからフォカレに転送する物だったと聞く」

「その通りでございます」

「にわかには信じられぬが、正式な契約書を交わしたものに口を出すなど、どういうことだ」

「あのような魔法を使う者に心当たりが無いのです。名前もわからず、主要な魔法使いに確認を取りましたが、皆心当たりはないと」

「なるほど。そなたら、それを知って動いたな」


 憎々しげに顔をゆがめた宰相は吐き捨てる。


「お前達は真新しい魔法を見ると、蟻が甘い物に群がるかのように見境が無い! お前達の尻ぬぐいのせいでどれほど金が飛んだかわかっているのか! 貴様らは戦地に向かいたいのか!? そうしてやりたいところだ!」

「か、閣下、いったい何が起こったのですか」

「知らんだと! 貴様、それでも魔法大臣なのか! くそっ! お前達のせいで大打撃だ!」


 十二カ国はそれぞれ小さな国だ。国力も乏しく、団結してもアルランドに何ができようか、と思っていた。ついこの間までは。

 しかし突然示し合わせたかのように、四カ国がアルランド王国に麦の売り渋りを始めた。理由はフォカレとイレーヌへの内政干渉とその対応の酷さだ。

 それだけならまだしも野菜や日用品、その他諸々全て売り渋りをしたのだ。相手も在庫を売らねば赤字だ、と宰相は思っていた。が、六カ国がそれぞれ通常の倍で買い占めた。それが、そっくりイレーヌ諸島へ流れたという。

 彼の国は水害の被害であらゆるものが足りなかったため、買い取った。その金はどこから来たのかと言えば、紙だ。イレーヌ諸島は貴重な紙を作っているので、在庫を大量にはき出したという。各国がなぜ紙をほしがったのか不明だが、問題は残りの二カ国。鉱石と宝石類を輸入している国だ。

 宝石は魔石に加工するため、どうしても生活に必要になる。アルランドでは魔石を使った魔具が一般的だからだ。鉱石もその過程でどうしても必要になる。

 それを売り渋られ、市場が一気に高騰した。麦も野菜も国内で賄えるが、この二つはどうにもならない。そして売り渋られたものがどこへ行ったのか。問題の十二カ国へ行ったのだ。宝石と鉱石が紙と交換されたのだという。

 いったいどういうことかわからない。

 とにかく、問題はアルランドをのけ者にして経済が回ってしまった、ということだ。アルランド王国より国力のある国もないし、なにより流通路が謎なのだ。離れた場所にどうやってこの短期間で渡りをつけ、交渉したのだというのだろう。それも、十二カ国が示し合わせたかのように。

 これは脅威だ。

 アルランド国王は早急に調べるよう宰相の尻を叩いているし、イレーヌ諸島とフォカレ王国、そして周辺十二カ国が国際魔法連盟の件で連日抗議文を送ってくる。


「もしや、例の集団魔法使いの仕業ではないでしょうか」


 ふと魔法大臣がいう。イレーヌの件は、複数の魔法使いが行ったこととして予想を立てられていた。それが、フォカレとイレーヌについている、とも。


「あの移転魔法はまことに見事。解析しようにもどこから手をつければいいのかわからないと言われているほどです。短期間で複数の国に渡りを付けられたのも、その力かもしれません」

「そうだとして連中の目的は何だ? 流通路の確保は重大なことだが、最後に動いたのが紙だと? 確かに貴重なものだが、十二カ国に均等に行き渡った。ええい、黒幕は誰だ!」


 髪を振り乱して宰相は怒った。



「メティ、そろそろ休もう。鼻血は出してないか」

「大きな魔法を使ったわけじゃないので、大丈夫ですよ」


 促進の魔法をかけて木をにょきにょき生やしていたメティは、振り返ったてディエルを見た。彼は今帰ってきた様子で、式典の時に着るような衣装をまとっている。


「お友達とのお話は終わったんですか?」

「ああ。イダはどこだ?」

「家の中で商人と交渉をしています」

「ならいい」


 疲れたように髪を乱して、切り株の上に座り込んだディエルは感心したように辺りを見回している。


「しかし、魔法ってのは本当に凄いな。あっという間に木が伸びる」

「凄いのはディエルさんですよ。皆さんとても喜んでいますね」


 紙用に育てていた木は、樹齢五十年ほどになっている。昨日はただの若木だったのにだ。


「鼻持ちならないアルランドに仕返しができたからな」


 ディエルはメティに、これからすることの手伝いをしてくれないか、とお願いをした。

 二つ返事で了承したメティに頼んで、魔法で手紙を四つの国に送った。

 ディエルと深い縁があり、いつもアルランドに食料を買い叩かれている国だ。今回、倍の値段で買う国を紹介することを条件に、抗議文を送ってくれるよう頼んだのだ。当然アルランドに売るよりも高く売れるので売り渋ってくれた。

 次に傭兵時に知り合った者達の国へ渡りをつけて、食料を倍の値段で買わないかと持ちかけた。アルランド王国に抗議文を出してくれれば、全てイレーヌ諸島が言い値で買うと持ちかけて。

 これが六カ国。

 そしてイレーヌ諸島の水害で苦しむ地域に、メティが転送魔法で食料を運んだ。今回の被害は少なかったが、流された畑は少なくない。

 ここで最後に、ディエルが損をしているイレーヌから、紙を買わないかと他の国に持ちかけた。

 イレーヌ諸島は遠い地にあり、運ぶだけで相当の手間賃が追加される。それがメティにかかれば一瞬だ。相場の半分程度で買えるとあれば、儲けたときに買っておこうと、各国が動いた。もちろん領は国によってまちまちだが、余った分はイレーヌの商人を連れて移転して、直接売りさばいてもらった。こちらはもちろん通常料金でだ。

 イレーヌは紙で儲けた金で赤字を埋めることができた。

 ちなみにメティが若木を育てたのは、紙に使う木材が足りなくなったからだ。あっという間にはげ山が元に戻ったのである。

 そしてディエルは仕上げとして二カ国に渡りを付けた。

 二ヶ国とも農業が盛んではなく、鉱山資源で潤っている。だが、それも限りあるものだ。ディエルは直接赴いて、いずれフォカレのようになる未来を示唆した。実際フォカレは貧しい国だ。

 ディエルは二ヶ国共に同じ話をした。


『今のうちに畑を広げて自分たちで魔具を造り、少ない採掘量で利益を上げてはどうでしょうか。もしアルランドに抗議文を送っていただければ、魔法使いをご紹介いたしますよ。とても腕が良い、知識人を』


 つまり、メティを紹介すると言ったのだ。

 アルランド王国が目をつけて、その魔法を盗もうとさえする魔法使いだ。彼女に土地をみせれば何らかの助言を得られるだろう、と付け足して。

 メティはこの二カ国の相談役に収まったのである。ちなみに、彼女は横で聞いていたが自分がそんな物になったとは気づかなかった。ディエルが「魔具の作り方を教えてあげてくれないか?」とだけ言ってきたので、イダに頼まれたように写本をすればいいのかと思ったのだ。

 こうしてアルランドは一時的に混乱し、メティを探すどころではなくなった。

 国際魔法連盟の魔法使い達は、最終的にアルランド王の命令でしばらく大人しくすることを余儀なくされたのである。つまり、アルランド王国からも国際魔法連盟のやり方に抗議がいった、ということだ。


「仕返しの仕返しはされないですよね」

「素早く動いたし、どこかが突出して儲けたわけじゃない。フォカレかイレーヌだと思うだろうが、また動かれたらたまらないだろう。しばらくは大人しくしてるだろうな。その間に俺達は森を作って祭りを開く。それで、民が飢えぬよう整えるんだ」


 王子様だな、とメティは思った。


「でも、陛下はかんかんに怒ってましたね」

「う、そうだな。父上は外交担当なんだが、どこに行っても尋ねられて困ってるとおっしゃられていた。アルランドからの印象も悪くしただろうし。いや、したのか? とにかく、あれから一月しか経ってないのに、皆情報が速すぎる。どうやってるんだ?」

「さぁ? 皆さんディエルさんと同じ事してるんじゃないですか?」

「はは! まさかそんな。メティみたいなやつが他にもいてたまるか。いや、待てよ……そうなのか?」

「とりあえず、晩ご飯食べましょうよ。今日はシュウマイだと言ってました! ディエルさんの好きなお肉ですよ。私は魚が気に入りましたが。ここはいい土地です。皆さん優しいです」


 慌ててディエルはメティを見た。


「メティ、まさかここに住みたいのか? いや、たしかにイダはいいやつだ。ご領主様も。だが、フォカレだって負けてないぞ?」

「わかってますとも。お家まで建ててくださる歓迎っぷりは他にはありません。それに、帰ったら畑を見てくれる人を紹介してくれるんですよね? 私、いいかげん薬草を育てられるようにならないと困るんです」


 スローライフのために。


「よかった……。今日はもう遅いから、明日帰ってからでいいか」


 大丈夫かな、と思いながらメティはディエルの後に続いた。

 王様に呼び出されて絶対しかられるだろうに。

 ディエルには意外と無鉄砲なところがあることをメティは知った。

 あと、メティを庇ってくれる良い人だ。

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