びびる魔法使いと魔王の使い
「して、どうであったか」
「つつがなく。親父殿、やはり俺のようにかじった程度の者と比べ、本物の魔法使いというのは凄まじいものだ」
「うむ。一瞬にして雨をどこぞにやるとは。魔法使いと聞いてなければ呪術のたぐいかと兵を集うところであったぞ。イダ、今後のことだがお前に任せたい」
「いいのか!? 領土の今後のことに関わることだ」
だからこそ任せたいのだと領主は言う。
「儂には魔法のことはてんでわからん。イーストイーグの精霊学、と言われても想像もつかんよ。お前ならかじったぶんだけ飲み込みもはやいだろう。話を聞くだけでフォカレの魔法使い殿は、気性穏やかなよい人物とわかる」
ふっふっふ、と彼は笑って続ける。
「若いぶん儂の代わりに頭を使え。フォカレとのやりとりはそなたにまかせる。他領も鼻を利かせるじゃろうから、それに注意せよ」
「おう、わかった。フォカレと俺らと、両方が豊かになる道を探したい。でだ、早速ディエル殿と話した内容なのだが、白紙の本を安く譲ってやれないだろうか。紙は貴重な貿易品だが、魔術師殿が写本に使うそうなのだ。言えば貸し出しもしてくれるとのことだ」
「いくつ必要なのだ?」
「百冊だ」
「百冊か!?」
目を丸くした領主の驚きも最もだった。
紙も本も貴重な時代。本一冊で家が買えるようなものもある。もちろん装飾が豪華な場合が多く、内容が評価されることは希だ。だが、魔法使いが作る本など魔法書に決まっている。おそらく魔法大国アルランドにあったものだ。その価値は計り知れない。
「これはカンだが、追加の受注がくる」
それが知られれば、一気にフォカレの立場が変わる。自国で魔法使いが量産できるかもしれないのだから。
まさかメティの頭の中には、世界に誇るアルランド王国の書籍の約八割が入ってるなど知らず、凄い凄いと二人は喜んだ。
「しかし、よくぞアルランド王国はこのような知識人を手放したものだな」
「俺もそれが不思議なんだが、魔法使いというのは激務なようなのだ。そのせいで体を壊しているんじゃないかと思っている」
「そうか、ならば大丈夫か? いやしかし……」
「どうしたんだ、親父殿」
「うーむ、国際魔法連盟とやらから大使館を通じて連絡を受けた。アル領に展開されている魔法の説明をしろと言っている」
「国際魔法連盟? ああ、アルランド王国が作った組織か。なぜそんなことをしなければならない」
内政干渉はやめてほしいものだ。
「大規模な魔法は世界情勢を乱し、戦争の引き金になる可能性があるからだそうだ。今回は契約に基づいた魔法だと言ったが、説明しろの一点張りだ。こちらに向かっているらしい」
「なんだって? 契約書を見せればすむ話じゃないのか? 面倒だな」
「まったくだ」
「魔法使い殿にこのことを伝えた方がいいだろう」
そうした方がいいな、と言って、二人は合意した。
*
ぐっすり眠れてメティは元気に起きた。他人から見れば熊の子がのそのそ動いているようにしか見えなくても。
「あ、起きたか」
部屋の隅で書き物をしていたディエルは振り返った。
机には椅子が無く、座布団に座ってあぐらをかいている。
「ずっとここにいらっしゃったのですか?」
「女性の部屋に申し訳ないと思ったんだが、水害で家を流された者が多くて部屋数が足りないんだ。許してくれるか?」
許すも何も気にしていないのでうなづく。
「よかった。食事の用意をお願いしてこよう。メティは身支度を調えておいで」
すたすたとディエルが行くと、メティは枕元にあったローブをかぶった。彼女の身支度などそれで終了だ。
「魚は好きか?」
戻ってきたディエルは膳を二つもっていた。
ほかほかのお米に魚の塩焼き。おひたしがあった。
手を付けたメティは感動する。
「おいしいです!」
「メティは箸も使えるんだな。そういえばイレーヌ諸島の家や服を見てもあまり驚かなかったな」
「本で見たことがありました。すっごい昔だったので忘れてたんですが」
ぎこちなくも箸を使って食べると、ディエルは感心した。彼はフォークを刺して、魚の塩焼きを齧っている。
「机の書類は今回の話をまとめたものですか?」
「ああ。話し合った結果、情報の提供と仲介をフォカレがすることになって、その見返りに肥料をいくつか。良さそうなら定期的にいただくことになった。これは、状況によってはフォカレが代金を支払うこともあると思う。それから君に対しての報酬だが、フォカレが森を作ることに尽力する、イレーヌが白紙の本を百冊と金銭を払う、ということになった。移転魔法の手間賃だな。値段はあとで伝えるのでいいか?」
「ええ、お願いします。……あの、展開してる魔法はいつ閉じればいいですか?」
と、
「おーい、入ってもいいか? イダだ」
ちょうど声がかかって、二人は返事を返した。
「実は国際魔法連盟と言う奴らがこっちに来るそうなんだが、どうする? 術の説明をしろと言っている」
「逃げましょう! いえ、逃げます!」
すくっと立ち上がったメティは、蒼白になりながらディエルの腕を引っ張った。
「ああああ来るの早すぎですよ! すみませんが説明をお願いします。私は特定されると困るので!」
「どういうことだ?」
イダが聞く。
「魔法って意外と応用できるって話したじゃないですか。今回もちょっといじったんですけど、あの国の人達、ちょっとでも違うものだったり規模が大きいと凄い勢いで嫌がらせをしてくるんです」
「む? 例えばどんな?」
「アルランドで働いてたときは、上司に資料を作らされて、根掘り葉掘り聞かれました。どうして思いついたんだ、とか、危険性の有無がどうだとかいろいろ。資料作りだけで四ヶ月家に帰れませんでした……。あと、このことは誰かに話したらどうなるかわかってるんだろうなって凄く脅されたんです。帰り道に襲われて口止めされたり、部屋の窓を割られたり大変だったんです!」
今度やったとわかったら、どんなめに遭うかわからない。
メティが震えると、イダが目尻をつり上げた。
「ディエル、魔法使い殿、今すぐ国に帰れ。できなければ匿うがどうだ」
「ありがたいが遠慮する。メティ、襲われたときの事を思い出せる限りおしえてくれるか? まずは襲われたときのことだ」
「え? あ、はい……」
確かあれは三年前だった。
メティが下っ端宮廷魔法使いになって、やっと仕事に慣れてきた頃。あまりにも業務が忙しすぎて、効率化のためにいくつか魔法を作ったのだ。
自動的に定型文を書いてくれる万年筆、文章ミスを直してくれる魔道具、宛名の場所に飛んでいく配達袋に、音声を保存できる水晶。書き損じの時に仕える、インクを吸い取ってくれるハンカチに、絶対に偽造できない魔法インク。
帳簿をつけるのも押しつけられていたから、勝手に計算してくれる計算機もつくった。あれのおかげで計算ミスもなくなったので、もの凄く重宝した。
だが、一気に作業効率が上がったので訝しんだ上司にばれたのだ。窓を割ったのは上司だと思う。夜襲ってきたのは誰かわからないが。
「……。メティ、その上司は昇進しなかったか?」
「あれ、なんで知ってるんです? そうなんですよ。あの後すぐに昇進して別の部屋に移ってくれたので、凄くほっとしました」
なんとも言いがたい顔をしたディエルは頭を掻いた。
「おそらくなんだが、魔法使いが新しい魔法を発明するは難しいことなんじゃないか? 実際に実用するまでは、かなり研究しなければならないだろう。君の上司は君を脅して口止めをして、自分の研究だと偽って発表したんじゃないか? だから昇進した」
「そんなまさか。発明なんて皆やってましたよ。……そりゃ、手柄を横取りされてるな、とは思ってましたが、凄いことじゃないはずです」
「ディエル、魔法使い殿はこう言ってるぞ? アルランド王国の魔術師なのだから、魔法を作るのは朝飯前なのではないか?」
「そんなわけないと思うんだが……ちょうどいい。同じ魔法使いに聞いてみよう」
「待て! まさか会うんじゃなかろうな? 婦女子を家に帰らせないどころか襲いかかるようなやつらだぞ!」
「そうですよ! 本当に危ないんですって! 私なんて怖くて毎晩結界と警報と封印と隠蔽と姿隠しやら認識阻害に迷宮化の魔法……とにかく三十種類くらいの魔法をかけないと怖くて寝られなかったんですよ。私行きたくないです!」
「メティはいい。俺が一人で行く」
ぴた、と二人が止まる。
「おう、そうか? なら大丈夫か」
「大丈夫じゃないですよ! 危ないですよ!」
「俺を誰だと思ってるんだ」
むっとしたディエルは腕組みをする。
「フォカレの王子様です」
「魔王の使い」
「え」
思わずイダを見てからディエルを見つめてしまう。
「そういうことだ。ちなみに戦場では魔法使いと戦ったこともある。いざとなれば真っ二つにして逃げればいい」
何を言っているのだこの人は。
思わず半目になってしまったメティは、うっかり止めるのを忘れてしまった。
*
実はフォカレの王子様は、飢饉やら食糧難に襲われると、他国に出稼ぎに出ていたらしい。
「よ、傭兵……ですか」
「おう。あいつがついた陣営は負けたことがないと評判でな。戦いっぷりが悪魔のようだからそう呼ばれるようになったらしい」
国際魔法連盟が到着しただとかで、メティは念のため認識阻害と気配遮断と隠蔽に姿隠しの魔法――とにかく魔法をかけた押し入れにイダと二人で入っていた。
「俺も知ったのは仲良くなった後でな、そりゃたまげたものだ。毎回面妖な面をつけてくるものだから、戦場で会えばすぐにわかるらしい」
「どんなお面なんですか?」
「子供が持つような盾に穴を開けたものだ」
一応フォカレの王子というのは隠そうとしてるらしい。凄い目立ってるが。
「どこで剣術を習ったんだろうな。それだけは教えてくれぬのだ。まぁ、噂では一騎当千、一人で一日、百人殺しただとか、魔法使いを親指一つで殺しただとかあるのだが」
「ひぃ」
「まぁ噂だろう。あいつは頼りになる男だから心配するな。悪いようにはならんだろう」
「そ、そうでしょうか?」
「信じられると思ったから、国にまでついて行ったんだろう? 心配ならもう一ついいことを教えてやろう。ディエルは友達が多いんだ。いいやつだからな」
なんだか余計深みにはまっていくような気がしたが、メティは頷いた。
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