水を求める魔法使いと地下に眠る者

 小さな庭を耕して、あらかじめ持ってきていた種を蒔く。

 土は魔法を使って深く掘り返し、石を省いてある。

 メティは『薬草の魔法な育て方-初級編』という本を片手に土に手を当てた。


「ええと、なになに……“大地の精霊に祈りを捧げ、種に呼びかけ呪文を唱える”と。大地の精霊サテュルヌよ、未だ眠りし種子に目覚めの時を。育てアレース


 土からみるみるうちに芽が出て、小さな目が出た。


「やった、成功した! えへへ、促進の魔法をかければ――え!?」


 しかし、育ちつつあった芽は次第に枯れ、朽ちてしまう。

 葉を摘まむとカラカラに乾いていた。

 解析の魔法で調べてみれば栄養状態が良くないし、水も十分ではない。


「栄養と水が足りてません……」


 これは土作りから始めないといけない。

 しょんぼりしながら肩を落とす。心なしか背中の羽も下に下がり気味だ。

 仕方ないので朽ちた葉は、無事な部分を残して全て土に混ぜた。それから初心者用の土作りの本を取り出して開く。

 結果、薬草は今の状態だと貴重な種を無駄にするばかりで、育てるのが無理なことがわかった。

 まず、解析の魔法で土の状態を調べ、薬草の育てやすい理想の土と比べた。結果は水気は足りないし、土が痩せすぎている。今の状態で育てられそうなのは豆だけだ。しかし、同じ物をずっと作るのはよくないとも書いてある。


「難しいっ」


 読むだけと実際にやるとでは雲泥の差である。

 半泣きになりながらメティは今持っている種を改めた。

 薬草の種が十二種類。魔法木の種が三種類と豆、芋、麦。


「……豆を植えてる間になんとかしないと」


 生ゴミか何かを大量に手に入れるか、肥料が欲しい。近くに森はないので土の当てがない。そして間違いなく水が足りなかった。

 共用の井戸から引っ張ってくるわけにもいかないので、新しい水源を探すのが先決だ。

 豆の半分を蒔いた後、メティは黒いローブをすっぽりとかぶって水源を探すために家を出た。



 水源を探し始めて三日。

 その間に雨が降ったが、すぐに乾いてしまった。

 周辺を探し回ったが、水らしい物は発見できていない。


「困ったなぁ、どうしよう。このままじゃ育てられないです……」

「だよなぁ。今年は特に水が少ないからな」


 郊外の畑を眺めながら、元気のない麦を見つつ嘆息していると、声をかけられた。三十代くらいの男が、桑を持ちながら鬱々とした顔をしている。


「あなたは?」

「アーキー。ここの畑耕してるもんだ。あんた、噂の魔法使い様だろう? 格好を見りゃすぐにわかる」

「初めまして。メティと申します。雨、殆ど降らないんですが、このままだとまずいですか?」

「身売りするところも出るだろうよ。うちも危ない。魔法使い様は何か知らないか? 水を持ってくる方法とかよ」

「近くに水があるんですか!?」

「ねぇよ。あったら担いででも汲んで畑にまいてら」


 間髪を入れずに否定されがっくりしてしまう。


「私も周辺を探したんですが、水の気配が全然ないんです。やっぱりここに森がないのが一番問題ですね」

「森があれば水ができるのか?」

「ええ。万物の全ては巡るようにできています」


 一つでも巡りを滞らせるものがあれば不調を来すのが摂理。雨が大地に流れ、木がそれを蓄え、低い場所に流れるのだから。


「へぇ。それだと流れたら帰ってこねぇなぁ」

「それが、流れの先も決まっているのです。海にたどり着き、太陽が水を持ち上げて風がそれを攫い、世界に水を運びます」

「よくわかんねぇが、なら、ここには森がないから雨が来ないんだな」

「少し違いますが……森は様々な恩恵を私たちに与えます。その一つが水と肥大な土地。ですが、ここは乾いているので植物が育ちません。アーキーさん、昔は森があったと言いますが、水が湧いていた場所などご存じないでしょうか?」

「ん、それならあっちだな。魔法使い様は水を探してるんだな」

「ええ、私も育てたい物があるのですが、うまくいかずに困っています」

「ならよ、水を見つけたら教えてくれや。畑のことなら、ちいとばかし詳しい。同業者に聞いたっていいからよ」

「それは助かります」


 二人はしばらく言葉を交わして別れた。


「昔川があったのは、あっちですか。ちょっと遠いですね……」


 メティは羽に魔法をかけると、大きく飛びたった。



 メティは天才ではなかったが、秀才ではあった。

 端くれでも宮廷魔法使いとなれたのは、そのおかげだ。

 そんな彼女が若くして宮勤めから解放されたがったのは、連日続く激務のせいだ。魔法使い達が扱う仕事は多岐にわたる。研究から軍務、魔法関連の事件調査や書類整理に経理に、雑務。目が回るほど忙しい。

 一日の労働時間は二十三時間。泊まり込みは当たり前。お休み? 何それおいしいの状態の、超絶ブラックである。


 さらにお偉い方のわがままで、魔具の開発や修理もぶち込まれる。夏場に空調管理の魔法具が壊れたとき、同期の半分が根を上げ、仕事の押し付け合いが激化した。

 寮に帰れる日など数えるほどで、休日も呼び出しで潰れることがしばしばあった。

 何のために生きているかわからない日々が続いたころ、メティは辞めることを決めたのだ。そして図書館通いが続き、ディエルと出会ったのである。

 彼は頭を使いすぎて鼻血を出したメティを介抱してくれた。それからちょくちょく図書館で話すようになり、彼が魔法を使いたがってることを知った。


 メティは、彼の魔力の流し方が悪いのにすぐ気がついた。正しいやり方を知れば、ディエルはあっという間に初級魔法をマスターしたのだ。その伝で国に帰るときに一緒に来ないかと誘ってもらえて、感謝している。

 ディエルは人として、とてもまともだった。

 何かするたびにメティを褒めてくれたし、仕事の話をすれば怒ってくれた。

 メティは自分のやった仕事の結果を取り上げられているのはわかっていた。同期が次々に研究や成果を評価されて昇進する中、メティはいっこうにその気配がないからだ。


 辞めるときに、さんざん上司に渋られたものの、フォカレに来て良かったと思っている。

 新しい土地で、今度こそ穏やかに暮らしたかった。


「見つけました」


 かつてあった坑道の跡地に、ほんの少し湿った気配を感じる。魔法で調べてみれば、地下の深い場所に水源を見つけた。

 しかも、精霊が眠っている。

 メティは話しかけてみることにした。


「精霊よ、偉大なる森羅万象の要となる御方。あなた様の眠るその水源を、乾いた者に与えてはいただけないでしょうか」


 精霊は答えた。


――否。この土地の水を動かすこと、ならぬ。


「しかし森もなく、雨もなければ飢えています。それは人だけではなく、この土地に生きる全ての命に等しく降りかかっています」


――水を減らしたのは人。大地を枯らしたのは人。ならば人の手で全てを戻さねばならぬ。


「かつてこの土地に何があったのでしょうか」


――人は掘り、汚し、約束を違え雨を呼ばなくなった。森は死に、万物の巡りは途絶え、妾は眠りにつくこととなった。


「約束とは何でしょう」


――妾を祭り、妾を崇め、妾を鎮めること。


「……。全てわかりました。お眠りください尊い御方。どうぞ深く、穏やかに」


 精霊が眠りについたところを見て、メティは引き返した。

 家に戻った後、少し考えて王宮へ向かう。

 すでに時刻は夜になり、どうしたのかと出てきたディエルに先ほどの顛末を話す。


「……。眠っていたのは何だったんだ」

「水の精霊です。おそらく、とてつもなく古い方です」

「何でわかるんだ?」

「約束を違え雨を呼ばなくなった、と精霊は言っていました。そういう精霊は、古くから存在しているものに限ります。たぶんなんですが、この土地の森は、精霊の住処だったんじゃないでしょうか。雨か精霊を称える祭りがあったはずです。古来より祭りは、契約や何かを崇め鎮めるための儀式でした」

「祭りが蘇れば契約も蘇って、雨は降るだろうか?」

「それはありえません。それどころか、今祭れば精霊は力を失って消えてしまいます。ここには水の精霊が住めるような場がないですから」

「……ふむ、父上に過去そのような祭りが無かったか聞いてみよう。――メティ、どうしたらいいだろうか?」


 専門外のことを聞かれてメティはうめいた。


「この土地は乾いていますし、土地の栄養状態も悪いです。私も薬草を育てようとして失敗しました。ディエルさん、この土地を豊かにする方法なんですが、素人考えで言ってもいいですか?」

「かまわない」

「まず、乾いた風を遮るための森が必要です。でも、そのためには木が育つような土地が必要ですよね。でも、豆くらいしか育たないと思うんですよ、今は。でも、その、第一にそんなのを待っていられないくらい、今すぐに水が必要ですよね」

「というか、水がなければ何も始まらない」

「ですよね」


 メティはおどおどとしながら口をつぐんだのだが、ディエルは辛抱強く待った。

 やがて、やっと決心がついたようにメティは口を開く。


「雨を、盗む方法を、知っています」

「なんだって?」


 それは一つ間違えば戦争を引き起こす、危険な話だった。


「もちろん場所を選ぶべきです。安易に近場で済ませれば足がつきますし、魔法使いが一人でもいれば絶対に気づきます。国際魔法連盟だって黙ってません。なので、外交でどうにかしていただければ、作業は私だけでもできます」

「すまん、頭がこんがらがりそうだ。まず雨を盗むと言うのはなんだ?」

「転移魔法を使えば、ある地点に触れた物を転送することができます。それを空の一部に施せば、雨をこちらに転送できるんです」

「規模が大きそうだが、一人でできるものなのか?」

「はい。移転陣の構築だけなら実際にやったことがありますし。一度現地に行かなければなりませんが」

「なら外交でどうにかする、というのはどういうことなんだ?」

「ええと、たとえば雨が足りないところから取ったらまずいですよね。だから、水害で苦しんでたりする地域からもらえば、相手も私達も助かります。この場合は他国になります」

「つまり許可を取り付ければ問題ないのか。その国際魔法連盟というのはなんだ? 黙っていてくれるような組織なのか?」


 国際魔法連盟とはアルランド王国が中心になって作った組織だ。いくつかの大国もこれに加盟しており、活動内容は魔法使いによる世界治安悪化防止措置。魔法使いが禁術を使ったり、戦争の引き金を引かないように見張るためのものだ。


「なるほど。わかった、父上に相談してみよう。メティ、精霊のことを教えてくれてありがとう。夕食は取ったのか?」

「まだです」

「なら一緒に食べよう。すまないが父上にも今の話をしてもらえないか? あと、手紙を速く届けたいときに使える魔法を知ってたら教えてほしいんだ」

「本人の持ち物があればすぐにでも届けられますよ。水害にどこか心当たりがあるのですか?」

「アルランドに留学していた時に、意気投合したやつがいたんだ。雨期になると毎年洪水で被害がすごいらしい。一部地域では巨大な船で生活してるとか。彼に連絡をとって状況を聞きたい」

「うまくすればすぐに雨が手に入りますね! あの、お国はどちらですか?」

「イレーヌ諸島だ。かなり遠いが大丈夫か?」


 フォカレ王国から一年以上かかる遠い国だった。凄いところにお友達をもっている――というよりは、アルランド王国に世界中から人が集まっていたのだろう。


「わぁ、ちょっと楽しみです。どんな国なんでしょうか」

「民族衣装がかなり独特だ。風習も変わってるが、国自体はいい人が多い。整然としているらしいぞ。で、どれくらいで届く? 頻繁にやりとりすることになると思うが、大丈夫か?」

「一度道ができれば、光の速さに乗せるので、すぐ届くでしょう。返事用の魔法も作りますが、あの、一つ問題が」

「なんだろう」

「その国、魔法の規制ってどうなってるか知ってますか?」

「知らん。でも大丈夫だろう。なにしろ魔法使いがいないと言ってたからな」


 ここと一緒だ。

 メティはすごく心配になった。


「メティ、森ができれば祭りができるんだな?」

「ええ、きっと」

「わかった」


 難しい顔をしたディエルは、一つ頷いた。

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