第13話 木村重成・大野治房
木村長門守重成の名は大坂の役によって、世間に、そして後世に伝えられ、まだ若輩ながら家康に賞賛された武将の一人となった。大坂の戦いでの奮戦がなければ、秀頼の側近として、ただ名前を残しただけの武将となっていたであろうが、秀頼の側近として、なぜ功名を立てることができるほどの人物となったのか、である。
重成の父は一説には佐々木三郎左衛門とも、木村弥一右衛門とも伝えられるが、確かなことは不明だ。養父が木村常陸介
重成の生母は、秀頼が誕生の際には御乳母として仕えていたので、淀君が重成母子を不憫に思ったのか、大坂に召出され、母は宮内卿として秀頼の保姆となり、重成は秀頼の扈従に挙げられ、豊臣家に奉仕することとなった。
重成は成長するにつれ、器量人の風格を備えはじめ、文武に精励し、造詣人目を惹きつけ、挙式閑雅にして、人との交わりも礼譲あって評判すこぶる聞こえ、秀頼に忠勤していた。秀頼の同世代もあっては、淀君の寵遇もよく、慶長10年秀頼が右大臣に昇進せらると、重成も諸大夫に列せられ、長門守に任官した。そして石高も三千石の扶持を得て、大坂城中での有力者の一人と列せられるようになった。
大坂の役にて奮闘した武将はまだある。渡辺内蔵助
木村重成にしても、大野治房にしても、戦自体の経験は皆無だ。ましてや秀頼も、戦など絵空事のような処遇で生きて来た。関ケ原で大方の戦乱は決着し、平和な世界を迎えようとはしていた。事実、徳川父子は江戸幕府を創立し、旗印通りの『
慶長11年、秀頼が家康を二条城に訪ねた時は、重成は元服しており、治房は40歳前後と思われるが、二人とも、秀頼公をないがしろにする家康のやり方に憤懣していた。治長は主馬と呼ばれ、重成も長門守に任じられ、長門と呼ばれていた。
「主馬殿!」
たまたま後ろ姿を見かけた重成は声をかけた。治房は振り返ると、重成の姿があった。そして、スルスルと近づいた。
「これは、長門殿ではござらぬか。して、何用か」
「主馬殿、話たきことがござれば、こちらまでご足労賜りたい」
「うむ。よかろう」
治房は重成の武者ぶりを遠くから気に入って見ていたので、自分もこの機会に話をしたいと思っていた。大坂城中はやはり広く、そう公に会って話もできぬ所でもある。又、役目柄、すぐ会える相手同士でもない。たまたま偶然の産物でもある。重成にしても、秀頼と同じ小姓たちに話をしても、秀頼公の境遇など関係ないような口ぶりで、俗に言う気だるいのある。
重成は、治房を案内して、小部屋に通した。この部屋は通常使われない部屋であった。
重成は治房を上座の方にして、治房が着座してから、重成も座った。
「主馬殿、急に呼び止め致しまして、お許しください。いささか我が意見をお聞き願いたいと思いましていた所、主馬殿をお見かけしてお声掛けを致し申しました」
「いやいや、長門殿は秀頼公のお側衆の中でも一番の評判でござれば、某に話があるのであれば、聞き及びましょう」
「ありがたきお言葉。主馬殿の器量を見込んで、お話申しあげます」
「うむ、聞こう」
「耳をお貸しくだされ」
と重成は治房の耳元に顔を近づけ話始めた。
「先ごろ、家康は将軍宣下を受け、さらに子の秀忠にその職を譲りました。太閤殿下とお約束になられた秀頼公の後見として秀頼が成人した暁には、政権を渡す約束は未だ家康は果たしておりませぬ。それどころか、諸将の年頭の挨拶拝賀を受けるばかりか、諸将も秀頼公への年賀は家康に遠慮し、何かと言い訳をつけて避けておる様子。そればかりか、二条城に秀頼公を呼び出し、挨拶を強要する始末に及んでおります。よもや暗殺などとは言いながら、念の為、加藤肥後殿、浅野紀伊守殿らに守られ、何とか大事に至らずにすみましたが、家康の所業は全く光明が見えませぬ。このままだと、秀頼公の御命を奪うことを計らう手立てを思案しているとしか思えませぬ」
治房は頷きながら聞いていた。
「長門殿、全くもってお主の言う通りじゃて。だんだんと家康の豊臣家に対する処遇はよくなるどころか悪い方に行っているように見え申す。市正殿が豊臣と徳川の間をとりもっているようだが、家康はそう簡単には手の内は見せまい。わが兄も奔走しておる様子であるが、弱腰になっておるのは明らか。それでは、家康の思いの儘でござろう」
「主馬殿、どう致さば、秀頼公は安泰でいられましょう」
「それは簡単じゃ。他の諸将と同じく、家康のいい通りに致せば安泰じゃ。だが、その通りにしても、家康の心は安泰にならず。秀頼公をなんらかの手段を以て死に追いやることになろう」
「秀頼公と淀殿は、太閤殿下の御意志もありますが、諸寺造営に力を入れ、太閤殿下の蓄えた財を費やしております。それも家康の戦略。豊臣家の財力を削ぎ落とそうと企んでおるのは明らか。このままでは戦にもなりませぬ」
「家康はあの手この手を使って秀頼公に無理難題を浴びせてこよう。どこまで耐えらるかじゃ。やがて戦にもなるであろうが、豊臣恩顧の諸将も鬼籍に入るものも増え、秀頼公に御味方する武将もどれだけいるかでござるが、見込みは薄うございましょう。と、なると諸国にたむろする浪人衆並び改易になった大名衆しかござりますまい」
「この先、戦になり申すでしょうか。主馬殿」
「このままいけば必ずなり申すであろう」
「その時は、お力添いをくだされ。主馬殿」
「何を申さるるか。何年も過ぎれば、さらにお主の秀頼公の信頼は厚くなり申そう。某こそ、力添いを願いたいものじゃ」
「ありがたきお言葉。肝に銘じておきます。では、これにて」
「うむ、こちらも長門殿が秀頼公のお側におることが救いというもの。では」
二人は、この後度々逢うことになる。
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