高梨春香

お兄ちゃんが陽花里さんを急に家に連れてきた。ソファに寝そべっていた私は慌てて起き上がり、陽花里さんに話しかけようとしたのだけれど、陽花里さんの様子はいつもと違った。お兄ちゃんは陽花里さんをソファに座らすと私の手を引いて台所へと向かった。


「いいか。今からこっちの部屋には来るな」


「なんで⋯?ま、まさかついに陽花里さんとカップルに!?だから邪魔者の私を退けようと言うのね!」


「⋯なんでそうなる」


お兄ちゃんは食材を冷蔵庫に入れていた手を止めて、私のおでこをこつんとたたいた。⋯全部冗談でもなかったんだけどなぁ。お兄ちゃんはコミュ障というところを除けばハイスペックだと思う。まぁ、コミュ障っていうところでいろいろ難しくはなってくるんだけど⋯。


「で?実際は何で?」


「⋯⋯」


お兄ちゃんはこっちを向かず、冷蔵庫に入れていく作業を続ける。


「お兄ちゃん!!」


お兄ちゃんの肩を無理やりつかんでこっちに振り向かせた。


「⋯陽花里さんの手と何か関係があるの?」


振り返ったお兄ちゃんの手には保冷剤が一個。レジ袋の中身をすべて入れ終わったお兄ちゃんが私の肩にそっと手を置いた。


「春香⋯春香は何も心配しなくていい。俺が何とかするから」


「何とかって⋯」


「とにかくお前は部屋に戻れ」


こうなったお兄ちゃんは頑固でもうなにも打ち明けてくれない。それは経験上分かっているから、私はため息をついて頷いた。


「分かったよ。でも、お兄ちゃん!無理はだめだからね!!」


そういうとお兄ちゃんは頭をポンポンとなでて笑った。


「分かってる」


「⋯本当にわかってるのかな。まぁ、いいや。じゃあ私は自分の部屋に行くよ。お兄ちゃん、リビングに二人っきりだからって陽花里さん襲っちゃだめだからね」


にやにやとした笑いをお兄ちゃんに向けるとお兄ちゃんは一気に顔を赤くした。


「誰が襲うかアホ!!」


「わぁ~、お兄ちゃんこわーい」


一通りお兄ちゃんをからかった後、自分の部屋に戻りベッドの上に寝転がる。陽花里さんに何があったのだろうか。お兄ちゃんの言うこと聞いて部屋に戻ってきたは良いけど不安だなぁ。


お父さんはいつも仕事で夜に返ってくることが多いし、お母さんはすごいパワフルで世界中に飛んで仕事をしている。家族仲は悪くないんだけどね。むしろ両親はラブラブだ。そんな環境だから幼少期、私はお兄ちゃんに育てられた。そういう家庭環境が影響しているのかお兄ちゃんは私を守らないといけないという意識が強い。一歳しか違わないのに⋯。


そして、自分が女の子じゃないから私の気持ちすべてをわかってあげられないとでも思っているのか、そっち方面において以上に気を遣う。冗談で化粧して~といったときも本気で習得してきたし⋯。普通の女子より女子力高いよ⋯。あ~なんか眠くなってきた⋯。


携帯のバイブ音の音で目が覚めた。⋯いつのまにか寝ていたらしい。携帯の画面に映っている名前は⋯。


「陽花里さん⋯?」


携帯に耳を当てる。


「もしもし」


「あ、もしもし春香ちゃん」


「うん、陽花里さんどうしたんですか?」


「あー、えっとね。今日は急に家に来てごめんね」


「いえいえ、大丈夫ですよ!陽花里さんならいつでも大歓迎です!」


「そ、そう?で⋯本題なんだけど⋯」


陽花里ちゃんの声が真剣みを帯びる。私も体に力が入り、携帯をぎゅっと握り生唾を飲んだ。


「あの⋯高梨君って彼女いるのかしら?」


「高梨⋯くん?あ、お兄ちゃんですか?」


拍子抜けして手から落ちそうになった携帯を慌てて支える。


「そ、そう」


「お兄ちゃんは彼女いませんよ」


「そうなの!じゃあ、付き合ったことのある娘は?」


「うーん、たぶんいなかったと思います。私の世話で忙しかったはずですし」


「そう!」


陽花里ちゃんがとても嬉しそうだ。もしかして⋯お兄ちゃんのこと好きなのかな?そうだとしたらとてもありがたい。お兄ちゃんにはいい人と付き合ってほしいし、その点陽花里さんはばっちりだ。


「高梨君って⋯ツンデレとか好きかしら?」


ツ、ツンデレ?お兄ちゃんツンデレ好きなのだろうか?分からないけど⋯好きと言っといたほうがおもしろそうだな。一歳年上の兄が飄々と顔色も変えず自分を育てて、一歳しか違わないのに何もかも責任を負っているような顔をしていることに私自身どこか苛立ちを感じていたのかもしれない。出来心がさした。そう、少しは動揺して年相応にうろたえるがいいと⋯。


「ツンデレお兄ちゃん大好きですよ!!」


そういう私の顔は人生の中で一番二番を飾る満面の笑みだったと思う。


「だ、大好き⋯。そ、そう。分かったわ。⋯早速勉強しなきゃ。じゃあ、ありがとう!春香ちゃん!」


そう聞こえた後、電話が切れた。今、勉強しなきゃって小さい声だったけど言っていたような。自分の顔に笑みが浮かび上がる。⋯面白くなりそうだ。


ーー覚悟しててね♪お兄ちゃん♡



「クシュっ」


悪寒がしてくしゃみが出た。⋯風邪でも引いたかな?もう七時だ。自分の部屋に戻った妹を呼び出して夕飯を食べなければ⋯。






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