陽花里Side/主人公Side
「⋯佐藤さん?」
見上げるとそこには高梨君がいた。思わず高梨君助けて!と言いそうになった自分の口をすんでのところで押しとどめる。ただでさえ、私の身勝手な願望に彼を巻き込んで不幸にしてしまったばっかりなのに、これ以上彼を巻き込めない。
「どうしたの?公園に何か用事?」
「いや、自販機で飲み物でも⋯」
そういう彼の両手にはスーパーの袋が握られている。この状態でわざわざ公園によって飲み物飲もうだなんて思うだろうか?
「佐藤さん、隣にいるのは彼氏ですか?」
「いえ、違うわ」
慌てて首を横に振る。すると、手首を握られていた力がさらに強まり思わず顔をしかめそうになった。
「そうですか⋯。あ!そういえば妹が大変なことになってて佐藤さん呼んできてって言われてるんです!ちょっと佐藤さん借りますね」
そういうと高梨君は掴まれていないほうの手を取ると勢いよく引き上げた。何の抵抗もなく拘束されていた手が離される。
「そっか。妹さんが陽花里ちゃんを呼んでいるなら仕方ないね。じゃあ、またいつか」
そういうと博人君はとっとと去っていった。周りを気にする人でよかった。おそらく分が悪いと思って引いたのだろう。⋯復讐するどころか相手に火を引火して悪化させただけだったな。視線を感じ見上げると高梨君の目にばちりと目が合った。
「高梨君、春香ちゃんの用事ってなに?」
「それは⋯」
高梨君がもごもご口を動かしながら、私のカバンを持って公園の出口へと歩き始めた。
「え?ちょっと待って!飲み物は?自販機は行かなくていいの?」
高梨君は自販機とは逆反対の出口へと相も変わらずずんずん進む。
「大丈夫です」
「え?大丈夫って⋯」
ついに公園の出口を出てしまった⋯。
「佐藤さん、家どこですか?」
私が家の近くにある大型ショッピングモールの名前を出すと、高梨君は顔を曇らせた。
「⋯遠いですね。僕の家、今朝来たからわかると思うのですが近いのでちょっと寄ってもらえますか?」
「え?」
「手⋯」
高梨君がつぶやく。
「手がちょっとまずいことになっているようなので⋯」
自分の手を見ると手首の部分が青黒くなっていた。もう片方の手でそれを恐る恐る触ろうとすると、高梨君にやんわりと咎められる。
「触らないほうが良いですよ。⋯というわけなので冷やしましょう」
「あ、カバン⋯」
「そんな手の人に持たせられません」
でも、高梨君はとても重たそうだ。スーパーの袋二個に私のカバンまで持っているのだから。
「気にしないでください」
「でも⋯」
「なら、今後も妹と遊んでやってください」
「それはもちろん!」
「なら、それでいいです」
高梨君がやんわりと微笑む。⋯初めて笑顔を見た気がする。私はその顔をなんだか直視できなくて顔をそらした。
◆
僕が佐藤さんを見つけたのは本当に偶然だった。たまたま今日の買い出し帰りに通る公園でベンチに座っている佐藤さんを見つけた。隣に座っているのは僕と同い年と思われる男子。それもさわやかイケメンだ。正直、絵になっている。
僕は少しもやもやしつつも気になってしまいじっと見つめた。自販機に飲み物を買いに行く人のふりをすれば不自然じゃないだろう。そう思って近づいてみると様子がおかしい事に気が付いた。
佐藤さんは今までにないほど冷ややかでおびえた目をしているし、イケメンのほうは笑っている。そしてイケメンに掴まれた手は⋯。
⋯やってしまった。佐藤さんとイケメンの関係性も知らないのに。僕が無理やり連れだした佐藤さんは、今僕の家でとてもおとなしく僕の手のひらに自分の手首を預けている。改めてみると⋯本当に痛々しい。青黒い部分がどんどん広がってきている。これはきっとあのイケメンがやったのだろう。となると確実に平和な仲⋯というわけではないな。
じゃあ、どういう仲なのかということが気にならないわけではないけど、聞くのも勇気が出ない。僕と佐藤さんはまだそんな仲ではない。僕にできることはこの痛々しい手をなるべく痕が残らないように適切の処置することだけだ。⋯といってもただひたすら冷やすだけだけど。
佐藤さんがピクッと体をはねさせる。
「⋯冷たいですか?」
佐藤さんが遠慮がちにうなずいた。
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
引き出しから薄手のハンカチを巻く。⋯これで冷たくはないかな。
「これで、大丈夫でしょうか?」
「うん。ありがとう」
クラスで見るのとは別人のようにおとなしい。こんな目にあえば⋯そうなるだろう。
「もうそろそろお暇するね」
「⋯送っていきます」
「そこまで迷惑をかけるのは⋯」
いや、間違いなく今一人で出歩くのは危ない。佐藤さんの手をこんな風にしたイケメンに遭遇する恐れがある。どうにかして断らせないようにしないと⋯。
「僕が⋯僕が佐藤さんと一緒にもう少しいたいんです。それじゃ⋯ダメですか?」
自分で言っていて恥ずかしくなった。顔にだんだん熱が集まるのを感じながら、目の前を見ると同じように顔を赤らめている佐藤さんがいた。
「じゃ、じゃあお願いしようかしら」
「うん⋯」
あの後の帰り道でイケメンに会うことはなかったけど⋯僕の不用意な発言で帰り道がとても気まずかった⋯。
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