第3話
今、クラスの親睦会でカラオケに来ている。僕は開始からずっとどうすればいいのかわからなくて座りっぱなし⋯ではなく、なぜだかクラス全員とデュエットを組まされていた。おかげで僕の声はもう枯れる寸前だ。
このクラスは仲が本当に良いらしく、だからと言って最初の頃なじむことがなかった僕を仲間外れにすることもない。基本的に根がいい人ばかりなのだろう。このクラスがこういう雰囲気を維持できているのは一人の人物の功績が大きい。
佐藤陽花里。僕に話しかけ、友達になろうといった彼女は人心掌握に関してとても優れた能力をどうやら持っているらしい。
僕がクラス全員とデュエットをしなければならないという状況を生み出したのも彼女だ。彼女が転校生君とみんなでデュエットをしよう!と言い、皆がノリノリでOKを出した。こんな一見断られそうな案が受け入られるということは、それだけ彼女の人望が高いという証拠だ。
このおかげで僕はクラスの人と沢山話すことができて楽しい。楽しいのだが⋯
「転校生君!ちょっと飲み物取りに行くの手伝って!」
「え?はい」
彼女に手を引かれて部屋から出る。彼女は片っ端からドリンクバーにグラスをセットし飲み物を入れていく。
「転校生君」
「はい?」
「喉、大丈夫?」
「⋯大丈夫です」
自分の喉をさする。大丈夫。まだ声は出る。
「そう。よかった」
「佐藤さんはすごくクラスメイトに好かれていますね」
「そう?そうだとしたらそれは転校生君のおかげよ」
「⋯転校生君」
「え?」
「なんで転校生君なんですか?」
僕は一応高校の入学式からいたんだけど⋯。
「私たちの学校って中高一貫でしょう?」
「はい」
「ほとんどの人が中学からそのまま上がってくる。だから、外部生ってすごく珍しいのよね」
「はぁ」
「だから!つまり君は転校生君よ!」
「なるほど?」
⋯納得できるようなできないような。
「転校生君。学校にはもう慣れた?」
「おかげさまで」
「そう。よかったわ」
「⋯本当に委員長という職にプライドを持っているんですね。中学校の時も委員長していたんですか?」
「そうね。中一と中三はやっていたわね」
「へぇ。その時からこんな感じですか?」
「こんな感じというと?」
「同級生に好かれていたのかな⋯と」
「そうね⋯最初の頃はむしろ嫌われていたわ」
彼女は自嘲的に笑う。まずいことを聞いてしまった。僕は彼女の横顔から前に視線を移した。
「そうなんですね⋯」
「だから⋯そうね。耳かして」
彼女はいつもの純真無垢な笑みではなくどこか妖艶な笑みを浮かべて僕の耳に口を近づけた。わずかに息がかかってくすぐったい。
「少し⋯ずる賢く生きてみることにしたの」
「え?」
彼女は僕から体を放し、いつも通りの笑みを浮かべるとコップがたくさん並べてあるお盆を白い細腕で持った。
「じゃあ、戻りましょうか。転校生君」
「⋯はい」
彼女の艶やかな黒髪で編まれた背中に揺れるおさげから目をそっと離す。⋯ビックリした。いきなりあんな至近距離に来るなんて。下を向きながら歩いていると、彼女の足が見えて慌てて止まる。
「あぶっ!?どうしたんですか?佐藤さん」
彼女の背中にぶつかる寸前で飲み物の乗ったお盆を止めた。彼女は立ったまま返事がない。彼女の前に回り、顔を覗き込むと彼女の目はただ一点を見ていた。その方向を見ると、ひとりのおとなしそうな女の子がいる。女の子はこっちに気づいたのか歩いてくる。
「もしかして、佐藤さん?」
「久しぶり」
「うん、久しぶり。小学生ぶりだよね」
「そうだね」
「隣にいるのは彼氏?」
「いや、友達」
「そうなんだ」
女の子はこっちを探るようにみる。その視線はどこか値踏みされているようで居心地が悪かった。
「もうそろそろ同窓会あるけど、佐藤さんは来る?」
「うーん」
「行こうよ!みんな来るらしいし」
「⋯そうだね」
「やったぁ。みんなにも言っておくね。じゃあ、また」
女の子は満足したような笑みを浮かべて、さっそうと僕たちを通り過ぎた。
「⋯佐藤さん。大丈夫?」
「⋯ん?大丈夫よ!!」
いつもみたいな明るい笑顔を浮かべているけど⋯いや、やめよう。僕が口出すことではない。
「そうですか」
「えぇ!早く戻りましょう」
「うん」
その後、部屋に戻った彼女は本当にいつも通りだった。いつも通り、飲み物を手際よく配る姿は彼女が心がけている委員長そのものの姿だったし、クラスの雰囲気を程よく盛り上げて、皆が楽しめるような空間を作る姿はさすがの一言に尽きる。
僕も彼女のおかげで、クラスの中で仲いい人ができたし、クラスの人の関係性を知ることもできた。でも、かえってその彼女の完璧な委員長の姿が僕の脳裏に先ほどのいつもとは違う姿を焼き付けることとなった。
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