第4話

「お兄ちゃん」


いつもよりのワントーン声を高くした妹が僕の部屋に入ってきた。⋯嫌な予感がする。妹がこういう時は、たいてい僕にとって悪いことが起きる時だ。僕は聞こえないふりで本を読むことを続行した。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


妹がしつこく僕の肩をたたいてくる。これ以上無視するのは無理そうだ。


「⋯何」


「お出かけしよ」


「なんで」


「なんでって⋯お兄ちゃん、お兄ちゃんは休日はずっと引きこもり生活をしているから知らないだろうけど、今日はこんなに天気がいいんだよ」


ニコニコしつつ窓のほうを大げさなジェスチャーで指し示す妹を見る。


「で?本当の目的は」


「お兄様、服がほしいです!!」


「はぁ」


妹はシュバッと僕の前で正座をする。確かに⋯妹ももう中学生三年生だ。最近はメイクだってし始めている。⋯やらされるのは僕だけど。ただでさえ、母さんがあちこち世界中に行っているせいで、あんまりおしゃれ方面での気遣いはしてあげられていないと思うし⋯。


「しょうがない⋯。行くか」


「ほんと!!」


「うん」


「やったぁ!では、お兄ちゃん早速⋯」


妹がメイク道具を僕の前に出す。


「化粧水、乳液はもうつけたよ!」


自慢げに言う妹のおでこをデコピンではじきたくなりつつも、僕は椅子から降りて妹の正面に座った。自分の手に化粧下地を付けて、妹の顔に塗り広げながら言う。


「もうそろそろ、自分で化粧ぐらいしろよ」


「えー。だって化粧難しいもん。それにお兄ちゃんのほうが上手いし」


「⋯⋯」


嬉しいような悲しいような複雑な気持ちが心に広がった。高校生男子にメイクのうまさを褒められてもな⋯。複雑になりつつも、妹の肌にファンデーション、アイシャドウ、アイライン、アイブロウ、チーク、リップと重ねていく。


「⋯できたぞ」


妹が手鏡を出して自分の顔をチェックする。


「ありがとう!お兄ちゃん。やっぱりお兄ちゃんに頼むに限るね。じゃあ、早速行こう!」


「ちょっと待て」


僕の腕を引っ張り外へ連れ出そうとする妹を慌てて止める。カバンに家用の財布まだ入れてない。タンスを開け、家用の財布の残金を確認する。⋯二万か。足りるだろうけど、もうそろそろ銀行に下ろしに行ったほうが良いかもしれない。カバンに家用の財布と自分の財布を入れた。


玄関先に行くと、妹がもうすでに靴を履き替えて待っていた。


「お兄ちゃん早く!」


「はいはい⋯」


家の戸締りはちゃんとしたし、ガスもついてないはず⋯。家の扉の鍵を閉め、ちゃんとしまっているかの確認のためにもう一度ドアノブを回す。よし⋯!


「じゃあ、行くか」


「うん!」


マンションを出ると、妹が言っていた通りの晴天が広がっていた。青すぎて少し憎らしいほどだ。


「で?どこ行くんだ?」


「服屋だよ?」


「服屋でもたくさん種類あるだろう」


「うーん⋯。どこがいいんだろう?」


「俺に聞かれてもな⋯」


こういう時、母親が近くにいたら何か違ったのだろうか⋯。悩む妹の姿を見ながら考える。


「あ、じゃあ、あそこの大型ショッピングモールは?」


「それはどこにあるんだ?」


「お兄ちゃん行ったことないの?」


「うん」


僕が行ったことあるのは、最近行ったカラオケだけだ。つい最近まで話せる人自体いなかったし。


「しょうがないなぁ。私が連れて行ってしんぜよう」


「はいはい。じゃあ、よろしく頼む」


「任せといて!」


妹は歩くスピードを少し早め、意気揚々と歩き始めた。


「それで?引っ越してから学校生活は楽しいか?」


「うん!楽しいよ」


そう言う妹の表情が本当にいつもとは違わないか、じっと確認する。いつも通り楽し気に笑みを浮かべている姿を見てほっとした。妹は実際に事件が起こった隣のクラスに在籍していた。おそらく、クラスの雰囲気にもよるだろうが、もしかしたら僕以上に質問されたりして嫌な目に合っていないか心配だったのだ。


⋯この様子なら大丈夫かな。


ほっと息を吐く。


「お兄ちゃんは?」


「え?」


「お兄ちゃんは学校楽しい?」


「楽しいよ。それなりにね」


「そっかぁ」


あれこれ話しているうちに、ショッピングセンターについた。


「それで?どこ行くんだ?」


「うーん。あそこ行きたい」


妹がさした店は女の子らしい、ひらひらしたレースやフリルが付いている服が売ってあるお店だった。ちょっと男子が入るには入りにくいかもしれない。⋯まぁ、いいか。


「じゃあ、あそこはいるか!」


「うん!」


入ると余計にアウェイ感を感じる。幸いなのは隣に妹がいることだろうか。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんこれとこれ、どっちが似合ってる」


妹が持ってきたのは白地に赤の花柄のワンピースと白いシフォン生地でできたマキシ丈のスカートだった。ワンピースのほうが妹の明るい感じに似合っていると思う⋯けど丈がなぁ。膝上10センチは短い気がする。


「その二つならスカートかな」


「そう?」


妹は不思議そうに首をかしげるとまた服を選びに行った。あれはおそらくワンピースのほうが気に入っていた反応だな。ワンピースのほうを買うことになるかもしれない⋯。仕方ないか。きっと最近の流行はあれぐらいの丈なのだろう。


ぼーっと店内に突っ立っているのも怪しいのでアクセサリーが売っているコーナーを適当に見る。あ、これ⋯。白いビーズでできた花のパレットを取ろうとすると、視界に白い手が見えたため慌てて手を引っ込めた。


「すみません」


「あ、こちらこそ⋯って転校生君?」


「⋯佐藤さん」


「こんなところで偶然ね。転校生君は⋯その一人?」


「い、いや⋯」


「お兄ちゃん!ってあれ?お兄ちゃんの友達?」


「今日は僕の妹と来たんです」


腕に服をたくさん抱えている妹を手で指す。


「あら、妹さん?可愛いわね。初めまして。お兄さんの友人の佐藤陽花里です」


軽く佐藤さんが会釈すると、妹もあわてて頭を下げる。


「初めまして。兄がいつもお世話になってます。妹の春香です」


「よろしくね。⋯春香ちゃんの持っているその白地のワンピース可愛いわね」


「ありがとうございます!」


妹は褒められてうれしそうだ。


「すごい似合いそう」


「でも、迷ってるんですよね⋯。どれを買うか⋯」


「確かに迷うわよね。あ、あれも似合いそうじゃない?」


「え?どれですか」


⋯女子二人が行ってしまった。きゃいきゃい楽しそうにしている。後で佐藤さんに何かお礼しないとな⋯。ともあれ妹の相手してもらってありがたい。僕じゃ女子のファッションのことなんてわからないし。


さて⋯と僕が女子の隣にいるのも邪魔だろうし。


「春香!」


「なに?お兄ちゃん?」


とことこやってきた春香の手に一万円を置いた。そして、服屋の向かいにあるファーストフード店を指す。


「兄ちゃん、向かいの店にいるから服買ったら来て。これは服代な」


「分かった」


「じゃ」


妹を服屋に置き、ハンバーガーセットを買って席についた。はぁ、疲れた。まさかクラスメイトに会うとはな⋯。でも、外でも髪型も眼鏡も変わらないんだな。妹は学校と外行くときとじゃ色々変えてるから女子は全員そうするものだと思ってたけど、佐藤さんは違った。そこは人それぞれということなのだろう。


さて、時間かかるだろうし本でも読むか⋯。



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