第10話J( 'ー`)し「たかし、珍しくシリアスな会話だから母さんボケない方がいい?」

 王都に戻ってからイグドラだけは玉座の間に呼び出された。

 国王によるお説教タイムが続いているのだ。

 なぜ俺やミカは短時間で終わったかというとこういう破天荒な行為が初めてではなく、国王もすでに諦めているからだ。しかし、イグドラだけは違う。俺たちの独断専行に加担するなど両親に忠誠を誓う彼女にとっては一世一代の決断だっただろう。

 まあ、国王はなんだかんだで娘に甘く、俺たちも貴重な戦力であるので軍法会議うんぬんということにはならず、揉み消されるだろうと俺は楽観視している。問題は彼女の母親ロッシェンテ女王なのだが、彼女が帰ってくるまでとりあえず保留だ。


 今の問題はミカの両親だった。(バルフォアはピノ将軍の入ってる檻に入れられ、お互いに「なんでお前がいるんだよ!」と言い合っていた)あの二人は民間人なので捕虜にするわけにもいかず、難民申請をするかと言われたら二人が拒絶したのだ。

 俺たちは眠りから覚めた二人は根気よく状況を説明したが、態度は相変わらずだった。


「これは王国による民間人の拉致だ!すぐに帰してもらおう!」

「そうよ!皇帝陛下がこんな非道を許すと思ってるの!」


 俺は「助けるんじゃなかった」と思った。もちろんミカが事前に予告していたことではあるが、いくらなんでもここまで酷くないだろうという予想を裏切られた形だ。説明すればわかってくれるという期待が俺にはあったのだ。


「だから言ったでしょう?」


 二人を監視つきの部屋に押し込め、うんざりした顔のミカが言った。

 ちなみに、俺の母さんは厨房で能力アップの料理作成を再開中だ。この世界の料理人とレシピを交換し合い、互いの見たこともない料理に唸っている。


「私を誘き出すための囮にされれば目が覚めるかと思ったけど、愚か者につける薬はないって本当ね」

「なんで二人はあそこまで頑ななんだ?将軍でさえ皇帝を見捨ててるんだぞ」

「帝国が滅んだら上流階級の優雅な生活が終わるからよ」


 ミカは忌々しそうに言った。


「本当にどうしようもない親よ。やっぱり見捨てるべきだった」

「でも、それができなかったんだろう?」

「ええ、できない自分に腹が立ってるわ。いっそ父さんと母さんが悪人なら喜んで見捨てるんだけど、二人とも愚かなだけなの」


 悪人は滅ぼせるが愚か者はそういうわけにいかない。

 ミカはそう言って窓にもたれかかり、深いため息をつく。


「帝国の上流階級ってみんなああいう感じなのか?」

「大多数はそうよ。皇帝が選民思想とかを普及させたせいで、大勢の犠牲で成り立っている帝国の暮らしを誰も疑問に思ってないわ。子供の時から教育すれば普通の人間なんてこんなものでしょうけど」


 大魔法使いミカ様は違うということだ。


「あのさ……」

「なに?」


 俺は迷ったが、聞くことにした。


「俺たちが魔王をぶっ飛ばしたら帝国はどうなるんだ?」

「政権を解体して新しいものが作られるわよ」

「そうなるとけっこうな人が処刑されたりクビになったりするんだよな?魔王を倒してみんな幸せになりました、とはいかないんだなーと思ってさ」

「それは当たり前でしょ」


 ミカは呆れたように言った。


「選民思想を信じてる人はこの戦争を家畜が主人に逆らってるみたいに思ってるでしょうね。でも、私たちは家畜に甘んじないし、殺されるわけにもいかない。そうでしょう?」

「それはそうなんだけど、ただ、ちょっとすっきりしないなあって」

「魔王を倒したら帝国の上層部はあらかた処刑。上流貴族の財産は全部没収。そして王国にとって都合のよい政権が立てられるでしょうね。もしかしたら帝国を併呑するかもしれない。でも、それで大多数の人は圧制から開放される。めでたしめでたしよ。一人も不幸にならない終わり方なんてありえないでしょう?」

「まあ、そうなんだけど……」


 やっぱりすっきりしないなあと俺は思う。

 ゲームだと魔王が倒された後の魔物や魔族はどんな扱いをされるんだろうってツッコミは誰もしない。スタッフロールが流れてゲームはそこで終わりだ。しかし、俺が魔王を倒した後のこの世界は相変わらず存在していくわけで、ちょっとブルーな気分になってしまう。


「仕方ないわよ。厳しい言い方だけど、皇帝に組するって事は彼と心中することを選んだってこと」

「でもなあ、ピノ将軍みたいに立場があって、家族がいたら国を出られない人もいるわけじゃん?」

「それは言い訳よ。私の父さんと母さんも裕福な暮らしを手放したくないだけ。長期的に考えれば今いる地位を捨てて、国を出るべきよ。違う?」

「違わない……たぶん」

「彼らはもうすぐ溜まったツケを自分で払うの。私だって両親に何度も言ったのよ?この国は長く持たないから出たほうが良いって」


 ミカが両親になんと言い返されたかは想像がついた。


「でも、両親は聞き入れなかったわ。帝国と心中することを選んだならその決断を尊重すればいいのよ」

「え?でも、助けたじゃん」

「ええ、そうよ!」


 ミカは窓の縁を両手でばんっと叩いて怒鳴った。


「自分でも嫌になるわ!なんで見捨てられないのかしら!皇帝が私に極秘の催眠魔法でもかけたんじゃないかと思うくらい!あなたのお母さんに解析魔法が使えたら調べてほしいくらいよ!」

「催眠魔法かあ」


 その可能性はないだろう。

 ミカの感情は普通の理性とか家族愛とかいうものだ。


「なあ、あの両親が何かの催眠にかけられてる可能性はないか?皇帝か誰かに魔法で洗脳されてるとか」

「それが本当なら素晴らしいんだけどね」


 ミカは苦笑した。


「私も調べたけど、そんな痕跡は一切ないわ。そんな魔法があったら将軍たちが投降するのはおかしいでしょう?」

「あっ、確かにそうだな!」

「父さんと母さんみたいな人は自分で自分に催眠をかけてるのよ。ああ、魔法じゃなくて自己暗示の意味ね。自分の楽しい生活はこれからずっと続くと思い込んでる。皇帝や帝国ってシステムが餌を運んでくる親鳥みたいに思ってるのよ。あの人たちは巣に閉じこもった雛鳥ってわけ」

「閉じこもった雛鳥か」


 ん?何かに似てるなと俺は思った。


「自分に都合の悪いことからは耳をふさいで楽しい出来事ばかり考えるの。冷めていくぬるま湯から出ようとしないでゆっくり死んでいく。あの二人は大人の姿をしてるけど中身は子供のままよ」


 ああ、何かと思ったら俺に似てるんだ!

 引きニートをやってた俺にそっくりだ!

 あっはっはっは。耳が痛いぜ!


「ど、どうしたら二人の目を覚ませるんだろうな?」

「私たちが皇帝が倒して帝国が崩壊したら、でしょうね。親がいなくなれば自分で生きるしかなくなる。早く現実を叩きつけてやらないと」

「で、でもさ……いきなり現実を叩きつけるとショックが大きいんじゃないか?自分の生活が崩壊したら生きる希望がなくなるというか……」


 ショック療法は効果が大きいだろうが、それに適応できない人間もいる。

 もしも俺が親に家を追い出されて路頭に迷ったら心機一転して「さあ、働くぞ」となるかは非常に怪しい。


「確かにそうね。特に母さんは今から農具を手にとって働けと言っても自殺しかねないわ。でも、いくら言ってももう二人の心を動かすことは出来ないでしょう?」


 どうしよう。

 俺は必死に頭を回転させた。

 もしも俺が平行世界にいる引きニートの俺を働かせるとしたらどうする?もっと優しい方法があるんじゃ……。

 いや、ないな!自分のことだからよくわかる。


「どうしようもないか……」

「私の両親のことであなたがそんなに悩んでどうするの?そんな暇があったら自分の問題でも考えたら?」


 俺はぎくりとした。

 俺の引きニート問題をミカとイグドラはすでに母さんから細かく聞いているのだ。


「私にはよくわからないけど、あなたも元の世界でいろいろと困ってるみたいね。親子も世界も理想どおりにはいかないってことかしら。でも、上手くいかないなりに上手くやっていくしかないわ」

「上手くいかないなりに上手くやっていく、か……」


 面白い表現だと俺は思った。


 結局、ミカの両親はどうなったかというと「自分を大魔法使いミカの親だと思い込んでる一般人」ということにされて王都の精神病院に放り込まれた。魔王を倒すまでそこで保護してほしいとミカが望んだのだ。

 帝国が崩壊したら二人の階級もミカとの関係も落ち着くべき所に落ち着くのだろう。こればかりは勇者にどうこうできる事ではないし、ひょっとするとミカにもどうにもできないのかもしれない。

 しかし、とりあえず両親の命は助かった。

 今はそれで満足するしかないのだ!

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