第11話J( 'ー`)し「たかし、王様も家族の前では普通のおっさんよ」

 俺たちは玉座の間で待機していた。

 あのロッシェンテ女王率いる部隊がついに帰ってきたのだ。

 城下町では市民たちが帰還を祝福し、花びらや紙ふぶきが舞っているだろう。 


「うう……」

「イグドラ、怖いのはわかるけどがんばれ」


 俺はぶるぶる震えるイグドラを小声で励ました。


 扉が開いて側近を率いる甲冑姿の女性が遠目に見えた。

 彼女こそがロッシェンテ女王だ。イグドラと同じく国宝の変形甲冑を着ており、兜の部分だけが解除されて黄金色の長髪が揺れている。


 どんな人かというと?

 胸がデカァァァァァいッ!それ以外は説明不要!!

 冗談はさておき、女王陛下はイグドラによく似ており、彼女の姉と言われたら信じるくらいに若く見える。しかし、鬼かと思うほど強い!彼女はこの国で最も魔力が高く、神官騎士としても一流の戦女神だ。昔から椅子に座ってじっとしているなど我慢できず、甲冑を身に着けて戦闘訓練する姿が有名だったらしい。

 俺はイグドラを仲間にする時に「力を示せ」とRPGの召喚獣獲得イベントみたいなことを言われて手合わせさせられた。女王は吐くかと思うくらいに手強かった。夕方に開始した戦闘は翌日の早朝になってようやく女王が疲労で倒れ、その時の俺は「よし!ラスボスを倒した!地球に帰れるぞ!」と勘違いしたくらいだ。


 女王はこちらへやってきて、俺たちの前で止まった。王国に二つしかない変形甲冑ががしゃがしゃと音を立て、戦闘モードから女王モードへ変わる。

 イグドラより大きい胸が強調されるドレスなので俺は目のやり場に困る。


 一人だけ跪かずに立っている国王が声をかけた。


「よくぞ無事に帰還した、ロッシェンテ」

「ええ、あなた。イグドラたちも変わりはなくて?」

「はい、母上!ご無事のご帰還、お喜び申し上げます!」


 イグドラが言った。

 女王ロッシェンテは彼女を見て軽く微笑むが、国王に向き直った時にはほんの少しの不満を顔に出した。


「あなた、どういうことか説明してくださる?私は伝書魔鳥で娘とアーサーたちが敵の罠におびき出されて行方不明になったと聞いていました。心臓が止まるかと思いましたけれど、さっき城に入るとフーリンゲンから『もう脱出しており、バルフォア将軍を捕虜にした』と説明を受けました。ずいぶんと慌しく事態が動いたようね?」

「お前の怒りはもっともだ。だが、敵を騙すにはまず味方からというだろう?」


 国王は慎重に説明を始めた。

 そう。陽動作戦に就いていた女王には「前線基地は奪還したよ」「ピノ将軍による暗殺未遂事件があったよ」「ミカの両親が人質にされて俺たちが勝手に救出しに行って消息が途絶えたよ!」と知らせていたが、俺たちが自力で脱出してバルフォア元将軍つきで帰ってきたことは伏せていた。

 帝国側は俺たちが罠にかかって地下監獄で死んだと思っているだろうからそのまま誤解させたままにしておきたく、どこに帝国の目が光っているかわからないので女王も騙すことにしたのだ。


「……なるほど。理解できました」


 女王は説明を聞いてしぶしぶだが納得してくれたようだ。


「では、娘たちの帰還を喜ぶ前に小さなことから確認しましょう」

「というと……?」


 国王が恐る恐る聞いた。


「前線基地を奪還できたことは何よりの吉報です。私たちが陽動した甲斐があったというもの。しかし、城に暗殺者の侵入を許したというのはどういうことでしょう?警備の者は全員休暇をとっていたのかしら?」

「い、いや、それはな……」


 国王、早くもびびる。

 王国ナンバー1の強さという時点でわかるだろうが、国王は妻に頭が上がらない。お互いに兵の前では空気を読むが、会話の端々で「あ……(察し)」となる。


「一人も気づかないままアーサーとミカが戦い、戦闘が終わった後に皆が駆けつけたという醜態は本当ですか?それに加えて、帝国の謀略でアーサーとミカが誘き出され、イグドラはそれを止めるどころか一緒に罠へ踏み込んでいったというのも?」


 ひいい、とイグドラの声が聞こえた。

 俺も怖い。この女王は怒るとマジで怖いんだよ。 


「ロ、ロッシェンテ……、警備隊長は降格させ、兵には訓練を2倍に増やす罰を与えた。それでは足りぬか?」

「あら?3倍の聞き間違いですわよね?」

「あ、ああ、そうだ!3倍に増やした!」


 国王がそう言うと俺の耳に兵たちの呻きが聞こえてきた。

 うん、同情するよ。


「イグドラにはどんな罰を?」

「それは……」


 やはり国王は娘に甘い処分を下したのだろう。

 女王の目が細まり、鋭い視線がイグドラを射抜く。


「母上!申し訳ございません!」


 イグドラは深々と頭を下げた。


「如何様な罰であろうと受ける覚悟はできております!」

「今の言葉に二言はないわね、イグドラ?」

「はい!」


 あ、これは何かとんでもない罰を受けるパターンだと俺は思った。

 なんでもするとか言ったらだめだよ!

 俺とミカにはどんな罰がくるのか身構えたが、何も言われなかった。元々、俺たちは王国民ではなく、義勇兵として活動していることが理由だろう。


「では、バルフォア将軍が降伏し、こちらに実害はなしということでいいかしら?」

「ああ、そうだ。残った難敵は2名の将軍と憎き魔王のみだ」

「ふっふっふっふ……」


 女王から悪役みたいな笑いが出た。


「気に入らない部分もあるけれど、やはり神のご加護はこちらにあり。今から帝都まで攻め込みたくなるわね……」


 あー、女王の悪い癖が出たと俺は思った。

 この人はすごく直線的な性格だ。彼女は陽動作戦を頼まれた時も「私もバルフォアを屠りに行きます」と主張して大変だった。そしてまた「私を陽動に行かせたければ勝負しなさい!」と戦闘モードになり、唯一勝てる俺が手合わせさせられたのだ。何の意味もない地獄の戦闘パート2である。


「落ち着いてくれ、ロッシェンテ。これも伏せていたが、敵軍に動きがあった。あちらはアーサーたちを地下監獄へ転移させたと信じているらしく、大規模な攻勢をかけてくるつもりだ」

「望むところだわ。それで?」

「ピノ将軍から帝都への侵入方法を聞き出せた。敵の大規模攻勢に応じる構えを見せつつ、その隙に小数の刺客を帝都へ送り込むつもりだ」

「……なるほど」


 女王はすぐに察してくれた。

 敵が勇者たちを倒したと思ってるならこちらはそれを逆手にとって「勇者死んじゃった!魔王の軍隊も来るし、もう終わりだー!」という演技をしつつ、俺たちが帝都に忍び込んで魔王を討つのだ。


「ロッシェンテ、そこでお前にはまた一働きしてもらいたい。前線基地にて敵軍を迎え撃ってくれないか?その間にアーサー達が忍び込んで帝国の頭を討ちとるという作戦なのだ」

「私はまた陽動ということかしら?」


 女王の顔に不満の色が濃くなった。


「また大勝負をイグドラとアーサーたちが持っていくのね……そのうえ今度は首魁を討ち取りに行くなんて羨ましいことを……」

「ロッシェンテ、これには理由があってだな……」

「ええ、わかってるわ。私は目立ちすぎるから帝国の見えるところにいないと不審に思われるのでしょう?この手で魔王を屠りたいけれど自分の役割は自覚しています」


 女王はかなり我慢しているが、血が騒いでることは一目瞭然だ。


「帝都へ潜入するのはアーサー、イグドラ、ミカの3人なのかしら?」

「いや、アーサーの母上も共に行く」

「女王様、はじめまして。たかしがお世話になっています」


 俺の母さんは待ってましたとばかりに自己紹介をした。

 

「たかし?」

「私の名前の一部です、女王陛下……」


 頼むからそこに食いつくなよと思いながら俺は言った。

 幸い、女王は国王と違ってそこに大きな関心を持たなかった。

 ありがとう、女王様!


「なるほど。知らせは聞いています。弓使いをされているそうね。討伐のメンバーに選ばれるということはかなりお強いのでしょう?」


 あれ?女王の目がぎらりと光ったぞ。

 なんか好敵手を見つけて浮き浮きしてる感じだ。

 これはひょっとしてあの展開か。


「そ、そこそこですよ、女王陛下!なあ、母さん!」

「え?ええ、そうね。そこそこです」

「ならば、その『そこそこ』の強さを見せてもらいましょう!娘の命を預けるに値するか知りたいわ!」


 やっぱりこの展開だったー!

 イグドラの母はさっき変えたばかりの女王ドレスを甲冑に戻した。

 ごてごてした飾りのついたドレスが一瞬で純白の装甲に変わり、控えていた部下が槍と盾を手渡す。この人たちの動きも慣れたものだ。


 俺はイグドラに「止めろよ」と目で訴えるが、むこうは「無理を言うな。私の母上だぞ?」と目で返してくる。


「ええと、どうしたらいいのかしら?」


 母さんは困っている。

 俺たち全員も困っている。


「あの、女王陛下、母さんはアーチャーなので1対1では戦えないんですが?」


 俺は当たり前のことを指摘した。

 アーチャーや魔法使いが騎士と戦ってもすぐに接近戦に持ち込まれると勝負が決まってしまう。だから女王は俺と戦ってもミカとは戦わなかった。


「もちろん普通に戦えとは言いません。貴女の技を私に放ってくださる?その威力を見て判断します」


 イグドラの母は仁王立ちすると魔力を全開にした。

 完全にやる気だ。


「どうするんだよ……」


 俺はミカとイグドラを見て言った。

 こんな場所でアローレインを使うわけにもいかない。


「しかたないわね。アーサーのお母さん、今日教えたあの技を使ってください」

「え?アローレイン以外に技を教えたのか?」

「ああ、私とミカが合作したあの技だな!」


 イグドラが目を輝かせた。

 二人が「あの技」と呼ぶものを俺は何も聞かされていない。

 俺、パーティーの一員で勇者なんだけど?


「あの技……ああ、メテオアローのことね!」

「ち、違います!そっちじゃありません!」

「アーサーのご母堂!それを使ってはまずいです!」


 ミカとイグドラが慌てて否定した。

 教えた技は2つあるらしい。

 メテオアロー?なにそれ?

 最終奥義っぽい名前だけど、勇者の俺は一言も聞いてないよ?


「テトラアローのことです」

「ああ、そっちのことね。女王様、本当によろしいですか?この技はちょっと危険らしいんですけど?」

「いいわ!是非とも味わってみたいわね!」


 女王陛下ってドMの気質があるなあと俺は思った。

 騎士や女王はマゾになる運命なのだろうか。


「おい、イグドラ。止める方法はないのか?」

「ない!」

「即答するな!ミカ、あの技ってのは女王が怪我しないのか?」

「相手を負傷させる技じゃないから大丈夫よ……たぶん」

「おい」


 最後にたぶんをつけるな。

 女王のお腹に大きな穴でも開いたらどうするんだ。


「アーサーのお母さんって可能性の塊なのよ。あんな魔力と特性を持った人は見たことがないわ。どんどん新しい魔法を開発できるでしょうね」

「アーサー、すまないが母上がああなったら誰かが戦うしかない。それともまたアーサーが一晩かけて手合わせをしてくれるのか?」

「母さーん、やっちゃってくれ」

「わかったわ、たかし!」


 俺はミカたちの新技とやらにすべてを託すことにした。

 母さんの持つ弓に赤、青、紫、緑と4種類の光が灯った。

 その光で紡いだ弦と矢が現れ、玉座の間が4色に輝く。


「では……いきます!テトラアロー!」


 弓から光が放たれ、4色の矢が女王に向かう。


「これは……っ!」


 女王は危険なものを感じたらしく、受けるはずだった矢を真横に跳躍して避けてしまった。しかし、光の矢も曲がって女王を追跡する。


「つ、追尾機能!?」

「私のアイデアよ!」


 ミカは得意げに言った。


「お、追ってくる!?それなら!」


 女王は矢から逃げ、ある人物の場所へ向かった。


「ん?うおおおおおおっ!」

「こ、国王陛下あああああああっ!」


 側近たちが悲鳴を上げた。

 そりゃそうだ。

 だって女王は国王を盾にしたのだから。

 光の矢が当たって国王の体が4色に発光する。


「ぐおおおお、これは毒……いや、麻……麻痺も……」


 国王の体から紫色の光だけが消失したが、全身が徐々に石化してゆく。


「せ、石化魔法!?」

「テトラアローは4つの魔法を重ねがけしてた技なの」


 ミカは説明を始めた。


「これは毒、麻痺、石化、催眠の四魔法を同時に放つ技よ。国王陛下は催眠魔法に対策を取っていたみたいだから残り3つにかかってしまったの」

「そんな技を覚えさせちゃったのか……」


 それはやばいだろうと俺は思った。

 この世界では俗に言う状態異常系の魔法が膨大な魔力を消費する。そしてそれらの対策魔法は重ねがけできない。重ねようとしたら先にかけた方は上書きされる。そこで通常は毒、麻痺、催眠、石化のどれかに対策を立て、3分の1の確率で無効化しつつ、他にかかった時は仲間が治癒する。4つ全てにかかったら解くのに手間がかかるどころじゃない。

 

「私が使うと1発で魔力切れになるからこんなリスキーな技は使えないけど、あなたのお母さんなら大丈夫よ。でも、矢の動きが遅いし、追尾が単純すぎるのが課題ね。ああやって誰かを盾に使われたら簡単に防がれるし……アーサーかイグドラが敵を拘束した上でこの技を使うの最善だけど、そんな有利な状況じゃほとんど使う意味が……」


 ミカは冷静に分析してる間に国王は完全な石像になってしまった。

 誰か、早く魔法で治癒してやれよ。


「こんな魔法があるなんて……さすがはアーサーの母上だわ!」


 女王はテトラアローという技を見て感動したらしい。

 あのさ、あんたの夫が石になってますよ?


「これほどの魔弓の使い手なら心配無用でしょう!娘をよろしくお願いします!」

「はい。あの、王様を早く治してさしあげたほうが……」

「ああ、そうだったわね」


 女王は治癒魔法を使ってを国王を元に戻し始めた。


 俺はそれを眺めながら思う。

 母さんが魔王にこの技を使ったらどうなるんだ。ボスキャラにはデバフや状態異常魔法なんて通じないのがお約束だが、この世界の魔王はどうなんだ?頼むぞ、魔王!俺の英雄伝説はお前にかかってるんだ!

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