第8話J( 'ー`)し「たかし、ワープ装置って体がはみ出た時を考えると怖いわね」
「どう、母さん?」
俺は草原の真ん中にぽつんとある白い天幕を見ながら聞いた。
俺と母さんとミカとイグドラは城を抜け出して休戦協定とは名ばかりの敵の罠を遠目に観察していた。馬に身体強化の魔法をかけてわっせわっせと運んでもらったのだが、途中からは馬が目立ち過ぎるという理由で降りて徒歩に切り替え、ミカが全員に隠身の魔法をかけながら進んだ。周囲からは草原の一部としか映らないはずだ。
「なんか嫌な感じがするわ、たかし」
勘と観察力が半端ない母さんは何かに気づいたらしい。
俺は母さんの力に頼りたくなかったが、これはあくまでハンター職にやらせる罠チェックであり、魔王を倒してもらうわけではない。まだセーフ。アーサー英雄伝説はまだセーフだ。
「でも、なにがどうおかしいのかは言えないの。ごめんね」
「いいよ。ミカはどうだ?」
「見つけたわ。私の父さんと母さんよ」
探索魔法を使うミカは目を閉じたまま言った。
俺やイグドラの強化した視力では天幕の内側まで見ることはできず、ミカのカシェータという魔法で探ってもらうしかない。ミカはこれに加えて罠を探ることもできるから今までも大活躍している。
「間違いなく本人たちか?」
「私が見てるのは姿じゃなくて魔力の波長なの。これは絶対に偽装できないわ」
指紋やDNAみたいなものかと俺は解釈した。
「ミカ、私の武器で二人を捕まえて引っ張ってはどうだ?」
イグドラは魔法のバッグから鞭を取り出して言った。
「これは『死んでもお前を放さない』という名前の鞭だ。850メートルくらい先まで伸びて敵を攻撃したり縛ることができる。これで片方ずつ縛ってこちらへ引き寄せてはどうだ?」
「おお、それは使えるな!」
俺は便利グッズに唸った。
ん?なんで異世界なのにメートルという単位を使っているのか?
翻訳の指輪が単位を換算してくれるのだ。親切すぎるぜ!
「それって敵を捕まえるときにどれくらいの強さで縛るんだ?」
「えーと……、凄まじい力で縛る!」
「却下ね。私はお父さんとお母さんの上半身だけを救出したいわけじゃないの。もっと優しく助ける道具はない?」
「うーん……」
イグドラはしばらくバッグを漁っていたが、この場にふさわしい秘密道具は出せなかった。ドンマイ、イグえもん。
「残りの人間は帝国の兵士か?」
「たぶんね。自爆魔法をしかけてるかもしれないから注意して」
「自爆かあ……」
自分の体力と魔力を全て使用して爆裂魔法を放つ。そんな奥義がこの世界にもある。ところで、自爆魔法ってどうやって技を継承するんだ?完成した瞬間に自分は吹っ飛ぶわけだろう?俺は覚える気ないが、どうでもいいことが気になった。
「落とし穴、首切り糸、スパイク、地雷、毒蛇、毒虫。他にもいろいろ仕掛けられてるわ」
「そこまで見えるの?すごいわね、ミカちゃん」
「すごいだろ?俺も同じ魔法を覚えたかったんだけど、才能がなくてさあ」
「アーサーは変な目的に使いそうだもの。これを覚えて何に使うの?」
「か、科学的な目的のために使うんだよ!自然界の秘密を解き明かすために!」
「科学的ね……。それは残念だったわ」
ミカは皮肉たっぷりに言った。
俺は急いで話題を変えることにした。
「罠があるのはわかっていたが、どうやって二人を救い出す?罠を無効化する魔法じゃ全部を止められないんだろう?」
「ええ、あれは魔法製の罠しか止められない。だからそっちはもう止めたわ。物理的な罠はアーサーとイグドラなら死なないだろうけど、父さんと母さんが巻き込まれるように設置されてるわ。本当にいやらしい仕掛け。アーサーのお母さん、少し魔力を分けてもらえますか?」
「いいわよ。どうすればいいのかしら?」
「手に触るだけです」
何をする気だろうかと俺が見ているとミカは母さんの手に触れて小さく呪文を唱え始めた。ミカの体が朱色に光り、奇妙な声が聞こえた。
「お前、俺、呼んだか?」
「お、久しぶりだな、サイクマ!」
「お前、誰だ?」
「ああ、前とは違う個体なのか。ちわーっす」
俺は姿が見えない召喚生物に挨拶した。
サイクマという思念体は気配こそあるが物体を攻撃できないし、剣や槍で攻撃されることもない。代わりに敵に憑依して体を支配できる。ふわっとした名前の割に上位の召喚生物で、催眠魔法対策では防げない恐ろしい存在だ。
ちなみに、サイでもクマでもない。
「呼んだか?」
「呼んだか?」
「呼んだか?」
次々と同じような声が出てくる。
合計6体のサイクマを呼び出してミカは頭を押さえた。魔法の使いすぎで頭痛がするのだろう。俺も調子に乗って魔法を使いまくった時はこうなる。
サイクマはミカでも普通は1体しか呼べないと言っていた。母さんから魔力を分けて6体に増やしたわけだが、それをどう使うかは俺でもわかる。
「アーサーのお母さんのおかげで6体も呼べました。ありがとうございます」
「いいんだけど、この人たちって何なの?クマなの?」
「クマじゃないよ、母さん」
「サイクマ、むこうの天幕の中にいる人たちに憑依して。その後は動かずじっとしていて。一歩も動いちゃ駄目よ」
わかった、という声が6つ聞こえると気配がそばから消えた。
ミカは目を閉じて天幕の中を再び探る。
しばらくするとミカが「いいわ」と言った。
「全員操れてるんだな?」
「ええ、周囲に伏兵もいないと確認したし、あとは連れ出すだけよ」
「よし、俺とイグドラが両親を担ごう」
「私にも出番があるんだな?よかった。このまま何もしないのかと不安だったぞ」
イグドラよ、人を担ぐだけの役だけど嬉しいのか。
俺はそう思ったけど口に出すほど無粋ではない。
「たかし、私はどうしたらいいのかしら?」
「母さんはここで待っててくれ。落とし穴とかあるらしいし」
「駄目よ。たかしが心配だからついていくわ」
「母さん……」
俺はどう説得しようか迷ったが、母さんは絶対に譲らない気だ。
仕方ないので俺の後ろから絶対に離れないよう注意して俺たちは天幕の方へ進んでいった。
「たかし、あの辺りから変な感じがするわ」
母さんが指す地面を見ても俺には何もわからず、ミカだけが残存する悪意を感じ取って罠を見破れる。天幕に近づくほどその罠は増えていった。
それでも俺やイグドラは草原の中に待機する緑色の虫や蛇くらいはわかり、俺がイグドラをちらっと見ると顔が青ざめていた。あいつは虫が苦手という乙女チックなところがあるのだ。ずっと清潔な城に住んでいて虫と縁がなかったためだろう。ちなみに、俺の母さんはスリッパでゴキブリを叩き潰せる主婦なので問題ない。
「母さんって蛇は平気なの?」
「平気よ。愛嬌のある顔してるじゃない」
「ひいい……虫が……」
イグドラだけが泣きそうだった。
「みんな、ここからは私が歩いた場所だけを通って。声も出さないで。ここの虫や蛇はルールを破った人間に襲い掛かるよう魔法で操作されてるわ」
全員が首肯した。
そこからは無言でそろりそろりと歩く奇妙なミッションが始まった。
俺の頭の中に「テレッテレ~テレッテレテレテレテレテレ~~~~~テレレレレレレ」みたいなメロディが流れ始める。このBGMはなんだっけ?ピンクパンサーとかいうんだっけ?
ミカを先頭に天幕の中に入ると椅子に座ってぼーっと空を見上げる6人の大人がいた。二人だけ顔つきが明らかに兵士ではない男女がおり、母親の方はミカに似ていた。間違いなくこの二人が両親だろうと俺は思っていたが、ミカは別の二人に近づくと杖を振った。
二人の体に朱色の光が灯り、顔が変化した。さっきの二人は偽者というわけだ。魔力の波長とやらを見分けるミカでなければわからなかっただろう。
ミカは俺の方を振り返ると二人を指した。
よし、運ぶかと思ったが後ろから鎧を引っ張られ、振り返ると母さんが不安そうに首を振った。何かまずいということか?
母さんは俺の掌に「二人の体から嫌な感じが出てる」と文字を書いた。
俺はミカにそれを同じ方法で伝えると彼女は両親をじっと見た。
ミカが再び目を閉じて集中すると杖を二人に向ける。その途端に二人の鎧の下から毒虫がうじゃうじゃと這い出てきた。きもい!虫がそこそこ平気な俺でもこれはきもい!ちらっとイグドラを見ると今にも泣き出しそうだった。
虫を全て追い払ってからミカは再び目を閉じ、最後に俺の母さんを見た。母さんは首を縦に振ってOKのサインを出し、俺とイグドラはゆっくりと二人を肩に担いで来た道を帰り始めた。
天幕から脱出し、無言の逃走を続けてしばらく経つとミカがやっと口を開いた。
「ここまで来れば大丈夫。もう喋ってもいいわ」
「あ~~~、喋れないってきついな!」
「私も緊張したわ~」
「虫こわい虫こわい虫こわい……うううう……」
イグドラ、ガチ泣きである。
こんな弱点があると敵に知られたらまずいんじゃないか?
虫型モンスターとか大丈夫なのか?
「サイクマ。もう出て行っていいわ」
「俺、用済み。じゃあな」「じゃあな」「じゃあな」
「じゃあな!」
なぜか俺だけが別れの挨拶を言って召喚生物は消滅した。
ミカが鎧を着た両親の兜を黄金の杖でコンコンと叩くと二人は目を覚ました。
「ん……ここはどこだ?」
「ミカ、どうしてあなたがここにいるの?」
「私たちは二人の命を救ってあげたのよ。泣いて感謝してもいいんじゃない、父さん、母さん?」
ミカは蔑むように二人を見下ろした。
「親に向かってその態度は何だ、ミカ?私たちはドラクレア将軍に呼ばれてお前が売国奴になったと言われたんだぞ!」
「ミカ、あなたは何をしたの?今からでもいいから軍に出頭しなさい」
二人の態度にミカは額を押さえた。
「えーと、ミカのご両親。二人はミカを誘き出すための餌にされたんですよ?もうちょっとで毒虫やら地雷の巻き添えになって死んでたんですけど……」
「それは娘が帝国を裏切ったからだ!お前たちは何だ?」
「王国の連中ね!この下品な下等生物!」
二人が敵意をむき出しにしたのを見て「だめだこいつら、早くなんとかしないと」と俺は思った。うすうす覚悟していたが、彼らは帝国で不自由なく暮らして軍部のプロパガンダを信じ切っているのだろう。ミカも帝国の特権階級について言っていたことがある。魚は水から出るまで水に気づかないと。
「たかし、なんだか嫌なものが近づいてくるわ」
突然、母さんが言った。
「どうしたんだ?」
「うまく言えないんだけど、危ないものが近づいてくる感じがするの」
「ど、どこだ?」
俺は剣を抜き、全員が周囲を見回したが大地にも空にも敵の影はないし、気配も感じない。
「たぶん……下から?」
「地下か!イグドラ、二人を――」
俺は母さんとミカを担ぎ、イグドラにも指示を出そうとした瞬間、足元から闇が吹き出た。あっという間に全身が包まれ、俺の皮膚は空間の歪みを感じ取った。
転移魔法。
この世界にも○ラクエのルーラみたいな瞬間移動の魔法は存在するが、ほとんど使われない。なぜかというと消息不明になる事故がしょっちゅう起きるからだ。この世界の転移魔法は魔法使いが魔力をこめて2箇所に紋章を描き、その空間を入れ替えるという仕組みなのだが、ミカほどの魔法使いが術を使っても成功確率が60%を超えたことはない。距離や場所と無関係にどこへ転移させても誤って上空や地下へ飛ばされることがあるとミカは言った。
そんなわけで産業用だろうと個人用だろうと危険すぎて誰も使わないのだが敵を罠にはめるというなら話は別だ。
黒い空間に飲み込まれ、俺たちは平原から消滅した。
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