第7話J( 'ー`)し「さすがたかし!略してさすたか!」
一夜明けると一人の兵が俺の部屋をノックした。急いで玉座の間に来てほしいと言われ(俺やミカたちの壊れた窓は魔法であっという間に修理されたのだ)、俺は急いで服を着て勇者のアイデンティティである剣と鎧兜を装備すると部屋を出た。
「あっ、たかし、おはよう!今日もいい天気ね」
母さんとミカが同じタイミングで部屋から出てきた。
「おはよう、母さ……ん?」
「どうしたの、たかし?」
「母さん、なんか化粧してる?」
俺は母さんの肌がやけに若々しく、髪の毛も艶々になっていることに気づいた。呪いのせいで髪の毛は艶が落ちるって話じゃなかったのか?
「ミカちゃんから化粧品を譲ってもらったの。魔法の化粧品らしいけどすごい効果だわ」
「この世界にどんな化粧品があるかって聞かれたから色々あげたの」
「あー、そういうことか」
俺はミカの魔法の凄さを知っている。帝国にいた時はプロの魔法美容師顔負けの技術でおば様連中の皺やたるみを隠したり白髪を隠す化粧品を開発し、魔法の研究費に当てていたらしい。90歳のおばあちゃんを20歳に見せることもできると豪語しており、もはや化粧というより変身だ。
「どう、たかし?今日の私って綺麗?」
「う、うん……ちょっと引くくらいに綺麗に見えるよ……」
俺は自分の母親が10歳以上若返っている気がして怖くなった。
「二人も玉座の間に来いって言われたのか?」
「そうなのよ。こんな早くに何かしら?」
「帝国に動きがあったんでしょうね。兵の顔が緊張してたから」
「そういえば、昨日の忍者の人はどうなったの?母さん、あの後に眠っちゃったから全然知らないんだけど?」
「ああ、あいつは玉……じゃなくてマジックアイテムを取り出されてから催眠魔法にかけられたんだ」
その言葉を聴いてミカの顔が少し赤くなった。
うん。あの時は全員が気まずかったよ。
ピノ将軍は催眠魔法で皇帝に退いてほしいという気持ちが本当だと証明され、彼の知るとんでもない情報を提供してくれた。
今の皇帝は40年前にふらりとやってきた旅人であり、偽皇帝だというのだ。先代皇帝とその護衛たちを皆殺しにして地位を奪い取ったらしい。こんな大事件が隠蔽されたのは皇帝の名誉を守りたいのも理由だが、軍部が必死こいて暗殺や逆襲を試みたけど全て失敗してしまい、正攻法では何をやっても駄目だと確信したからだ。
一部の人間はそれからも偽皇帝を倒すべく強者を探したり、やつの弱点を暴こうとしたが40年もかけてる間に官僚や軍人たちはあきらめモードに入って「もうあいつが皇帝でいいよ……国はそれなりに保ってるし……」と匙をなげてしまったんだとか。
とんでもない情報に俺たちは「うへえ」となった。
「魔王って強いのね」
「ああ、さすが魔王だな。魔王や他の将軍の能力を知りたかったんだけど、ピノは知らないんだってさ」
「ほんと役に立たないわよね。唯一有益だったのは帝都への侵入経路くらいよ」
ミカの言うとおりだ。やつは帝都の検問や城壁にかかった感知魔法を避けるために地下下水道から帝都に侵入する方法を教えてくれた。この場所はわざと警備を薄くして敵を侵入させ、出口のない迷路で永遠に迷わせながら無数の罠で殺すために作られたが味方だけが知る隠し扉があるらしい。
俺たちは長い通路を喋りながら歩き、やっと玉座の間に着くと国王とその側近たち、フーリンゲン旅団長やイグドラはすでに集まっていた。
「何かあったんですか、国王陛下?」
「うむ。少し面倒なことが起きてな」
「帝国から書状が届いたのだ」
フーリンゲンは俺にその書状を見せた。
翻訳の指輪は文字さえも翻訳してくれる超便利なマジックアイテムなので俺は問題なく読めるが、あまりに長々と仰々しい文章が記されているのでイグドラに小声で助けを求めた。
「つまりどういうことだ?」
「休戦の申し出をしてきたのだ」
「は?休戦?」
魔王が休戦って……そんな政治的な小細工をするなよ。
ちゃんと魔王らしく暴れろよ。
俺のアーサー英雄伝説はどうなるんだ。
「もちろん出鱈目だ。あいつらに休戦する気などない」
フーリンゲンが素早く言ったので俺は安心した。
「今日の夕方に休戦協定の調印式を開くから指定してある場所に来いなどと。馬鹿げた提案にもほどがある」
俺は書状の中を探すと互いの前線基地の中間地点を指定していた。そして出席者は互いの軍の旅団長及び師団長。帝国の出席者の名簿がずらずらと書かれている。
奇妙なのは俺とミカの名前まで出席者に入ってることだ。
「これってつまり……罠ですか?」
「見え見えの罠だ。ピノ将軍による暗殺任務が失敗したと気づいてすぐ次の手を打ってきた。本人の言ったとおりだ」
どういうことかというとピノ将軍は監視用の飛行生物に追尾されており、捕縛や殺害が判明するとそいつが帝国に知らせると本人が証言したのだ。
「だが、問題は名簿のここだ」
フーリンゲンは帝国の出席者の一人を指差した。
ウェルティモ・ハートレ。
俺の知っている人間ではないが、下の名前は聞いたことがある。
ミカのフルネームがミカ・ハートレなのだ。
「これって……」
「私の父さんね」
ミカはさらっと言った。
俺は全員の視線がミカに集まっているのに気づいた。
「そうだ。もう一人のミモ・ハートレは君のご母堂だな?」
「ええ。師団長などと書いてあるけど、笑えない冗談ね。父さんは司書官で母さんは普通の主婦なんだけど」
「えーと、これはつまり……どういうことだ?」
「ミカ女史への揺さぶりだ」
「文面からしておそらくこう言いたいのであろう」
国王は苦い顔をしていった。
「両親を助けたければこの場所に来いと」
人質作戦!実に悪役らしい手段を使ってきたなと俺は思った。
ミカはかつて帝国で大魔法使いとして有名だったが、自国の横暴なやり方に愛想が尽きて国を出た。家族はどうしたかというと「あのロクデナシ共の事なんてどうでもいいわよ」と怒り出すので俺やイグドラは触れないようにしていた。
「ミカ嬢、この書状のことをお主に知らせるべきでないと臣下の者たちは余に進言した。握りつぶすべきだとな。しかし、余はあえて話す。お主が帝国に忠誠を誓っていないことはすでに明白だ。その上で謝罪しよう。余はこの地に部下たちを向かわせることはできない」
「当然ですね、国王陛下」
ミカは落ち着いた様子で言った。
「この場所には必殺の罠が待ち構えています。そこに私の両親がいるかもわからないし、そもそも二人は帝国人だから王国軍が助ける義理はありません」
「では、この手紙は無視してよいのか?」
国王はミカに聞いた。
無視すればおそらくミカの両親は死ぬ。
両親を見捨ててよいかという意味だ。
「ええ、当然です。私もすでに愛想を尽かした父と母です。見殺しにしましょう」
「……わかった。ならばこれ以上は何も言わぬ」
そこで会議はお開きとなり、俺たちは玉座の間から出た。
俺はすぐにミカに声をかけた。
「さあ、ミカ。作戦を立てるぞ」
「なんの?」
「お前の両親の救出作戦だよ」
俺は当然の事として言った。
王国軍は動かせないが俺個人は動ける。いや、俺も書類上は志願兵の扱いになっており(民間人が軍に同行して戦えるわけないじゃん!)、ばれたら問題ありまくりなんだが、勇者としてどうすべきかは明らかだ。
「指定した場所にたぶん両親はいる。そうでないと俺たちが近寄ってこないからな。幻術とかを使ってもお前が見破れるとむこうは知っている。だから本物の両親を用意して罠を張っている可能性が高い。どうだ?」
俺の名推理はどうだ。なかなか冴えているだろう?
「その罠をかいくぐって両親を助けるんだ」
「いや、助ける必要ないわよ」
「は?」
「あいつらを見捨ててさっさと魔王を倒せばいいじゃない?なんで助けるの?」
「はあ!?」
「私はあの両親が大嫌いなの。不愉快だから話さないけど、いろいろあって本当に助ける気がないのよ」
「はああ!?」
ミカは呆れた顔でいる。
ああ、そうか。
俺はミカが無理しているのだと思った。
「ふっふっふ、ミカ、お前は嘘をつくときに癖が出るのを知ってるか?」
「癖?」
「そう。お前は嘘をつくと鼻のてっぺんに血管が浮くんだ」
これでミカは鼻の頭を触って「ほら、やっぱり」と……。
あれ?鼻を触らないぞ。
「そんな人間がいるわけないでしょう」
「えーーー」
引っかからなかった。
うまくいくと思ったのに。
「いや、両親が嫌いといっても死んでほしくはないだろう?助けられるものなら助けたいだろ?」
「あなたは素敵な両親に育てられたんでしょうね。でも、私は違うの。本当に嫌いだし、憎んでる。だから見捨てるわ。はい、この話はもう終わり」
ミカはそう言って去っていった。
対して俺は途方にくれた。あいつ、本当に両親を見捨てるのか?万が一にも本人がそれでよくても、俺は勇者的に許されるのか?
「たかし、ミカちゃんは嘘を言ってるわ」
「え?」
「あの子は本当はご両親を助けたいのよ」
「な、なんでわかるんだ?」
俺は母さんの言葉に驚いた。ミカとは約1年の付き合いで、それなりに性格や好き嫌いも知っている。それでも見抜けない嘘を母さんが見抜けるのか。
「説明が難しいんだけど、脳にびびっと来るの」
「びびっと……?あっ、母さんの”観察力”か!」
母さんは基礎能力がすごいことになっているのを俺は忘れていた。たぶん現実から目をそらしたくて意図的に忘却したのだろう。母さんはこの世界で体力や素早さだけでなく観察力や第六感も凄まじく高いのだ。
「なんとなくだけど、あの子は辛さを我慢してるってわかるの」
「やっぱりか。よし、それなら話は早い」
俺は確証を得たので走ってミカの部屋へ向かった。
ドアをノックする。
「ミカ、俺だ」
「今、着替え中」
見え見えの嘘だと思い、俺がドアノブをつかむと鍵がかかっている。
ふんぬ、と力をかけてドアを引っぺがすと下着姿のミカが立っていた。
今まで一度もなかったありがちな展開がついに来た!
「何してるのよ!」
「えええ!?なんで着替えてるんだ?」
「どうでもいいでしょ!早くドアを戻して!」
「すまんすまん」
俺は言うとおりドアを元に戻した。あとで直してもらおう。
「中に入ってから戻さないでよ!早く出て行って!」
「魔法で結界を張るつもりだろう?そうはいかないぞ」
俺は後ろを向いたまま着替えが終わるのを待った。
ミカは罵詈雑言を浴びせながらも俺はなんとか椅子に座って話し合う状況を作れた。
「なあ、本当は両親を助けたいんだろ?」
「全然」
「俺の母さんがそう言ってた。母さんの基礎能力は知ってるだろ?観念しろ」
「……本当にすごいわね、あなたのお母さん」
早くもあきらめたらしく、ミカは口をへの字にした。
「ええ、そうよ。助けたくないっていうのは少し嘘。私は両親といざこざがあったし、大嫌いだけど、死んでもいいとは思ってない。できれば助けたいわ」
ミカはさっきまでと違って悔しそうな顔をした。
「実を言うと一人で助けに行くつもりだったの……」
「だから着替えてたのか。じゃあ、一緒に助けようぜ」
「恥を忍んで言うけど、本当にろくでもない親よ?あなたは助けるんじゃなかったって後悔するわ。だいたい敵の罠に飛び込んでいくなんてどうかしてる。あなたまで巻き込みたくないの。魔王を倒して世界を救うんでしょう?」
俺は冒険小説によくあるセリフを使うことにした。
「二人の人間も救えない奴が世界を救えるわけないだろ!」
どん!
決まった!
しかし、ミカは口をあんぐりと開けて少し固まった。
「そんな恥ずかしいセリフ、よく言えるわね……」
「え?恥ずかしいか?」
「恥ずかしいでしょう」
「そ、そうかな……」
そう言われると俺も恥ずかしい気がしてきた。
確かにクサいセリフだ。
クサすぎる。
「そのセリフ、何かの本に書いてあったの?」
「いや、その……」
「キザな言葉より自分の言葉で喋った方がいいわよ」
「あのさ……今のセリフは速やかに忘れてほしいけど、俺は絶対について行くからな。助けに行くなら一人より二人だろ?俺の体力と防御力ならだいたいの罠に耐えられるし。魔法使いには盾役が必要だ」
「本当に協力してくれるの?」
ミカは呆れつつも嬉しそうに俺を見た。
よし!俺、ちゃんと勇者してるぞ!
「任せておけ!」
「私も行くわ、たかし!」
ドアを倒して俺の母さんが入ってきた。
「私も協力するぞ!」
窓からばーんとイグドラが現れた。
ミカは驚いたが俺はなんとなく2人の気配を感じていた。
「正直にいうと、母さんはすごく助かるけど、イグドラはいいのか?第一王女の立場ってやつがあるだろう?」
「だ、大丈夫だ!私だって仲間のためならなんでもする!」
イグドラは少し不安になったようだが、彼女にとって俺とミカは初めて階級抜きに話ができた仲間だ。彼女なりに勇気を出しているのだろう。
「さすがたかしだわ!あんな言葉がすらすら出てくるなんて!」
俺の母さんは泣き出しそうなくらいに感動していた。
「『二人の人間も救えない奴が世界を救えるわけないだろ!』こんな素敵な言葉を言うなんて!たかしは本当の勇者よ!」
「そのとおりだ、アーサー。お前から聞いた言葉で最も感動的だったぞ」
「ちょ!やめろ!二人ともそこに触れるな!」
「いいじゃない、アーサー。クサいけどかっこよかったわよ」
3人からいじられ、俺は体温が3度くらい上昇してこの場から逃げたくなった。
やめろ!いじりはいじめよりもタチが悪いんだぞ!
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