第6話J( 'ー`)し「たかし、忍者の襲撃よ!」

 真夜中、俺はベッドの上で眠れずにいた。

 風呂で女性使用人から誘惑されたせいでムラムラしているわけではない。怒っているからだ。ミカやイグドラが母さんの魔弓特訓をしているうちに母さんのスキルと呪いがわかった。といっても、ミカの鑑定魔法は相変わらず母さんが無意識に拒絶してしまうので本人の精神集中により判明した。

 スキルは「作った料理を食べると基礎能力が少し上がる」というもの。実に母親らしいスキルだ。王城で実験したところ本当に効果があった。おかげで母さんは厨房で夜までせっせと料理を作り、俺たちの基礎能力は1割ほど増えた。

 呪いは俺にだけこっそり教えてもらったが「魔法を使うと髪の毛の艶が落ちる」というよくわからないものらしい。俺と違ってデメリットがほとんどない。なんでこんなに扱いが違うんだ?ひょっとしたら俺がこの世界で子供を作らないように「童貞を捨てたら弱体化」なんて制約をあのロリババアはつけたのだろうか?それなら「この世界では子供が作れない」みたいな呪いにしろよ!なんで「行為」だけを封じるんだよ!ガッデム!


 そんな怒りをオラクルでぶつけようとしたが幼女神様はすぐに居留守を使って応答しなくなった。


「なんで俺だけが……」


 俺は怒りが収まらず、スキルによって基礎能力がぐんぐん上昇するのを感じた。

 あとになって考えるとその怒りのおかげだったのだろう。

 俺はたまたま怒っていて、しかも眠れなかったおかげで普段なら気づかないレベルの敵意に気づくことができた。


「……ん?」


 俺は部屋の外にかすかな敵の気配を感じとった。「殺気」というやつだ。ここは王都。しかも城で殺気を感じるなど尋常な事態ではない。

 俺は枕元にある剣を手に取り、ドアのほうを見た。

 今日は満月。窓から入ってくる月明かりと高い視力のおかげで視界に問題はない。


 ドアがゆっくりと開いた。

 開いたが誰もいない。しかし、姿は見えなくても何かがいることは鍛え上げた第6感が教えてくれる。俺はそばに置かれた花瓶を手に取ると勘を信じて投げつけた。


「ぐっ!」


 花瓶の割れる音と男の声が重なり、何もない空間に水浸しの刺客が現れた。体を黒づくめの衣装で覆った小柄の男だ。「忍者っぽい」と思うのは転移者の俺だけだろう。この世界には「忍者」という言葉も職業もない。

 姿が見えなかったのは自分を背景と同化させる魔法か同じ効果のマジックアイテムを使っていたせいに違いない。ちなみに、俺もこの魔法をいろんな目的のために習得しようとがんばったが、ミカから習得する才能がないと言われた。


「帝国の刺客だな?」

「これは驚いた。気配は完全に消したつもりだったが」


 ふははは!勇者アーサーを舐めるなよ!

 俺がそう言う間も与えず、敵は細い針を数本飛ばした。かっこよく指で掴み取ろうかと思ったが、やばそうなので身をかわす。カカカッと壁に刺さった針から煙が上がった。強酸の薬品でも塗ってあるのだろう。素手で掴んだら危なかった。


「さすがは勇者アーサーか。いや、名前はタカシだったか?」

「その話はやめろ!」


 俺は体温が3度くらい上がるのを感じた。やっぱりバルフォアの野郎は帝国で俺のの話を喋りまくったらしい。生かしておかん!


「俺が誰かをあえて教えてやろう。俺はピノ将軍の配下だ」

「えっ、敵に身分を名乗っていいのか?」

「問題ない。お前はこれから死ぬのだからな」


 冥土の土産というやつか。その調子でピノ将軍の能力や魔王の弱点も喋ってくれないかなあと俺は思った。


「バルフォアは始末された。お前も会いに行くがいい」

「え?あいつ、死んだのか?」

「無様にも前線基地を奪われて戻った愚か者だ。皇帝陛下が責任を取らせた」


 あっちゃー。バルフォアのやつ、あれだけ豪快に捨てゼリフを言って去ったのに処刑されちゃったのか。でも、俺は嘆いたりしない。ざまーみろだ。


「本当なら食事に毒を盛ってもよかったが、確実に死んだかわからないからな。お前の首を切り落として持ち帰るとしよう」


 刺客はそう言って背中にかけていた長剣を抜いた。刀身は真っ黒だ。

 

 俺は鎧を着ていないことでちょっと不安を感じた。こういう時のためにイグドラの変形甲冑がほしかったのだ。あれは夜間着モードもあるらしい。

 敵は刀を構えたままじりじりと間合いを詰める。しかし、ある距離まで来るとぴたりと止まり、そこから動かなくなった。


「……おい、来ないのか?」


 敵は無言だった。


「……おい、来ないのか?」


 俺はまた聞いたが、敵はまた無言を通した。


 なんだこいつ?なんでずっと止まったままなんだ?原作に追いついたアニメの時間稼ぎじゃあるまいし。ん?時間稼ぎ……?

 俺は普段なら絶対に気づかない空気の変化に気づいた。


「あっ、さてはお前!」


 俺は窓を破壊して外に飛び出た。

 背後から舌打ちが聞こえ、やはりかと思った。おそらく室内で無色無臭のガスを撒いて俺を殺そうとしていたのだろう。自分は息を止めていたかすでに毒対策をしていたかだ。建物内で戦うときはこういう攻撃が怖い。


 中庭に着地すると俺の隣の部屋から爆発が起き、窓からミカと母さんがパジャマ姿で飛び出てきた。ミカは黄金の杖と母さんの弓を持っている。

 むこうも同じような事態に陥っていたらしい。ミカが敵に気づいたのは感知魔法の賜物だろう。彼女はこういう事態に備えて母さんとの同室を希望した。「だったら3人で寝ればいいんじゃん」と言ったが、「それは嫌」と面と向かって言われて俺は軽く凹んだ。


「ミカ!そっちも刺客か!」

「そうよ!」

「たかし!忍者よ!忍者がいるわ!」


 母さんが刺客を指して言った。

 うん、わかる。忍者っぽいもんね。


 俺は母さんたちを襲った忍者をちらりと見たが、その顔は俺の敵と瓜二つだった。双子なのだろうと思った。


「敵襲!中庭に敵よ!」


 ミカが大声で叫んだ。

 ああ、そうだった!ここは味方の陣地なんだから仲間を呼べばよかったんだ!俺はゲーム的なノリで敵を倒すことを考えていたが、兵たちを呼んで集団でボコボコにして悪いわけがない。

 

 しかし、俺を襲ってきた敵は不適に笑った。


「無駄だ。音封じと幻術の魔法を周囲にかけている」

「そう来たか!」


 やはり俺たちは戦うしかないらしい。けど、接近戦ができるのは俺だけだ。2人をかばいながら敵2人を相手にするのはきつい。しかも、母さんは弓を習い始めたばかりなんだが?


 そう思った瞬間、敵の一人がミカに剣で斬りかかった。


「させるか!」


 俺は間に入って一撃を受け止めた瞬間、「やばい!こいつ強いぞ!」と思った。素早さも剣の威力も俺と同じくらいある。これが将軍じゃなくて部下だと?俺、敵をちょっと舐めてた。


「やるな、アーサー!」

「うおおおおっ!」


 俺は敵の素早い攻撃を防御しながら反撃も試みたが、その間にもう一人がミカに斬りかかった。

 ガキンと硬い音が鳴り、薄い青色の障壁がミカと母さんを包む。俺とテントで寝る時にも使っていたミカ得意の防御魔法だ。しかし、これを使ってる間は他の魔法が使えない。


「ちいっ!なかなか固いな!」


 もう一人の敵は一度離れるとぶつぶつと呪文を唱え始めた。やばい。何かやる気だ。しかし、俺はもう一人の相手をするので精一杯だし、ミカも防御魔法を解くわけにはいかない。ミカは叫んだ。


「アーサーのお母さん、昼に教えたあれを使ってください!」

「え?あれを?いいのかしら?」


 あれ?あれってなんだよ、と俺は思った。

 ミカかイグドラはすでになんらかの弓技を教えたということか。できれば魔王を倒すまで母さんには戦ってほしくなかったが、今はそんな事を言ってられない。


「本当にいいのね?」

「お願いします!」

「何をする気か知らんが、これで終わりだ!」


 呪文を唱えていた刺客は両手をパンッと合わせると周囲に10個の発光が生じ、まったく同じ顔の黒装束の男たちが現れた。

 ぶ、分身の術だってばよおおおお!


「ふははは!どれが本物かなどと考えても無駄だぞ!全員が感覚を共有した私自身なのだからな!」


 12人の刺客は同時にそう言い、6人ずつ俺たちに襲いかかった。

 実体を持つ分身魔法の使い手。やっぱり忍者だ!


「たかし!分身の術よ!やっぱり忍者だわ!」

「わかってるよ!わかってるから早く『あれ』とかいうのを使ってくれ、母さん!」

「アーサーのお母さん!早く!防御魔法が持ちません!」


 俺とミカは合計6体ずつの刺客に襲われて形勢が一気にやばくなった。ミカの障壁が徐々に削られてゆき、俺も攻撃をよけるのが精一杯だ。分身が襲ってくる直前に身体強化の魔法リザップの上位版マカリザップを使ったおかげでぎりぎりよけられるが、時間の問題だった。


「本当に使っていいのね!?」

「いいんです!」

「母さん、何か知らないけど使ってくれーーー!」


 俺がそう叫んだ瞬間、母さんの弓に黄金色の弦と矢が生まれた。

 夜が昼になったと思うほどの明るさでそれらが輝いている。


「な、なんだこれは!?」

「イグドラと私で考えた魔弓の技よ!名前はアローレイン!」

「えーと、は、放っていいのよね?」

「早く放ってください!」


 母さんは弓を構え、空に向けて矢を射た。

 空が明るくなり、光の一筋はある程度の高さまで上がると花火のように弾けた。

 夜空の星が100個以上増え、それらは急降下を始める。


 なるほど。まさにアローレインだ。

 ……あれ?これってミカたちは防御シールドがあるけど、俺は?

 ちらりとミカを見ると「気をつけてね」という顔をしていた。


「「「っぎゃあああああああ!」」」


 小さな雷撃が降り注ぎ、俺と刺客たちは悲鳴を上げた。

 空から雨のように降ってきた雷撃弾の一発に当たっただけで俺に走馬灯がよぎった。この痛みはミカが放った雷撃が運悪く俺に当たったときとそっくりだ。そんな雷撃が百発以上降り注いでくるのだから魔力4000の恐ろしさは伊達じゃない。


 敵の分身たちは悲鳴を上げて次々と消滅してゆく。こいつらは分身だけど感覚を共有していると言ってたな。ということは、本体はどんな感じなんだろう?

 俺が周囲を見回すと一体だけ姿が消えず、地面に倒れてびくんびくんしてる奴がいた。口から泡を吐いている。12人分の痛みを同時に味わったならそりゃ痛いはずだ。


 警笛があちこちで鳴り、鎧の音がいくつも聞こえてきた。ようやく警備兵たちが明るくなった空を見て異常に気づいたのだろう。


「どう、アーサー?これが私とミカ直伝のアローレインよ」

「お、俺を巻き込んでるじゃねえか!」

「たかし、大丈夫だった?」


 母さんが俺に駆け寄ってあちこちを調べ始めた。

 弓使いは地味だから俺の英雄伝説は崩壊しないと思っていたが、前言撤回だ。こんなものを使われたら俺の活躍する余地がない。永久封印してもらおう!


「こ、このような弓使いがいたとは……バルフォアのやつめ……」


 刺客はこの世にいない仲間に文句を言った。あいつには何の責任もないのだが、好きに勘違いさせておこう。


「アーサー!何があった!」

「おお、イグドラ。もうちょっと早く来てほしかったぞ」


 完全武装したイグドラがやってきたが、もう仕事は残っていない。


「アーーーサーーーー!無事かーーーーーー!」


 完全武装した国王もやってきた。体の3倍くらいある鉄球を担いでおり、これを投げつけて敵をぺしゃんこにするらしい。この人は王より向いてる仕事があると俺は思う。


 刺客はイグドラが拘束し、そのまま城の地下へと運んだ。国王と側近、俺とミカとイグドラに囲まれた状態で尋問が始まった。ちなみに、俺の母さんは「夜も遅いし、魔法を使って疲れたわ」と言って別の部屋で就寝した。おやすみ、母さん!


「さあ、刺客。あなたの正体と目的を吐きなさい」


 ミカは催眠魔法ゾムリークを使った。相手が催眠対策の魔法かマジックアイテムを使っていない限りこれで言いなりにできる。どMにはたまらない魔法だ。


「よせ。俺は催眠対策の魔法を体に埋め込んである」

「え?埋め込んでる?」


 さすが刺客だなと俺は思った。情報は絶対に漏らさない。漏らすなら死を選ぶということか。しかし、敵はまったく違うことを言った。


「だが、正直に話そう。実は俺はピノ将軍の配下ではなく将軍自身だ」

「「「……え?なんだって?」」」


 全員が恋愛漫画の主人公みたいに聞き返した。


「俺がピノ将軍なのだ。部下がこんなに強いわけなかろう」

「「「えーーーーー!?」」」


 俺も驚いたが同時に納得もした。こんなに強かったらバルフォア将軍くらいに出世できるだろうと思っていたが、こいつも将軍なら何もおかしくない。だが、なんで将軍が一人で敵を暗殺しに来るんだ?

 同じ質問をイグドラがするとピノ将軍は説明を始めた。


「俺は未来余地の魔法が使えるなんてハッタリを利かせているが、実際には諜報活動で敵地の情報を直接入手しているだけだ。俺自身の得意魔法はさっき使った分身や隠身の魔法でな」

「なぜ貴様自身が末端の仕事をするのだ?」

「私は皇帝や部下を含めて誰も信用していない。自分で見聞きした情報だけを信じる」


 わかったようなわからないような理屈だった。

 俺はちょっと気になることを聞いてみた。


「なあ、なんでそんなにぺらぺらと情報を喋るんだ?秘密を喋るくらいなら死を選ぶとか言わないのか?」

「よい質問だ。俺は皇帝に従ってきたが、勝つ方法がないから嫌々だったのだ。今回の暗殺任務もそうだったが、お前たちを見て方針を変えた。お前たちならひょっとすると皇帝を倒せるかもしれない」

「それ、かっこよく言ってるつもりだろうけど長いものに巻かれるってことでしょう?」


 ミカが意地悪にそう言うとピノ将軍は笑った。


「今さら善人になれるとは思っていない。処刑したいならしてくれ。だが、情報は必要だろう?帝都への侵入方法は特に」

「売国か。気に入らん男だ」


 国王は気分を害したらしい。


「嘘を言って私たちを陥れる気かもしれんぞ」

「帝国人はみな卑劣と思わないでくれ。私も人の子だ。妻と子供もいる。できれば皇帝に退いてほしかった気持ちはそこの大魔法使いと変わらない」

「ふーん……」


 帝国人であるミカは迷惑そうな目をした。

 イグドラが少し考えてから言った。


「とりあえず催眠対策のマジックアイテムを外してもらわねば潔白も証明できない。どこにある?」

「うーむ、イグドラ王女殿下に言っていいのか?聞かないほうがいいと思うが……」

「なんだと?子供扱いするな!」


 イグドラはぷんぷんしているが、国王は少し心配したらしい。


「どこにあるのだ?」

「マジックアイテムは親指くらいの真珠の玉だ。それを体の一部と入れ替えている」

「……なるほど」


 俺も言いたいことはわかったが、イグドラとミカは意味がわからないらしい。


「え?どういうことなの?」

「どこにあるのだ?父……国王陛下はわかるのですか?」

「まあ、なんとなくな……」

「アーサーもわかったの?」

「ああ、なんとなく……」

「どこだ!玉はどこにあるのだ!?」


 イグドラがしきりに場所を聞きたがったが、男たちは「お前が言えよ」の視線を送りあい、その場に気まずーーーーい雰囲気が形成された。

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