第3話J( 'ー`)し「たかし、アーチャーって地味な職業なの?」

「だから駄目だって!」


 俺は3年ぶりに再会した母さんと滅多にしない口喧嘩を始めた。

 魔王を倒さないと二人とも元の世界に帰れないことを母さんに理解してもらったところ、「一刻も早く帰らないと!家の戸締りをしたか心配だし、4日後にはお父さんが出張から帰ってくるの!」と予想の斜め上の理由から母さんは俺を急かした。そしてどうやって魔王を倒すかで俺たちは揉めているのだ。


「絶対についていくわ!もう絶対にたかしから目を離さないから!」


 母さんも譲らない。俺が母さんを王国で保護してもらうと言い出した途端に本人が「たかしについていく」と言い出したのだ。

 冗談ではない。俺はアーサー英雄伝説を作りたいのだ。母親同伴で魔王を倒しにいく勇者がいるか。またバルフォアに会った時に大笑いされる。これから出会う強敵たちを母さんが一撃で倒したら俺の立場はどうなるんだよ。しかし、そんな理由で母さんを説得できるわけもなく、どうしたものかと頭を抱えた。

 しかし、今は母さん以外にも説得すべき相手が二人いた。


「アーサー、なんとなく気持ちはわかるけど、こんなに魔力の高い人を放置する手はないわよ?」

「アーサー、何が嫌なんだ?ご母堂の力を借りよう。この御方がいれば魔王など恐るるに足らずだ」


 ミカとイグドラはようやく畏怖と恐怖が静まったらしく、しきりに母さんをパーティーに入れようと俺に主張してきた。まあ、無理もない。イグドラもミカも国家の将来がかかっており、母親同伴は恥ずかしいなどという俺の理由は「知らんがな」の一言だ。俺が二人の立場でもそう言うだろう。

 しかし、俺はどうにかして母さん英雄伝説を阻止すべく必死に頭を回転させた。できれば俺が魔王を倒すまで母さんの存在を隠しておきたい。どこかの宿に泊まって毎日雑誌のクロスワードパズルでもやっててほしい。ああ、ちなみにこの世界にもクロスワードはある。異世界でオセロやポーカーを流行らせて「地球のゲームすげえ!」みたいなラノベ的展開を狙っていた俺は異世界にも似たような娯楽は腐るほどあると知ってがっかりした。


 そんな俺を見てミカがため息をついた。


「あのね、アーサー。お母さんの存在を誰にも知られたくないんだろうけど、それはもう無理なのよ」

「え?どういうことだ?」

「バルフォア将軍よ。あいつはこの人がアーサーのお母さんだとすでに知ってるわ。今ごろ帝国で言いふらしてるでしょうね」

「ぎゃああああああっ!」


 俺は窓から飛び出して生涯を終えようかと思った。確かにあの毒野郎はあることないことを喋りまくってるに違いない。

 アーサー英雄伝説、ここに完結!前田たかし君の次回作にご期待ください!


「落ち着いて、アーサー。すでにお母さんの存在を知られてる以上は城で保護しても意味がないわ。あなたの精神を揺さぶるために刺客を送り込んで毒殺するなり、昏睡させてあなたを脅迫するなりしてくるはずよ。同行して一緒に戦ってもらう方がずっと安全だと思う」

「な、なるほど……」


 俺は納得せざるを得なかった。

 この世界ではいくら基礎能力が高くても毒を飲ませれば普通に死ぬ。有毒ガスで窒息もする。これを知った時に俺は「おいおい、状態異常を無効化するマジックアイテムはないのかよ?RPGの定番だろ」と思った。もちろんそれは存在するが、この世界の魔法は「2種類以上の魔法をかけると最初の効果が消える」という仕様があるので魔法の重ねがけができない。つまり毒無効化のマジックアイテムをつけていたら石化や麻痺などの魔法を防げなくなるわけだ。ゲームだったら賛否ありそうな仕様だな!

 そんなわけで俗に言う「状態異常魔法」はこの世界で滅茶苦茶恐れられている。バルフォアと戦っている時もミカが隙あらばやつに麻痺や石化の魔法をかけてやろうとしていたし、魔王と戦う時も使う気満々なのだが、ボスキャラに状態異常魔法が効くってなんだかなあ。


「で、でもさ、今から母さんに魔法の修行をさせても習得するのに時間がかかるだろう?俺だって何ヶ月も修行して魔法を覚えたし」

「うーん、そこなのよね。帝国は悠長に待ってくれないだろうし」


 ミカはその問題をずっと考えていたらしい。RPGゲームと違って雑魚を倒せば経験値がどんどん溜まって魔法を覚えるわけではない。俺は精神統一やらイメージ訓練やら魔法の講義やらを3ヶ月近く受けて最初の魔法「リザップ」を覚えた。身体強化の効果がある。


「かといって俺やイグドラみたいに戦士や騎士を目指すのも無理だぞ。母さんは敵を殴ったり剣で斬ったりできるわけない。そうだよね、母さん?」

「もちろん無理よ!暴力なんていけないわ」


 母さんは当然のリアクションをした。よかった。もしも「私が魔王を倒すわ」とか言い出したら俺はこの世界でも引きニートになるところだった。


 その時、イグドラが立ち上がった。


「よし、アーサー!私に考えがある。ちょっと待っててくれ……」


 イグドラはそばに置いていた魔法のバッグを漁り始めた。体積以上の道具を詰め込めるというRPGにありがちなアイテムだが、これも国宝になるくらい貴重な代物で、俺とミカは持っていない。

 長剣、短剣、盾、槍、ガントレット、鞭、ハンマー、その他様々な武器がそこらじゅうに転がり、「これじゃない。これでもない」と彼女はぶつぶつ言っている。○ラえもんが道具を探すシーンみたいだと俺は思った。


「あった!これだ!」


 イグドラが取り出したのは不思議な白光をまとった弓だ。マジックアイテムであることは一目でわかる。


「これは『敵の眉間を撃ち抜け』という名前のついた魔弓だ」

「物騒な名前だな……」

「まあな。使用者の魔力を矢に変えて打ち出すもので、私も何度か使ったのだが魔力がすぐに枯渇するから性に合わなくてやめた」

「ひょっとして……それを俺の母さんに使わせようって考えてるのか?」

「そうだ。ご母堂に弓使いアーチャーをやってもらいたい」


 イグドラはにやりと笑った。


「ご母堂の魔力なら百発連射しても枯渇しないだろう。以前から思っていたのだが、私たち3人が戦うと遠距離から敵を攻撃する手段がほとんどない」

「わ、私がいるじゃないの!」


 ミカが心外だと言わんばかりに抗議した。


「ああ、すまない、ミカ。私の言葉が足らなかったな。遠距離からアーサーを巻き込まずに敵を攻撃する手段がほとんどないのだ」


 それを聞いてミカはしゅんとなった。これは決して彼女の能力うんぬんという話ではないと俺は言っておこう。魔法使いが敵に攻撃魔法を使えば傍にいる味方も巻き込まれる。当たり前のことだ。どっかのゲームみたいに味方だけはダメージを受けないという親切な仕様はこの世界にない。

 実際にやってればわかるが、接近戦になるとこれがものすごく面倒なんだよ!ミカは火球や雷撃で攻撃しようとしたら何よりもまず俺に当たらないよう注意する。そのために威力を下げたり、タイミングを計ってるうちに戦闘終了という事が何度もあった。


「私、アーチェリーなんてやったことないんだけど……というか、矢で人を射るなんて犯罪じゃないの?」

「大丈夫です、アーサーのご母堂!」


イグドラは自信満々に言った。


「この弓は魔力を実体化させたものを放つので、訓練次第でいろんな属性を付与できます。雷を矢の形状にしたり、麻痺や毒のような効果だけを与えて相手を殺さずに捕らえることもできます」

「それも犯罪だと思うけど……でも、早く魔王を倒して元の世界に帰れるなら……」

「え?母さん、本当にアーチャーになる気!?」


 俺は母さんが乗り気になってきたことでやばいと思った。このままでは本当に「勇者、魔法使い、神官騎士、オカン」というパーティーが誕生してしまう。


「弓術自体は私がしっかり教えます!うまくいけば数日以内に習得できるでしょう。アーサーのご母堂、一緒に魔王を倒しましょう!」


 イグドラは教える気満々である。姫でありながら騎士団に所属し、この世界のほとんどの格闘術を習得している彼女なら確かに不足はないだろう。


「じゃあ、魔力変換や属性付与は私が教えるわね!」


 ああっ!ミカも乗り気になってる!


 俺は目の前できゃっきゃと弓の使い方を話し合う3人を前にして窮地に立たされた。どうすればいい?どうすれば母さんのパーティー加入を阻止できる?何か方法は……何か言い訳は……。


 駄目だー!なんにも思いつかない!こうなったら母さんが活躍しないように徹底的に地味な仕事を指示するしかねえ!


 俺は考え方を変えた。どう考えてもあれだけ魔力や基礎能力を持つ母さんを城に待機させておくのは無理がある。そもそも本人にその気がないのだから誰も母さんを閉じ込めることなどできない。本人は気づいていないだろうが、たとえ鉄格子の中に入っても素手で檻をひん曲げたり、壁を破壊して出てこられるだろう。どこかの繫がれざる者ミスター・アンチェインのように。

 それならアーチャーとしてひたすら地味な仕事を与えるしかない。こんなことを言うといろんなゲームや小説の弓使いに怒られそうだが、弓使いはあくまで援護射撃をするだけで主役になりにくいと俺は思う。ロビンフッドみたいな例外もあるが、パーティーに弓使いと戦士がいたら前者が魔王を倒さない限り普通は戦士が英雄として讃えられるはずだ。ほら、弓使いは剣で鍔迫り合いとかできないじゃん?遠くからぴゅんぴゅん矢を射るだけで敵を倒しちゃったら話が映えないだろ?

 アーサー英雄伝説はまだ死んでいないと俺は信じることにした。


「そういえば、ミカ、上位の鑑定魔法を母さんにかけてくれるか?俺は使えないから」

「グレーグカスのこと?ああ、生まれつきのスキルを調べるってことね」

「どういうこと、たかし?」

「ユニークスキルとも言うんだけど、努力しなくても最初から備わってる能力がたまにあるんだ。それを調べてもらう。訓練したら自分でわかるようになるんだけど、母さんにはまだ無理だろう?」


 俺はあえて言わなかったが、転移者の俺はこの世界に来たときに「感情によって能力が変化する」というスキルをロリババアからもらった。母さんも同じように何かもらっている可能性がある。あのロリババアに聞いてもどうせはぐらかされるとわかっているので自分たちで調べるしかない。


「どうすればいいの?」

「念じるとしか言えないよな、ミカ?」

「そうね。訓練しないと習得できないわ」

「そうなの?じゃあ、先に調べてもらえる?」

「わかりました。…………うーん、駄目ね。見えてこない」

「母さん、心の中で抵抗してない?」

「え?私が悪いの?」

「母さんは魔力が高すぎるからなあ」


 俺はかいつまんで母さんに説明した。彼我の魔力差が大きいと相手にかけられた鑑定魔法を拒絶できる。一流の格闘家に子供のパンチが効かないようなものだ。有効にするには相手が「さあ、いいですよ」と受け入れる心構えをしないといけない。


「母さん、ミカの魔法を受け入れるように念じてくれる?」

「そう言われても何をしたらいいか……」

「アーサー、あれは一朝一夕にできるものじゃないから私が徐々に教えていくわ。これだけ魔力のある人に『教える』なんて言い方は失礼だけど」

「そんなことないわ!魔法のことなんて全然わからないからどうかよろしくね、ミカちゃん。イグドラちゃんも弓の使い方をよろしくね」

「はい!」

「任せてください、ご母堂!」

「ちゃん付けって……」


 大魔法使いと第一王女にそれはまずいんじゃないかと俺は思ったが、二人とも気にしてないようだ。

 俺は母さんのスキルがわからないことが割と不安だった。あのロリババアのことだ。これだけ基礎能力が高いならとんでもないスキルも与えてしまったんじゃないだろうか。

 そして同じくらい呪いのほうも気になる。そう。呪いだ。俺は転移者としてスキルと一緒に呪いを与えられている。最初に鑑定してくれた人以外は誰も知らないが、どんな対抗呪文やマジックアイテムでも外せない強力な呪いにかかっているのだ。それはとても他言できないが、非常に情けないし恐ろしい呪いだ。母さんも似たような呪いにかかっているなら早く解明しないとまずいことになる。


 俺たちは前線基地で一夜を明かし、翌日に一度王城へ戻ることになった。

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