第4話J( 'ー`)し「たかし、お城って掃除が大変そうね」

「よくぞ前線基地を取り戻してくれた、イグドラ。そしてアーサーと大魔法使いミカも。心から礼を言う」


 広く真っ白な玉座の間で俺たちは国王の声を聞いていた。前線基地を奪回したと伝令は届いているが、俺達がわざわざ王都に戻って正式な報告をするのは理由がある。この玉座の間は最も盗聴されにくい場所だからだ。窓は一切なく、3重構造の壁と扉は魔法による盗み聞きや使い魔の侵入も許さない。国王は金ぴかな椅子に座って王冠をかぶっているよくある王様のイメージそのままであるが、ただ一つ違うのはこの王様がすごくマッチョであることだ。衣の上からでも大胸筋や上腕二頭筋が盛り上がっているのがわかり、グラップラー○牙に出てくる人みたいな体格である。

 イヒェルト・なんとか・なんとか・ギルミアという長い名前の王様は姫騎士イグドラの父親であり、このおっさんも滅茶苦茶強い。俺とミカを除けば、この国ではナンバー3の実力を持っている。国王は王都防衛のためにこの城から動けないのでナンバー2のイグドラが先陣となってバルフォアを倒すことになった。ちなみに、国王は自分の娘に実力で追い抜かれたことをけっこう気にしているので良い子は触れちゃ駄目だ。

 え?この国のナンバー1は誰かって?実は国王の妻であり、イグドラの母であるロッシェンテ女王だ。今は城を留守にしている。というのも前線基地を奪還する際に陽動として彼女が率いる師団が帝国の別地区に攻勢をかけていたからだ。今は帰路の最中だろう。


「お褒めのお言葉を頂き、恐悦至極に存じます、国王陛下」


 イグドラが公私をわきまえて敬語を父親に使う。こういう言葉遣いが自然にできるのはさすが王族だなと俺はいつも思う。

 国王はこの場で始めてみる顔にちらちらと視線を送った。


「うむ。ところで、そちらの女性は誰なのだ?」

「ご紹介致します。こちらはアーサーのご母堂でございます、国王陛下」

「なんと!アーサーの母親!では、別の世界から飛ばされてきたというのか!?」


 当然、国王は驚いた。俺が異世界転移者であると主張するとこのおっさんもイグドラやミカも「そういうこともあるよね」みたく普通に受け入れてて、俺は「それでいいのか?」と思うが、魔法がある世界ではそんなに不思議な話ではないのだろう。


「はい。彼女も神のお導きでこちらへやってきたようです」

「たかしがお世話になっています、王様!」


 母さんは元気よく言った。俺はこの世界でアーサーなんだって何回も説明したのにさっそくたかしと呼んでるよ!


「たかし?」

「国王陛下、そこはあまり気にしないでください!」


 頼むからスルーしてくれと俺は思った。


「おお、名前の一部なのだな?」

「ま、まあ、そういう感じです……」


 名前が4つもある王様はすんなり受け入れてくれたらしいが、俺は一刻も早くこの話題から離れてほしい。


「この子の名前は前田たかしです、王様」

「マエーダ・タッカーシー?」


 国王には発音が難しいらしい。


「いえ、王様。前田たかしです」

「マエダ・タカーシか?」

「いいえ、前田たかしです」

「マエダ・タカシ……」

「そうです!」

「マエダ・タカシか!わかったぞ!」


 おい、二人ともやめろ。

 俺は本名を連呼されてもう少しでマジギレするところだったが、ぐっと堪える。どこかのラノベの主人公と違って、俺は大人にタメ口を聞いたりしない常識人だ。しかも相手が国王なので言葉遣いを間違ったらたとえ王が許しても歴史と伝統上の理由でガチに処刑せざるをえなくなるとイグドラたちから注意されている。処刑を免れたとしてもふざけた態度をとると側近の誰かが暗殺を企てることもあると。まあ、日本でも皇族にふざけた口を聞いたらどうなるかを想像してみればわかるというものだ。


 「では、アーサー・マエダ・タカシであるのか?それともマエダ・タカシ・アーサーであるのか?」

「いいえ、王様。アーサーはこの子が自分につけた芸名で……」

「母さん!頼むからやめてくれ!国王陛下、この話はまた後日でいいんではないでしょうか!?」

「む?そうだな。では、アーサー……いや、母上に習ってタカシと呼ぶ方がよいか?」

「アーサーでお願いします、国王陛下。俺が死にます」


 えー、という母さんの不満が聞こえた。


「では、アーサーよ。ご母堂はこれからどうするのだ?敵側に人質に取られては一大事だ。こちらで保護しようか?」

「それについてですが……」


 俺は慎重に話を切り出した。


「母は俺達のメンバーとして同行させようと思っています」

「なんと!それはつまり……ご母堂はかなり強いということか?」


さすが国王!察しがいいぜ!


「そこそこです」


 俺は嘘をついた。情報漏えいのリスクを避けるためにミカとイグドラも「俺の母さんTUEEE!」を隠すことに同意してもらっている。父親であり上司である国王に隠し事はまずいとイグドラは言っていたが、俺は「敵を騙すにはまず味方からっていうだろ!」と言って納得させた。


「なんという僥倖か。やはり神は我々の勝利を望んでおられる」


 その神様、幼女の姿してスナック菓子食って漫画読んでますよ、と俺は思った。この世界の宗教観にかかわる問題なので口が避けても言えないが。


「しかしバルフォア将軍に逃げられたのは残念だな。奴から情報を引き出せると思っていたのだが……」

「うっ……」


 国王の無念そうな言葉はグサリと俺の胸に突き刺さった。母さんと芸名がどうこうとしょうもない話をしてる間にうっかり逃げられたことは本当に恥ずかしい。あのことはアーサー英雄伝説には絶対に入れないでおこう。


「国王陛下、謁見の最中に失礼いたします!」


 玉座の間に急いで入ってきた男は言った。王国軍旅団長、フーリンゲンだ。国王兼最高司令官であるイヒェルトの次の次くらいに偉い男である。第一王女のイグドラは師団長なので兵務において部下であるが、公務上は上司という関係で、お互いに「今、私って上司なの?部下なの?」と接し方に苦労する時があるらしい。

 俺たちがバルフォア将軍と戦っている時には外の帝国軍と勇敢に戦っていた人だが、美形で人柄もよく妻子を大事にする男なので、俺は失礼ながら「ゲームだと絶対に死ぬキャラだよなあ」と思っていた。幸い、前線基地の戦いでは死ななかった。よかったね、フーリンゲン!


「捕虜にした帝国兵に催眠魔法をかけ終わりました。その結果、敵の幹部についていくつかわかった事があるので早急にお伝えしようと」

「ここなら盗聴も心配ないだろう。申せ」

「ありがとうございます。では、皆も聞いてくれ。捕虜たちから催眠魔法で聞き出したから偽証はないと思うが、当然、こういった事態を想定して敵兵が誤情報を与えられている可能性もある。その上で聞いてほしいのだが、バルフォア将軍よりも他の三将軍のほうが遥かに恐ろしい魔法が使えるらしい」

「えー!?」


 俺は思わず声が出た。出たよ!奴は四天王の中で最弱とかいう設定!あの前線基地にいたのはバルフォアの部下ばかりだろ。自分の部下に「あいつ、最弱なんだぜ」とか噂されてたのか?可哀想に。まあ、俺としては最初から四将軍の一番強い奴が出てきても困るので良いウォーミングアップになったが。


「バルフォア以外にピノ将軍、ドラクレア将軍、メンフィス将軍がいるのは知っているな?彼らはそれぞれ独自の魔法が使えるらしい。まずピノ将軍は未来を予知する魔法が使えるという話が大勢の兵から出た」

「み、未来予知?」


 うわー、いきなりチート能力だなあと俺は思った。漫画でいえば強すぎて作者が扱い切れなくなり、変な負け方をする能力だ。


「しかし、それなら前線基地への奇襲を予知できたのでは?」


 イグドラの発言に俺もそりゃそうだと思った。未来を予知できるなら奇襲は失敗していたか、奇襲した先にバルフォア将軍はおらず、代わりに時限式の爆裂魔法でも仕掛けていただろう。爆発自体に肉体が耐えられたとしても建物に潰されて酸欠で死ぬ。そしてこの世界には死者を復活させる魔法は一つもない。


「普通ならそう思うところだ。未来予知の魔法など聞いたことがない。ピノ将軍が自分を畏怖させるために張った虚勢だと思うが、やつの部隊は敵の作戦行動の裏をかくことが多いのは事実だ。少し気になる。次に、ドラクレア将軍だが彼女は強い催眠魔法を使うらしい。一般の防御魔法を打ち破る『完全催眠』を使えるという噂だ」

「か、完全催眠?」


 未来予知と同じくらいのチートだ。某漫画のキャラクターが浮かんだ俺だが、ミカとイグドラは心配そうに俺の母さんをちらりと見た。わかっている。母さんが催眠魔法で操作されて俺たちを襲ってきたら一貫の終わりだ。あっ!こういうことを考えること自体がフラグになるからやめておこう!


「最後にメンフィス将軍だが、彼の魔法についてはあまりに現実離れした話だが……」


 彼はそこで言うのを躊躇した。


「時間を操る魔法を使えると」

「時間!?時間を止めるとか1時間前に戻すとか吹っ飛ばすとか加速させて宇宙を一巡させるみたいな?」


 いろんなボスキャラが俺の頭の中に浮かんだ。


「いくらなんでも誤情報だと思うが、帝国の闘技場でやつが試合をした時に時間を操らないと説明のつかない勝ち方があったらしい」

「あっ、その試合は私も見たことあるわ」

「え?」

「なに!?」


 ミカがそう言ったので俺もフーリンゲンも驚いた。


「試合開始直後にメンフィス将軍が一瞬で相手の背後に移動して斬りつけたの。高速移動の魔法か何かだと思ったけど、時間操作ねえ……。そんな事できるのかしら?」

「そんな魔法は存在しない。非論理的だ」


 フーリンゲンは吐き捨てるように言った。俺から見れば魔法自体が非論理的なんだが、そこはつっこまないでおこう。

 時間を操るのが本当ならどうやって勝てばいいんだ?俺も突如として同じ能力に目覚めて形勢逆転する勝ち方しか思い浮かばない。


「どれもこれも本当なら恐ろしい魔法ばかり。さすがは帝国の四将軍といったところだ。しかしこちらには正義と神のご加護がある!そうだな、アーサー?」

「は、はい!」


 国王にいきなり振られて俺は見得を切るしかなかった。

 内心ではけっこうびびってる。未来予知、絶対催眠、時間操作。こうして並べると反則級の魔法ばかりじゃないかよ。こうなるとバルフォアは毒魔法のスキルだけでよく将軍になれたな。あいつはけっこう頑張り屋なのか?それとも、あいつだけ賄賂かコネで昇進したのだろうか?次に会った時に聞いてみよう。


 それから細かな情報共有が行われて玉座の間での報告会はお開きになった。


「困ったわー」

「え?どうしたんだ、母さん?」


 部屋に戻る途中、母さんがつぶやいたので何事かと俺は聞いた。四将軍の話を聞いて母さんも不安になったのだろうか。


「あなたのお父さんが出張から帰ってくるまであと3日しかないの。急いで魔王を倒さないと。間に合うかしら?」


 俺は3日で倒す予定にされている魔王がちょっとだけ可哀想になった。

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