第2話J( 'ー`)し「たかし、PCのパスワードに恥ずかしい単語を使わない方がいいわ」

 幼女神様によって拉致された直後、俺は木漏れ日が差す森の中にいた。

 RPGの序盤で主人公は小さな村や森からスタートすることがよくあるが、まさにあんな森だ。自分が異世界転移してしまった事実は認めたくなかったが、さっそく近づいてきた大きな蛇型モンスターを見れば何かを考える余裕などなかった。俺は泣きながら逃げた。人生でこれ以上ないと断言できる速度で森の中を上ったり下りたりし、1時間ほど色んな魔物から逃げ回って運良く人里を見つけたところで力尽きた。

 村人に救助された俺は言葉が通じないことで難儀した。異世界転移ってなんらかのサービスで言葉は通じるんじゃないのか?ラノベと違って身振り手振りで「食べ物もお金もないんです。助けてください」を彼らに伝え、働くことを条件に村に置いてもらえることになった。

 

 それから半年が経った。そう。半年だ。元の世界でいう180日以上が経過して俺はようやく旅支度を整え、村人から旅人になって最初の村を出たのだ。

 幼女神様は勇者になれと言った。つまりこの世界の魔王を倒せば元の世界に返れるだろうと俺は信じて魔王討伐の旅に出たのだ。ゲーム開始から半年を農作業に費やすとかRPGだったらクソゲーだぞ!

 その間にいくらか言葉を覚えてわかったことだが、この世界にはギルミア王国とランドロ帝国という二大国家が君臨しており、俺がいるのは王国の領内だった。ランドロ帝国はなぜか40年前から魔物を駆使して他の国々を脅迫したり支配するようになった。典型的な悪の国家だ。そこの皇帝こそが魔王と呼ばれている。魔王じゃなくて魔帝じゃないのかみたいなツッコミはあるが、まあ、とにかくこいつを倒せば勇者の仕事を果たしたことになり、元の世界に返れるだろう。


 半年後に俺は近くの町へ行き、魔法や特殊能力に詳しい人に俺の能力を鑑定してもらった。俺はそこそこの魔力と「その時の感情次第で身体能力と魔力が一時的に変化する」というアニメの主人公にありがちな能力を持っていると判明した。

 それから町の義勇軍に入隊して訓練や魔物討伐で技を磨き、一年半後に除隊して本格的な魔王討伐を目指すことにした。町々を旅する間に大魔法使いミカと出会い、その次に姫騎士イグドラと出会う。このあたりはラノベ1冊にして語りたいくらいの冒険があったが割愛しよう。

 そのあとは帝国がついに王国侵攻を開始し、王国軍の前線基地を奪った。そこでイグドラと俺たちは前線基地を奪い返そうと作戦を立て、見事にバルフォア将軍を追い詰めることに成功した。


「―――というわけなんだけど、そこに母さんが現れたんだよ」

「なるほどね」


 母さんは椅子に座って俺の話を聞いていた。

 前線基地は王国の旗を頂上に立てたことで敵の士気が崩壊し、兵士や魔物を召喚していた魔法使いたちは一部が撤退し、一部は捕虜になった。


 俺はこの世界に来てからの3年間を説明しつつ、俺なりに元の世界に帰ろうと努力していたことを強調した。決して帰りたくなかったわけではない。むしろ逆だ。この世界にはインターネットも漫画もアニメもないし、食べ物も俺には合わない。家でネットしながらハンバーガーとかを食べられる世界に戻りたいのだ。元の世界のことなど忘れてしまう変なラノベの主人公とは違う。

 だが、英雄伝説を打ち立てたいという願望も湧かないわけではない。世界を救った勇者として語り継がれるとか男の子だったら一度は夢に見るだろう?

 魔王を倒せば元の世界にも帰れるし、英雄伝説も打ち立てられる。良いことだらけじゃないか!


「ミカさんとイグドラさんがこの人たちね。挨拶が遅れましたけど、はじめまして」


 母さんは椅子に座る俺の仲間たちを見た。


「はじめまして、アーサーのお母さん」

「アーサーのご母堂、ご子息にはいつもお世話になっている」


 イグドラは戦闘モードになっていた甲冑が軽装モードに変わっていた。兜に隠れていた黄金色の髪の毛が露出し、甲冑で押さえられていた大きな胸も堂々と服を押し上げている。この甲冑は変形するときが非常にかっこよく、俺も同じ甲冑が欲しいのだが王国に2つしかない国宝なので無理だと言われた。


「こちらこそ。たかしがお世話になっています。ねえ、たかし。どうして私はこの人たちと言葉が通じるの?」

「ああ、それか」


 異世界もののお約束としてスルーするかと思ったが、母さんは気になったらしい。


「この指輪のおかげだよ。これが翻訳してくれるんだ」


 俺は指輪を見せた。

 この指輪は異国同士でも会話できるように開発されたマジックアイテムで、装備していれば自分や周囲の言語を翻訳してくれる。王国や帝国でも地方でかなり方言があるために開発されたものだが、俺はかなり王国語を覚えた後にこのアイテムを渡されて愕然とした。もっと早くくれよ!できれば最初の村でさあ!


「それで、母さんはどうしてこの世界に来れたんだ?」

「あなたの部屋にあるパソコンで最期に見たサイトを調べたの。そこにアンケートがあって、私も答えてみたの。そしたら画面に変な女の子が現れて……」

「やっぱりそうか!」


 よくもあんな馬鹿みたいに長いアンケートに答えたものだ。俺が言うのもなんだが。


「じゃあ、たかしもあの子に?」

「そうなんだよ」


 あの神様は俺を召喚しておきながらホームページを削除していなかったらしい。これは文句を言わなければならない。


「……ちょっと待ってくれ、母さん」


 俺は3年前の記憶を引っ張り出してある疑問が浮かんだ。


「俺のパソコンはパスワードがかかってなかった?」


 俺はパソコンを使用中にこちらの世界に引きずり込まれた。そのあとはまずスリープモードに移行し、ロックがかかるはずだ。母親が部屋の掃除中にパソコンを見たら軽く死ねるからそういう設定にしていた。


「たかし、それについては謝らないといけないわ」


 母さんの顔に初めて影が差した。


「たかしが部屋からいなくなってから私達は警察に捜索願を出したわ。ビラ配りもしたし、インターネットでホームページも作ったわ」


 そうだった。俺は突然に家族の傍からいなくなったのだ。全てはあのロリババアのせいとはいえ、3年間も行方不明になっていれば母さんはどれだけ心配しただろう。それを考えると胸が痛くなった。


「ユー○ューブで『たかしを探してます』って動画も作ったの。100万再生を突破したけど、たかしは全然見つからなくて……」

「そ、そうなんだ……」


 俺は母さんには申し訳ないが「帰りにくいなあ」と思った。異世界転移者って元の世界に帰る時にどういう言い訳を周囲にしてるんだ?神様や女神様が時間を巻き戻したり、記憶を改ざんしたりいろいろと調整してくれるんだろうか?それとも異世界転移者はどっかのラノベみたいにみんな元の世界に帰らず異世界に定住するのか?もう少し母星に愛着を持てよ。


「それでね、たかしには悪いと思ったけど、やっぱりあのパソコンにヒントがあると思って片っ端からたかしが考えそうなパスワードを打ち込んだの」

「まさか……」

「そう。いろいろと試しているうちに「メガネッコXバニーガールmeganekkoXbunnygirl」を打ち込んだらロックが解除されて……」

「ぎゃああああああああああ!」


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!


 HPがゼロになるのを感じながら俺は床を転げまわった。母親が掃除中にベッド下のエロ本を見つけたみたいな話ではない。なんで20文字近いパスワードを勘で当てられるんだよ。おかしいだろ。これが母親の力なのか。


「アーサー、眼鏡の子が好きなの?」

「バニーガールって……」


 ミカとイグドラの視線が俺に突き刺さる。

 ちなみに、この世界にバニーガールという服は存在しないが、翻訳の指輪はこの世界にない物体もイメージとして伝達してくれる親切な機能があり、バニーガールの画像が二人の脳内に届いているだろう。うーん、殺してくれ!


「ごめんなさい、たかし。あなたのプライバシーを破る気はなかったけど、私はどうしてもあなたを探したかったの。こんなお母さんを許して」

「許す……もちろん許すよ……うおお……」


 俺は母さんを責めるわけにもいかず、ひたすら耐えた。もしも羞恥心に人を殺す力があれば俺は10回くらい死んでいるだろう。パトラッシュ、僕なんだか眠くなっちゃったよ……。


「アーサー、そろそろ聞きたいんだけど、あなたは元の世界でも勇者をしてるって言わなかった?」

「うっ!」


 今までタイミングを見計らっていたミカがついに禁断の質問をした。

 そう。俺は自分の過去について壮大な嘘をぶっこんでしまった。自分は地球という世界の魔王を倒し、王様に領土を与えられて悠々自適な生活を送っていた所をなぜかこちらの世界に転移させられた。そんなアホな設定を自分で作り上げてしまったのだ。

 俺はますます死にたくなった。


「そうだ、アーサー!お前はこの世界の魔王も任せろと言ったではないか!」

「そ、それは……」

「勇者?この子は就職活動中よ。ねえ、たかし?」


 うおおおおおおおお!

 死にたいいいいいいいい!

 俺は全身に汗が吹き出たが、もはや誤魔化しようがない。


「ああ……ちょっと見栄を張っちゃったんだ……」

「ということは無職だったの?」


 ぎゃああああああああ!

 もう少しオブラートに包んでくれよ、ミカ!母さんも就職活動中って柔らかい表現を使っただろ!そう。俺は就職活動中だ。ただ、働く意思が湧くのは1日のほんの一瞬というだけだ。


「無職だけど、ちゃんと家事手伝いをしてくれるわ。そうでしょう、たかし?」

「母さん、そういうフォローはやめてくれ……」

「まあ、いろいろ事情があるみたいね……。深く聞かないでおくわ」

「ありがとう、ミカ!」


 俺は彼女にこれ以上ないほど深く頭を下げた。

 その横にいるイグドラをちらりと見る。


「私は認めない!自分の過去を偽るなど男らしくないぞ、アーサー!」

「ううう……」

「だが……お前がこの世界で戦ってくれているのは事実だ。この世界を救いたいという気持ちに嘘はないのだろう?」

「ない!俺は本当にみんなを助けたくて……」

「なら、それでいい」


 イグドラはそう言って微笑み、俺はひたすら感謝した。さすがは王国の第一王女にして王国軍師団長も務める女だ。胸の谷間も深いが懐も深い!


「ところで、私たちはこれからお前をどう呼べばいいのだ?ご母堂に習ってたかしと呼ぶべきか?」

「やめてくれ。俺が死ぬ」

「あの、アーサーのお母さん。ちょっと魔法でお体を調べていいですか?」

「え?」

「どうした、ミカ?」

「さっきからあなたのお母さんの魔力をすごく肌で感じるの」

「え?母さんから魔力出てるのか?」


 ミカは魔力感知の才能がある。生まれつきのスキルなので俺やイグドラが頑張っても習得できないものだ。さらに、彼女は大魔法使いというだけあって魔法に関して非常に好奇心旺盛で、知らない魔法や強い魔法があるとすぐに調べようとする。


「よくわからないけど、どうぞ」

「グルーグ」


 ミカが能力鑑定の魔法を使った。この魔法はRPGみたいに相手の基礎能力を数値化してくれる。


「ひいいいいいいいいいい!」


 絶叫が部屋に響いた。ミカは震えだし、その場に跪く。


「な、生意気な口を聞いてすみませんでしたあああああ!」

「え?この子、どうしたの?」


 母さんは驚いてるが、俺にも意味がわからない。何が起きてるんだ?なぜこの世界で一級の魔法使いが土下座してるんだ?ミカは俺の魔力を計った時でもこんな反応はしなかったぞ。

 俺はすごく嫌な予感がした。


「アーサーのご母堂、ちょっと失礼する」


 イグドラも魔力鑑定をかけた。


「うわああああああああああ!」


 イグドラはミカと違って回れ右をし、壁の端まで逃げ出したではないか。戦闘ではミカと同じくらいに強い神官騎士がこれだ。


「母さん、俺もちょっと調べるよ……」


 頼むから何かの勘違いであってくれと俺は祈った。

 ちなみに、俺の状態はこんな感じだ。


体力 200

魔力 200

耐久力 60

素早さ 100

命中率 40

運 70


 3年間の修行により、この世界ではトップレベルの数値だ。特に魔力200はイグドラと同等で、俺の感情が高ぶれば1.5倍くらいまで高まるのだ。

 ここで言っておくが俺はチート能力主人公ではない。俺が魔力を最大にした300という数値はミカと同等なのだ。それでもミカも俺も大勢相手に無双できるわけではない。どこかのラノベの主人公みたく何百人もの敵を一瞬で倒せるわけではないのだ。


 俺は母さんにグルーグの呪文をかけた。


体力 4000

魔力 4000

耐久力 330

素早さ 280

命中率 390

運 300


「あああああああ!違うゲームから来たキャラみたいになってる!」

「え?どういうことなの、たかし?」


 やばい。やばすぎる。これでは魔王もワンパンでKOされるかもしれない。こんな人間がいたら俺の英雄伝説が崩壊する。「アーサー伝説」が「アーサーのお母さん伝説」になってしまう。ゲーム化されて大ヒットしたら「アーサーのお母さん伝説2」みたいな続編が出るのだろうか。


「ちょ、ちょっとそこで待っててくれ、母さん!」


 俺は部屋から飛び出し、誰もいない場所へ移動すると一つの下位魔法を使った。


「オラクル」


 この魔法はこの世界では「迷った時に簡単な助言を与えてくれる」というものだ。道に迷って右か左どちらに進もうか迷った時にオラクルを使うと「右」とか言ってくれるわけだが、その正解率は50%。つまり何の役にも立たない。それでもこの世界では神の助言とみなされてよく使われている。

 俺にも習得可能な魔法だったのでついでに習得してみたところ、転移者の俺だけにはオラクルは特別な効果があるとわかった。


「ふぁい、もひもひ」


 口に何かを頬張ったまま喋る幼い子供の声が聞こえた。


「俺だ。ロリババア」

「オレオレ詐欺じゃな?お金なら持っておらぬ」


 スナック菓子か何かをボリボリと食べる声の主は俺をこの世界に飛ばしたあの幼女神様だ。俺に限ってはオラクルはこのロリババアと通信できる設定になっていたのだ。まさに神の助言ではあるが、それがわかった時は元の世界に帰せと1時間近く言い続け、しばらく着信拒否にされた。


「なんで俺の母さんがこっちにいるんだよ?そしてなんで母さんの基礎能力が恐ろしいことになってるんだよ?」

「んー?ああ、そのことか。思い出したのじゃ。たかしよ、お主の母親もアンケートに答えたから転移させたぞよ。もうそっちに着いた頃じゃろう」

「だからそう言ってるんだよ!どうしてこうなった!?」


 俺はこの幼女神様と話すたびに怒っている気がする。


「アンケートに答えたら転移させる設定だったのじゃ。仕方なかろう」

「アンケートなくせよ!」

「そうじゃな。あとでやっておくのじゃ」

「で、あの基礎能力は何だ?」

「たまたまじゃ。アンケートの情報を元に転移者の強さと能力を決めるからのう。お主の母親は類まれな英雄の才能があったということじゃな」

「今から変えられないか?」

「無茶を言うでない。神様じゃあるまいし」

「神様だろ!……おい、俺が魔王を倒したら母さんも一緒に帰れるんだよな?」


すさまじく重要なことなので俺は確認した。


「安心するがよい。魔王を倒したらお主らに用はない。さっさと出て行ってもらうのじゃ」

「自分が呼んだくせに!ところで、母さんがあんなに強かったら魔王もワンパンでやられるんじゃないか?魔王ってどのくらいの強さなんだ?」

「それを言ってしまうと……」

「ネタバレになるんだよな!ああ、わかったよ!」


 俺は腹を立てたままオラクルを終了した。

 この幼女神様はいつも重要なことは一つも教えてくれない。たまに魔王の能力や必勝法を漏らさないかと試したが、必ずはぐらかされる。代わりに、俺の世界でずっと休載していた大人気漫画が連載を再開したとかどうでもいい情報を教えてくれる。

 こいつは本当に神様なのだろうか。ひょっとすると邪神か悪魔の類ではないだろうか。

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