第1話J( 'ー`)し「私が来た!」
「うおおおおおっ!」
俺はバルフォア将軍に上段から斬りかかる。将軍は盾で受け止めるが、体が10センチほど沈んで足元がひび割れた。
俺たちが戦っている場所は悪しきランドロ帝国が使用する前線基地だ。
塔の周囲では俺たちが所属するギルミア王国兵の剣戟が鳴り響き、帝国の魔法使いが召喚した魔物の咆哮も聞こえた。この男を含めた4人の将軍は帝国の四天王的なポジションにいるのだが、バルフォアはその名声に偽りはなく、なかなか強い。しかし、勝てる!俺なら勝てる!
「ぐおおおおっ!!貴様、どうやってこんな力を得た!?」
途中まで余裕をぶっこいてたバルフォアは俺の実力を知って動揺していた。兜の隙間から見える目は驚きで丸くなっている。
いいぞ。すごく勇者っぽいことをしていると俺は思う。
この世界に連れてこられたときは半泣き状態だったが、俺はすでにこの世界の魔王の側近、バルフォア将軍を凌駕するまで成長したのだ。
「どうやって力を得てるかって?仲間が俺に力を与えてくれるのさ!」
俺は機会があればいつか使ってみたいと思っていたセリフを言った。
「そうよ!アーサーには私たちがついてる!」
後方から支援する大魔法使いミカが言った。蒼色のローブをまとい、黄金色の杖を構える姿は勇ましいが、その顔はとても幼い。この世界の成人年齢である18歳にも達していない女の子だが、まぎれもなく世界一の魔法使いだ。俺が旅の途中で知り合った帝国出身の女の子であり、祖国を牛耳る魔王を倒すべく俺の仲間になったのだ。
「やれ!アーサー!」
バルフォアの毒攻撃を受けて治療中の神官騎士、イグドラが叫んだ。ギルミア王国第一王女にして王国軍師団長を務める彼女が俺を庇わなければバルフォア将軍の毒で俺がやられていただろう。
この将軍はけっこう強いうえに自分の攻撃に魔法の毒効果を付与できるという厄介な能力を持っている。毒って弱い生物が自分を守るために持つものだろう?強い上に毒を持つとか卑怯じゃないか。
「バルフォア!これで終わりにしてやる!」
俺は力を全開にして剣を押し込み、相手の盾にひび割れができた。
俺の勝利は目の前だ。俺も仲間たちも、いや、バルフォアさえもそう思っただろう。
しかし、邪魔者はとんでもない台詞と共に現れた。
「たかし、何やってるの……?」
「……はえ?」
聞き覚えのある声に俺はマヌケな声が出てしまった。
そして自分の本名を呼ばれたことで振り返り、自分たちが入ってきた大きな門の前に立つ人物を見た。
そんな馬鹿な。ありえない。あってはならない。
しかし、その顔を見て反射的に叫んでしまった。
「母さん!?」
「え?アーサーのお母さん?」
「アーサーのご母堂だと?」
仲間たちが驚いたが、俺の驚きはその比じゃない。なんでこの世界に俺の母親が来てるんだ。しかもさっきまで家で家事してましたみたいな格好で。
「たかし!ずっと探していたの!ここはどこ?いったい何をしてるの!?」
「いや、何してるって……」
母さんは俺が何をしているかわからないようだ。そりゃあ自分の息子がファンタジーゲームの主人公みたいに鎧を着けて戦っていれば混乱するだろうが、こっちも混乱の極みだった。
「か、母さん、これは……」
俺は将軍をじりじりと押しながらもなんと言えばいいかわからない。
「母親か?貴様、母親連れで俺を倒しに来たのか?戦を馬鹿にするにも程があるぞ!」
「ちげえよ!!」
俺はバルフォアに中段蹴りを放って思い切り壁に叩きつけた。恥ずかしさと怒りで攻撃力が倍増したのだ。
「た、たかし!なんてことをするの!人を蹴るなんて!」
「違うよ!こいつは帝国の将軍なんだ!悪者なんだよ!」
母さんは息子が近所の子と喧嘩をしたかのように怒る。しかし、こっちは毒攻撃で殺されかけたのだ。俺は壁に半ば埋もれたバルフォアを指す。
「こいつはめちゃくちゃ悪い奴なんだよ!」
「だったら警察を呼べばいいじゃない!」
「そうじゃないんだよおおおおおおお!」
俺は叫んだ。これは世界の命運をかけた戦いで、俺は勇者で、警察うんぬんという話ではないのだ。
「アーサー、この人はお前の母親なのか?」
ユグドラが恐る恐る訊いた。ようやく毒が治療できたらしい。
「アーサー?アーサーって何?」
その名前を母さんが疑問に思ったらしい。
「この子はたかしよ。前田たかし。私の息子よ」
「ちょ!母さん!」
「たかしって誰?あなたの本名なの?」
「お前、アーサーじゃなかったのか?」
ミカとイグドラが不思議そうな目で俺を見る。穴があったら入りたいとはまさに今だ。
「母さん!色々と聞きたいことはあるだろうけど、今はそこに触れないでくれ!今の俺はアーサーってことにしてくれ!」
「アーサーって何なの?イギリスのアーサー王物語じゃあるまいし……」
「ああ、そこから名前をとったよ!悪いのかよ!」
俺は逆切れ気味に言った。汗が出てきて、顔が熱い。鏡を見ないとわからないが、たぶん真っ赤になってるはずだ。
「アーサーが悪いとは言わないけど、あなたは完全に日本人でしょう?イギリスと何の関係もないのに……」
「いや、それは……」
西洋っぽい人々のいる世界だから俺も西洋っぽい名前をつけた。それだけだ。シーザーとかアレキサンダーも名前の候補にあった。そんな恥ずかしい理由をミカとイグドラの前で喋れというのか、母さん?
「百歩譲って英雄を名乗るとしても日本にヤマトタケルとかスサノオノミコトとかいるのに……。そういう名前じゃ駄目なの?あっ!髪の毛がちょっと茶髪になってる!?これはどうしたの?」
母さんは俺の兜からはみ出た髪を見てやっと気づいたらしい。そう。おれは髪を茶色に染めているのだ。
「魔法で色を変えたんだよ……」
この世界にはそういう面白い魔法がある。染めるだけでなく、髪を切ったり、伸ばしたりする魔法もあるのだ。魔法を使える美容師に頼み、月1で髪を染め直してもらっている。
「どうしてそんなことしたの?」
不良になった子を叱るように母さんは言った。
「黒髪だと……っぽくないから」
「え?」
「黒髪だとアーサーっぽくないからだよ!」
恥ずかしい。死にたい。自分のキャラメイキングについて親と仲間の前で説明するなどどんな拷問だ。俺はこれ以上ないと思っていた恥ずかしさが限界を突破してゆくのを感じた。
「髪の毛が痛まないの?いくら若いといっても頭皮も大事にしないと」
「大丈夫だよ。この世界じゃ誰でもやってるし、体に悪影響が出た人はいないから。俺たちの世界よりずっと体に優しいはずだよ」
「そういうものなの?本当に大丈夫かしら?うちの家系に禿はいないけど……」
母さんは疑り深く、学校の頭髪検査のように俺の頭をチェックした。
「それで、どうしてアーサーなんて名乗ってるの?」
くそ、どうしてもアーサーの話題から離れない気か。
俺は恥ずかしさをこらえて説明を始めた。
「勇者の名前が『たかし』だとあまりかっこよくないから……」
この世界から帰るためには魔王を倒さなければならない。しかし、魔王を倒せばおそらくこの世界で伝説の勇者として歴史に名が残るはずで、その勇者の名前が「たかし」ではかっこよくないだろう?日本全国のたかし君を敵に回しそうだが、俺はそう思う。だから「たかし」という本名を隠してアーサーを名乗ることにしたのだ。
「かっこよくない?どうして?たかしは素敵な名前でしょう?」
「いや、でもさ……」
両親がつけてくれた名前にケチをつけるのも気が引ける。どうしようかと思っているとピカーンと頭に電球が灯った。
「母さん!ほら、芸能人を考えてみろよ!あの人たちだって芸名で活動してるだろ!」
「芸名?」
「そうだよ。俺はこの世界で魔王を倒さないと帰れないんだ。だから勇者アーサーって芸名を名乗ることにしたんだ」
頼むからこれで納得してくれと俺は祈った。
「芸名……ああ、そういうことね!」
母さんは手のひらをパンと合わせた。よし、納得してくれた。俺はひとまず難関を乗り越えたと思った。
「そういえばたかしはいつだったか有名人になってテレビに出たいって言ってたじゃない?広告の裏にサインの練習たくさんしてたわねー。よく覚えてるわ」
「ちょ!その話はやめてくれえええ!」
俺は黒歴史を話されて悶絶した。
「広告の裏に?」
「サインの練習?」
ミカとユグドラの不思議そうな声が後ろから聞こえてきた。死ぬ。まじで死ぬ。
「母さんね、実はあなたの履歴書を作ってジャ〇ーズ事務所に送ったことがあるの」
「はああああああ!?」
とんでもない場所でとんでもない事実が明らかになった。アイドルにありがちな話をどうして俺の母親が実行してるんだ。事務所はこんな冴えない顔した奴が履歴書を送ってきて大笑いしながらシュレッダーにかけたに違いない。
「だってアイドルはみんな親や兄弟が勝手に履歴書を作って送っちゃったって言うでしょ?だから私も送ったんだけど……残念ながら採用されなかったわ。どうしてかしら?」
「この上なく妥当な判断だよ!」
自分で言ってて悲しくなるが俺は言ってしまった。
「サインを練習してた広告はちゃんと残してあるわよ。いつかたかしが芸能人になったときに取材が来るだろうからその時に見せようと思って……」
「一刻も早く帰って焼き払ってくれ!」
俺は母さんの両肩をつかんで懇願した。
その時、わさっわさっという羽ばたき音が空から聞こえてきた。続いて太い声の豪笑も。
「ふははははは!」
「見て、バルフォアが!」
ミカが指差す先には飛竜に乗ったバルフォアがいた。
「アーサーよ!この基地はお前にくれてやろう!」
よかった!たかしではなくアーサーと呼んでくれてる!
俺はそこに安堵してしまった。
「逃げる気か、バルフォア!」
「馬鹿め!敵を目の前にして悠長に会話しているからだ!」
「クソ!正論すぎて何も言い返せねえ!」
俺たちは母さんとの会話に夢中になってしまい、壁にめり込んだバルフォアのことをすっかり忘れていた。俺たちが話してる隙にこそこそと逃げたのだろう。
「また会うぞ、アーサー!次は父親も同伴して戦ってみるか!ふははは!」
「クソがああああ!」
俺は近くにあった瓦礫を投げつけるという勇者らしからぬ方法で将軍を乗せた飛竜を撃ち落そうとする。動物園の猿みたいでかっこ悪いが、俺は火球を打ち出すみたいな攻撃魔法は適性がなくて覚えられなかった。
ミカはその火球を放ってくれたが、どちらも飛竜が遠すぎて当たらない。
バルフォア将軍は笑いながら帝都へ飛んでいき、俺たちは眺めていることしかできなかった。
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