異世界勇者アーサーを見た母「たかし、何やってるの?」
M.M.M
序章:おぬしが勇者なのじゃ!
暗い部屋でパソコンの画面だけが白く輝いていた。
夜も遅いが昼夜逆転の生活を送る俺にとっては真昼に等しい。
カチャカチャとキーボードで文字を打ち込み続けて2時間近く経つ。
「やっと終わった……」
俺は達成感から両腕を天井に向けて体を伸ばし、つい独り言が出た。
仕方ないだろう。ネットで見つけたアンケートで300項目の質問に答えたのだから。
多すぎーーーー!
ネットサーフィンをしていて偶然見つけたそのサイトでは奇妙なアンケートをやっていた。タイトルは「異世界で勇者になりたいですか?」
異世界転移あるいは転生。
ラノベやアニメでよく見るジャンルだ。
それについて「あの作品はクソだわ」とかネット上の掲示板で話すことも多い。
わかってる。こんなアンケートに答えるなど馬鹿げている。
しかし、俺は馬鹿であり、とても暇だった。
時間だけは持て余しているのでこの変な企画に付き合ってしまったのだ。
質問の内容はまず名前、年齢、身長、体重。
どんな職業に就きたいですか。
能力はどんなものがほしいですか。
仲間は何人くらいほしいですか?
魔王を倒す自信はありますか?
その他いろいろ。
最後には似たような質問が3つあった。
298「本当に異世界に行きたいですか?」
299「本当の本当に異世界に行きたいですか?」
300「最後に聞きますが、本当に異世界に行きたいんですね?」
くどいよ!
送信のボタンをクリックすると画面に「処理中」の文字が出た。
いったい何が出てくるのだろう。
10秒ほど待つと画面が切り替わった。
「ぱんぱかぱーん!おめでとうなのじゃ!」
イヤホンからは高い声が聞こえ、画面に白い髪の幼女が現れた。
西洋とも東洋ともいえない服装をしている。
なのじゃ、などと語尾につけるあたりロリババアという設定なのだろうか。
「このサイトを作って1年とちょっと!やっとアンケートに答えてくれる人が出てくれたのじゃ!」
幼女は喜んでいるようだ。
「感謝するぞ、前田たかし。さあ、お主を異世界に飛ばしてやろう」
「……え?」
このロリババア、俺の名前を呼んだぞ。
名前を記入したから音声ソフトを使えばこういうことも可能だろう。
だが、なんというか、すごく感情のこもった言い方だった。
「ぶっちゃけると、お主は勇者として理想的とは言いがたいのじゃが他の回答者が来るとも思えぬし、今から転移させてやるのじゃ」
部屋にパソコンの明かりとは別の光が現れた。
発生源は……俺?
俺がゲームのエフェクトみたいに光ってる!
「え?なんだこれ?」
光の粒子みたいなものも空中に舞っている。
俺が異世界に?本当に?あのアンケートに答えたせいで?
異世界に行くにはトラックに轢かれるのがお決まりじゃなかったか?
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん?どうしたかの?」
画面の幼女と意思疎通ができたことに俺は驚くよりも安堵を感じた。
一方的に異世界とやらに飛ばされるなど冗談じゃない。
「お前は、えーと、神様みたいなやつなのか?」
「そうなのじゃ。我輩は神である。名前はまだない」
「夏目漱石はいいよ。それより、俺は異世界に行くのか?」
「そうじゃ」
「そうじゃ、じゃねえ!今すぐ転移するとか聞いてないぞ!やめてくれ!」
「だってアンケートに『異世界に行きたい』と答えたじゃろう?3回も念を押したのじゃ」
「そりゃそうだけど……!」
確かに3回も行きたいと答えた。言い逃れができない。
何の希望もないこの現実から逃れたいと思った。しかし、半分は冗談である。
俺は社会の最底辺ジョブ「引きニート」に就いているけど、最低限の社会保障制度がある現代日本に生まれただけで勝ち組なのだ。この世界を捨てて未知の異世界に飛び込むギャンブルなど誰がするか。せめて行き先がどういう世界で俺はどういう状態になるのかを説明してなければ了承できない。
「おい!異世界ってどんな所だ!?」
「それは秘密なのじゃ」
「じゃあ、断る!」
「もう手続きは完了してしまったのじゃ」
「キャンセル!キャンセルするから!」
クーリングオフみたいな制度はないのか。
俺があせる間にも体から放たれる光は増えてゆく。
おそらくもう時間がない。
「な、なあ!俺って転生するのか?赤ん坊からスタートするのか?」
転移か転生か。
異世界の情報が得られないならせめて自分の状況だけでも聞いておく必要があった。
「いや、転移なのじゃ。今の状態からスタートじゃ」
「そっちのパターンか……。もう一つ聞くけど、俺はすごいスキルとか貰えてラノベみたいに俺TUEEEができるのか?」
「いや、俺TUEEEはさせぬ。そんな美味しい話はないのじゃ」
幼女神様は俺の淡い期待を打ち砕いた。
「チート能力など与えたらロクなことにならぬ。じゃが、安心せよ。そこそこのスキルは与えてやるのじゃ。努力すればそこそこの勇者になれるかもしれぬ」
「そこそこなんていやだ!」
「あと、転移者には特有の呪いもかかるのじゃ」
「は!?呪い?呪いってなんだよ?」
「詳しいことは言えぬ。全部喋ってはあれじゃ。ネタバレになってしまうじゃろ?」
画面の幼女がけらけらと笑った。
チートやネタバレなんて用語を神様が知ってるとは。
「い、行きたくない……」
「安心せよ。この世界と同じ空気はあるし、水や食べ物も必死になれば手に入る。頑張るのじゃぞ」
「必死になればとか言うな!やっぱり行きたくないよおおおお!」
「やっと転移の準備が完了したようじゃな。前田たかしよ。冒険の始まりじゃ」
「いやだあああああ!」
俺は部屋から逃げようとしたが、ドアは開かなかった。
嫌だ。怖い。行きたくない。
仮に拒否できないとしても2、3日くらい準備期間をくれ。
部屋の掃除をしたり、ネットの履歴を消すとか色々やることがあるんだ。
そう言う前に俺の視界は白い光で満ち、意識も遠くなっていった。
ああ、そうだ。最後にせめて母さ――――――
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