第5話 中学時代の彼氏はギクッ

 ブラックホール…それは重力崩壊した極大な天体。高密度な重力を持ち、光さえ脱出不能といわれている。

 そんなブラックホールが連鎖的に太陽系に侵食してきて、地球がなんたら…という危険な状態に陥っている、らしい。ハゲ頭の宮なんとか博士の見解では。

 そこにロケットで近づいて、破壊ミサイルを撃ち込み、崩壊させる。

 その危険なミッションに選ばれたのがこのオレ・ヒデオ。


「成功すれば君は地球を救ったヒーローとして全人類が賞賛するだろう!」

 そんな誘い文句に乗せられて、オレはいよいよ宇宙へ飛び立つわけだが。


 ロケット発射の5分前になっても、俺はまだ控え室にいた。


 そもそも、計画の理論そのものが理解しがたい。

 光速でさえ吸い込まれる天体にミサイルを撃つ、ってどうゆうこと?それが爆発するとブラックホールにダメージがあるの?そうすると地球への影響力がどうなるの?


 だいたい、本当に人類が滅亡するほどの危機なら、記者会見に100人くらいしか集まらないなんてことはないし、成功を見守る以前に、各地で暴動が起こると思うんだが、街はいたって平穏だ。ハゲ頭の博士がロケットを打ち上げて、それに誰かが乗ってるらしい、くらいの話題でしかない。


 オレはほんとにヒーローになれるのか?

 無意味に危険にさらされるだけなんじゃないのか?


 そんな思いもあり、ロケット搭乗をためらっている…そんな側面もなくはない。ごく、微小は。


 しかし、オレがロケットに乗りこまない理由は、他にある。

 控え室までオレを見送りにきた親友・ノブハル。

 オレはコイツにどうしても聞いておかなきゃいけないことがある。ちゃんと聞くまで宇宙になんて行けないのだ。


「な、なんだよヒデオ。そんなに睨むなよ。ほら!もう時間ないだろ!行ってこいよ宇宙!」

「オマエに聞いときたいことあるんだが。」

「わかった!帰ってきたら聞こう!な!」

「それじゃ遅いんだ」

「そんなことあるもんか!帰ってこれたら真っ先に聞きに行くって!」

「これたら、って何だ!これたらって!オマエ帰ってこないと思ってんだろ!」

「おいおい、誤解だよそんな…」

「帰ってこなかったらひかると二人で何するつもりなんだオマエ!」

「ぎくっ」


「ギャフン」と並んで、実際にはめったに聞かない二大台詞「ぎくっ」が口をついて出たノブハル。

「オマエ、中学の時、ひかると付き合ってただろう?」

「な、なんでわかるんだ?」


 これまた「ここだけは探すな」と並ぶ間抜けな二大台詞だなオイ。なんでかって?わかるんだよ、オマエの「ひかるんるん」って呼び方でな…。でもって、ここからがいよいよ本題だ。オレ自身思い出したくもない過去だっただけに、記憶の隅に追いやられてた事実だが。


 ビビービビービビー!!


 このインターフォンの呼び出し音には感情でもあるんだろうか?より一層けたたましく鳴り響いている。


「司令室から、だな?俺出ようか?」

「出たいなら出ろよ。そんでもってもうヒデオは宇宙に行くのやめたって言えよ」

「や、やめた?」

 事実、やめたかどうかではなく、ロケット発射5分前だ。もうこの計画は実行不可能だろう。パイロット控え室から打ち上げまで5分なんて、コンビニでトイレ借りる時の方が時間かかるぞ。どうせきっとろくでもない計画だ。もしこれで地球が消滅するならその方がせいせいする。


「お前、世界を救うヒーローになるんじゃなかったのか」

「あぁ、もちろんそのつもりだったさ。だが、気が変わった。…思い出したんだ」

「思い出した?何を?」

「ひかるが酔ったとき、一度だけ話したことがあった。俺も酔ってて聞き流したが、今ハッキリと思い出した」

「ひかるんるんが?」

 そこでノブハルは慌てて口を手で塞いだ。そう、その呼び方で思い出したんだ。


「ひかるはこう言ってた…中学の時、自分を『ひかるんるん』って呼ぶ男と付き合って、すぐ別れた。で、そいつがポロっと漏らしたそうだ。

 …小学生のころ、隣のロッカーに間違えて菓子パンを入れっぱなしにして、夏休み明けにカビカビになってた、かわいそうにその隣のやつは卒業まで『カビパン』ってアダ名で呼ばれてたんだ、と…」


 ノブハルは黙っていた。

 顔には「バレたかー」と書いてあるみたいだ。


 ビ


 オレは受話器をとった。


 感覚が研ぎ澄まされているのだろうか。

「鳴るな」と思った瞬間、反応していた。


『司令室だ!おい、一体何をやって…』

「悪いな。もうオレは飛ばん」

『と、飛ばない?なんでまたそんな』

「こっちにもいろいろあってな…そんな大事な計画なら誰でもいいから飛ばせよ」

『何言ってんだ!お前ヒーローになるんだろ⁉︎』

「そうだ」

『だったら飛んで!ヒーロー!』

「ヒーローになるために、今ここでハッキリさせておきたいことがあるんだ。晒し者になるのはもうごめんだ」


 ガチャリ。


 静かに受話器を置いた。

 受話器を置く瞬間、『じゃあもう誰でもいいや、さっさと乗れ』と言っているのが聞こえた。


 誰でもよかったんかい。


 さて、こっちの方は誰でもよかったじゃあすまない。


 ノブハル。


 地球が消滅する前にゆっくり聞こうじゃないか。どうしてオレを騙していたのか…!



 次回最終回、ノブハルの計画が明らかに! つづく。

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