第2話 親友の贈り物はさちゅうをまきっつ
ビビー、ビビー。
ロケット発射30分前を知らせるタイマーが鳴った。
「少しでも緊張をほぐしてやろうと思って」オレのいるパイロット専用控え室を訪ねて来たんだ、とノブハルは言った、
小学校時代からの同級生で、パイロット学校も同期で卒業したオレの一番の親友だ。なにより、その気持ちがありがたい。俺の置かれた立場は決して楽観できるものではないのだ。
「あのハゲ頭の博士、本当に信用できるのか?『気がないヤツには毛をつけろ』ってよく言うもんな」
それを言うなら『毛がないヤツには気をつけろ』だな。だとしてもよく言うもんでもないが。
「ブラックホールまでロケットで近づいてミサイルを撃ち込む、か。例えるならTSUTAYAでDVD10本で500円だからって一泊で借りるみたいなもんだぜ」
「つまり、無謀だってことか?」
確かに命の保証もない危険なミッションだ。面白い例えだ。
「ちがうちがう。それくらいドキドキするって意味」
…比じゃないわ。
「あ、でもこう考えると気が楽か。地球に帰ってこれないなら返さなくてもいいなーって」
「返すわ!」
ちがった、「帰るわ!」が正しかったか。コイツといるといつもこんな調子だ。フッと心が緩む。
「おっと、コレを渡すために来たんだった」
ポケットから差し出したソレは、どうやらお守りのようだった。
「宇宙へ貼って行ってくれ」
「すまんな。くじけそうになったらコレを見てがんばるよ」
ノブハルが壁にかけられた宇宙服を手にとる。その横には時計がかかっていて、ロケット発射まであと28分だ。
「ここに貼っとくな」
『ちきゅうをまもって』とひらがなで書かれたシールをヘルメットの真ん前に貼るノブハル。
あ。
「ダメダメダメ!そこ貼ったら前見えない!」
貼るとこ考えろよ、オマエもパイロットだろ。くじけそうにならなくてもソレしか見えないとこに貼るな。ノブハルは笑っている。何が可笑しいのか。
「ははは、見てみろよ。貼ったシール裏からみると『さちゅうをまきっつ』って読んじゃいそうで笑えるな!」
「笑えんわ!」
ホントはちょっと笑えるけど。何度か口に出すとクセになる。でも今はそんな気分じゃないし!
「カリカリすんなよ。まだ時間あるだろ?着替えながらしりとりでもやろうぜ。」
コイツとしりとり、といえば、例のやつだな。お互い宇宙飛行士を目指していたガキの頃から何度もやった『宇宙しりとり』だ。宇宙にまつわる言葉だけでしりとりを続けるルール。興奮しながら遊んだなぁ、今では2人とも夢を叶えて宇宙飛行士だ。
「じゃあ俺からいくなヒデオ。んー、『宇宙』…はい、『う』」
ベタなやつからきたな。コレ『う』で回すとキリがなくなるパターンだ。『宇宙』つけると終わりがないからな、『宇宙旅行』とか『宇宙ホウレンソウ』とか。
「じゃあ、『宇宙望遠鏡』…はい、『う』ね」
「『打ち上げ失敗』」
ん?あ、変化球できたのね。『い』か。
「えっと、『隕石』、『き』な」
「『緊急自体発生』」
なんだよ、『い』攻めか?腕を上げたなノブハル。
「『イトカワ』…どうだ」
「『惑星爆発』」
「『つ』?…『月の石』…」
「『し』かぁ、『し』ねぇ、『し』…『し』…『死』?『死』ねぇ…」
「ちょっと待て!なんかやだこの流れ!オレ今から飛ぶんだよ⁉︎」
ビビー、ビビー。
「あと25分だ。ノブハルやめようコレ。なんか不安になってきた」
「おいヒデオ、それは良くない。後ろ向きな考えは良くないよ。そうだ、俺最近気に入った本があってな、ちょっと読んでやるから聞けよ」
いや、時間ないんだが。
ま、でも着替えも終わったし、聞いて心落ち着かせようかな。
「えーと、『おばあちゃんとボク』…『ボクはおばあちゃんがだいすきでした。ずっとずっとおばあちゃんといっしょにいたいとおもっていました。でも、あるひのことです。おばあちゃんがあさごはんになってもへやからでてこないのです。ボクはへやをのぞいてみました…』、あ!」
「え?なに?」
「違った違った。本、間違えた。」慌ててバッグをかき回す。
「あった、コッチだ、ハッピーエンドのヤツ、ね!」
待て待て待て。おばあちゃんどうなった⁉︎…バッドエンド⁉︎
「えー、改めて読みまーす。『巨大怪獣ゴアラ』」
「ゴアラ?全然違うじゃねーか!それがオススメの本なのか?」
「まあまあヒデオ!…落ち着けって」
「その本のせいだわ!」
いかんいかん。落ち着かねば。
ロケット発射まであと21分…。
つづく
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