退職後編9話:リーマンショックとバリ旅行

 2007年を迎え、久しぶりに高専時代の同窓会が東京で開かれるとの

知らせがあり出席した。仲間は、まだ現役で仕事の話をしている人ばかりで、

なかなか話題の中に入れず、ただ聞いているのみだった。

 そして同じ年にもかかわらず若くて血色の良いグループと北島みたいに

病気をしたり、ただ老けた感じのグループと別れた気がした。

 更に現在体調悪くしてるのが1人で既に死亡したのが3名いることがわかった。

 若くして亡くなった仲間は全て癌と事故によるものだった。2007年も株価は

低迷を続け、手を出す状況になかった。そして翌年2007年9月15五日に

 米国でリーマンショックが起きたのだ。サブプライムローンで欧州では

大手銀行での不良債権の問題が表面化し大騒ぎだ。株も急落していた。

 そろそろ底を迎えるかも知れないと北島は考えていた。そして以前の不思議な

経験が思い出されて亡き北野君のメールアドレスを開いた。 

 そこには硝子、リースと書いてあった。これは何だろう?、もしかしたら北野君

が黄泉国から北島を助けるために情報をくれてるのかも知れないと思い、早速、

旭硝子、日本電気硝子、三菱UFJリース、芙蓉リース、興銀リース、

東京センチュリーリースなどを調べると、底に近い感じがした。

 日本電気硝子の急降下は注目に値するので注視し始めた。

 そして2008年12月24日に3千株、133万円で買えた。その他、旭硝子と

芙蓉リースをターゲットに注視しはじめ2009年を迎えた。

 二月を過ぎて下値が近い事を予感した。旭硝子を2月24日に416円で指値を

いれ3月3三日に3三千株、125万円で買えた。

 芙蓉リースを3月2日、1200百株、132万円で買えた。

 今回の購入総額392万円、売りは日本電気硝子が2010年1月5日、

3三千株、売値405万円、純利益、214万円、旭硝子2010年5月12日に

3千株、売値330万円、純利益・162万円と芙蓉リースの売値1200株、

売値、384万円、純利益2百万円、純利益総合計が576万円だった。


 マイレージが随分たまったので、それを使った冬のバリ島へ旅行を計画して

2011年の9月に出かけた。初めての東南アジアであり行きの飛行機で隣の

席のインドネシア人が北島に英語で話しかけてきた。

 彼は鎌倉で知り合いの日本人の家で漁師の手伝いをしながら暮らしていてバリ島

に里がえりする様でバリの観光名所や、うまい料理屋、ホテル情報などを

教えてくれた。帰ると有名なホテルで働くそうだ。バリに近くなると突然、

彼が北島に向かってインドネシア人みたいな感じがして親近感が持てると言った。

 喜んで良いのか困ったが悪い事ではないのでサンキューと答えておいた。

 もし何かあれば連絡してねと彼の勤めるホテルの名刺をもらった。

 赤道を越える頃に急に大きく揺れ出したのだった。隣の彼に寄れば赤道付近では、こう言うのが多いんだよと言っていた。少しして、バリの空港に着いた。

 そこからタクシーでサヌールにあるハイアットホテルについた。ちょっと古いが

広い庭と広いプールとプライベートビーチがあった。

 この時期にスイス人シェフによるスイス料理のパネルが張ってあり、早速、

夕食をいただいたが、チーズがうまく、肉料理も、しつこくなく、気品があり

非常に気に入った。その後も朝、昼、晩、珈琲タイムと何回も利用した。

 北島夫婦は朝が早く散歩するのが日課だった。ただ朝は夜露が蒸発して蒸し暑く、すぐ部屋に戻ってくるのだった。フロントで聞くとバリでは散歩は夜にすべきで

朝は最悪だと言われた。朝食後は卓球をしたりボードゲームをしたりゆっくり広い

プールを泳いだり歩いたりして過ごした。

 身体が冷えたらプールに数カ所温水シャワーや温水エリアがあるので暖まる。

 そしてホテルからでる事なく五日間ゆっくり過ごそうとした。

 しかし二日目に奥さんがバリ舞踊と食事のツアーに行こうと言い出し、

出かけた。タクシーで出かけると予定したレストランでない所へ運転手が

連れて行った。そこで北島は、お願いしたレストランとは違うと言うと、

お客さんこっちの方が良いと運転手が言うではないか、そこで北島は言った

通りにしろと思いっきりすごんだのだ。さすがに、これが怖かったのか

追加料金なしで指定したレストランへ向かった。

 バリ島では、こういう詐欺まがいが多いと書いてあったが全くその通りだった。

 ショーが始まりバリ舞踊は美しく良かったが食事中に足下に大きなネズミが出て

女房が顔面蒼白になった。店員を呼んで退治したが店員は良くある事と笑った。 

 最後まで見ることなく食事を済まして早めにホテルに帰る事にした。

 四日目にウブドゥ(芸術の村)のツアーを予約してタクシーが迎えに来たのだが

乗ってみるとエンジンの音が、おかしいので心配になっていたら10分位で予想通り

動かなくなってしまい運転手が携帯で迎えを頼んでいるではないか、島が文句を言うと運転手は自分では何もできない、だから代わりの車を手配した。すぐ来ると言い

良くある事と笑っていた北島がなんていい加減なんだと言うと仕方ない仕方ないと

言うのであきれてしまった。十五分位で替わりの車が来てツアーが再会した。

 そして次に驚いたのは交差点を赤信号で止まると必ず若い人が車の窓をたたき

新聞、雑誌、飲食物の押し売りが来るのだ。

 運転手は窓を開けないが仕方ないと言いたげだった。三十分位で田んぼが見えて

田園風景に変わってきた。そして見晴らしの良い景色の良いところで降りて見学

する事となったが、そこでもしつこい押し売りが大挙してきた。

 これには、うるさくて参った。見学どころではない。その後、芸術家のアトリエ

兼販売所に寄り絵を見たりした。そこでも売り子が買え買えと実にうるさいので、

じっくり芸術鑑賞という訳にはいかない。

 最後は運転手の関係者の店で何か買えというので、そこで仕方なく絵が描いて

あるTシャツを数枚購入した。夕方にホテルに戻ってきたが何か非常に疲れて

夕食をとってビールを飲んで早めに寝る事にした。

 翌日は帰る準備で空港まで送ってもらい空港を飛び立った、また赤道付近で荒い

気流に大きく揺れた。その後ぐっすり寝て起きると日本までもう少しだった。

 いろんな意味でアジアの雑踏といい加減さと明るいというか無責任というか、

笑ってごまかすのには北島は、興味が失せた感じを強くした。

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