帰京編2話:愛の逃避行と田中所長の交代

 年末年始の休みが明けて仕事始めの日、清水先輩が出社してこなかった。

 そして数日後、この出来事が意外な展開を見せ始めた。清水先輩が休み

続けたのだ。理由もわからずじまい家族からも帰ってこないと電話が入り最後には

家族から捜索願が出た。仕事の接待でスナックすずらんへ出かけた日の事、ママ今日休みなのと店の女の子の話だった。よく聞くと、この数日、行方知れずだと言う事がわかった。そして、どうも、店のお金も持ち出したようで、昨晩は、大騒ぎだったと言う事も、店の子が内緒で北島に教えてくれた。その返済の問題で、マスターと

オーナーと昨晩、遅くまで、話し合っていたそうだ。

 北島は嫌な予感が心の中をよぎった。

 まさか清水先輩とママが愛の逃避行いくらなんでも、それはないよ幾度も

つぶやいたが、その心配が心の中で風船のように膨らんでいくのを感じた。 

 そういえば清水先輩の営業車、車検といっていたが数日見てない。

 山陰営業所の所長から二週間後、通行人が清水先輩のナンバーの営業車を山陰の

米子で見たという一報が入った。ただ見たと言う事だけで清水君が見つかったわけではない。所長が東京支店と本社に頻繁に電話をして今後の対策を練っていた。

 そして甲斐大学病院を北島が担当する様に支店長の指示があった。

 仕方なく、すぐに甲斐大学病院を訪問し薬局長や訪問科の先生に前担当者の

清水が急病で退社したと伝え担当交代の挨拶をして回った。 

 その中に昔、、仲の良かった吉川先生がいた。吉川先生は現在、医局の講師で

将来有望な実力派であり医局のまとめ役となっていた。挨拶も早々に協力の約束を

取り付けた。数日後、清水先輩がクビだと決まったと小さな声で所員の前で田中所長が言ったのだ。

 まだ彼は、いまだ消息不明のまま、もちろん身柄は確保されていない。その二ヶ月後、清水先輩の車が博多港で見つかったとの情報が営業所に入った。港の駐車場に乗り捨てられていた。博多港から海外逃亡したかもしれないとの噂が立った。

 その後、港の管理事務所から女連れのスーツ姿の男性が釜山行きの高速船に乗ったとの情報まで入った。女連れ!きっとママに違いない。気になったのでスナック

すずらんの女の子に情報をもらうため、数日かよってみた。

 それによるとママと清水先輩は、やはり良い仲になっていて隠れて温泉旅行、

高級ホテルなどで逢い引きをしていたという情報まで出てきた。

 最初にママに会った時の感じは間違いなかった。清水先輩とママはできていてライバル視して北島をにらみつけていたんだとわかった。四月のある日、石井支店長が

営業所を訪ねてきて北島君、今日、話があるというので一緒に出かけた。

高級そうなレストランの個室で食事しながらの話となった。

 石井支店長から、びっくりしないで聞いて欲しいんだけれど田中所長が交代が

本社営業会議で決まったんだと聞かされた。

 後任の所長はには北島君の同期の東京営業所の鈴木君に決まった。

 北島君も協力して多摩営業所を建て直して欲しいと言ってきた。

 北島は思わず田中所長はどうなるんですかと言った。田中所長は、

この騒動の責任を取って工場の課長として転勤となったよと言うのだ。

 関西の工場の課長ですか?いくら、何でも、ひどいんじゃないですか、

長い間、営業畑で苦労してきたのに・・、いやーわかるよ、石井支店長は、

僕も、そう思うだけれど、本社の上司がこの事件を重く見て田中所長の

監督不行き届きとして工場への左遷が決まったんだよ。

 北島は、むっとして営業マンは所詮、単なる将棋の駒ってわけですか。

そう言うなよ、石井支店長も心苦しいと思っているんだよと言った。

 田中所長と話したんですかと質問すると、いや、まだだよ。

 なにせ、付き合いも長くて切り出しにくいんだよと言った。今晩にでも

田中所長に話すんですか? いや話はしないというか、できないよ。

 社命と言う事で辞令を渡すしかないんだ。実は石井支店長もつらいんだよと

困った顔で話し続けた。北島は石井支店長と食事も終えて話は、これだけですねと

念を押して、それでは仕事でかけてきますと失礼した。

 数日後、田中所長は工場への左遷を断って退職するとの情報が入った。

 その晩、田中所長とスナックすずらんへ行き話をした。

 田中所長は会社やめて、どうするんですかと切り出した。いやね女房とも

話したんだが子供も高校生で来年は大学進学であり、これから地方への転勤は

無理と言う結論になった。仕事は女房の実家の本家が秋田で味噌と醤油をつくって

いて、その販売店を東京に出したいと言うので、その営業をやる事にした。

 多分食ってはいけると思うがねと、以外に、さばさばとした口調で明るく答えた。

 会社って非情だよ成績が良い時は、おだてられ下がり始めたら、お荷物あつかい、

ひどいもんだよ。北島君も気をつけてやれよ。無理して身体を壊すなよと言ってくれた。北島も田中所長には及ばないが、いろんな苦労を重ねたので田中所長の言葉が

ズシンと心に答えて我慢できずに涙がこぼれた。すると田中所長が北島君も本当に

苦労したんだね。苦労を知らない者には、この意味が、わからないはずで涙なんて

絶対に流すはずもないからなと、しみじみと言ってくれた。おもわず田中所長の

手をぎゅっと握ってわかり合える男同士の感動を共有した気がした。そして最後に、

つまらんものだがといって奥さんの秋田の実家の味噌を渡してくれた。味噌汁にして味わってうまかったら、また買ってくれよ。そして北島君の営業センスの良い所で、宣伝してよと笑いながら晴れ晴れとした顔で言った。

 北島は田中所長は仕事の何たるかをよく知っており本当は心の

広い優しい人なんだと感じた。

 北島は心の中で短い間だったけど、本当にいい人に出会って、

良かったと実感したのだった。

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