帰京編1話:立川の歓迎会で先輩と所長の喧嘩

 九月となり転勤する日が近づいてきた。週末に家族全員で多摩に行き借家を

捜したが三DKのマンションまではあるが駅に近い戸建ては少なく、

徒歩圏内では見つからなかった。

 駅から車で十分の所に築七年の四LDKの借家があり、そこに決めた。

バスで十五分便数も多く駅まで行けばスーパーも何でもある所だった。

 早速、不動屋さんで契約した。家賃は駐車場一台付きで月、十五万円、北島の

役職では、月十万円まで、補助金が出るので、実質、月五万円の持ち出しとなる。

 小中学校まで徒歩十五分だった。数日後から立川の多摩営業所に行ってくれと

石井支店長から辞令をもらった。翌日、多摩営業所へ出勤した。田中所長は

ベテランで、たたき上げ二十五年の厳しい事で有名な田中所長だった。

 早速、会議室で面接をして所長から多摩営業所では都内チームの成績は良いの

だが山梨県での市場開拓が遅れ当社の市場占有率が民力度の半分にすぎないのが

最大の問題点であるとの説明があった。田中所長から北島君の地方での成功例を

こちらでも発揮してもらいたいとの訓示をもらった。

 来週の会議で具体的な作戦をねろうと言い関連する営業資料の束を渡され

熟読して意見を聞かせてくれと言われた。

 今日は内勤で良いから、この資料で、わからない事や質問があったら聞いて

くれと言われ会議室で資料を読んだ。翌週の営業会議で早速、山梨県の市場開拓を

どうしたら良いか意見を聞かせてくれと所長からの発言で話をする事になった。


 まず対策として短期対策と中長期対策分けて話した。

 短期対策としては卸さんとの関係強化が急務です。具体的には山梨県、訪問時は

 毎日二件の卸訪問をする必要があります。中長期対策は中心病院である

甲斐医科大学、他、大型病院での情報収集の徹底であります。

 時間がかっかても先生方の情報をしっかり把握する事が市場開拓のキーポイント

だと語った。その晩、歓迎会で、所員を紹介された。新人の足立君、ベテランの三年先輩の清水君、一年後輩の山下君、二年後輩の渡辺君の、合計、田中所長を含め五人体制だった。山梨県は、所長が月二回程度、訪問するが、担当者は清水君。所長の話では清水君は担当して十年でマンネリ化していると心配していた。

 また山梨県は、よそ者を受け入れない厳しい土地柄で新規開拓は非常にむずかしいと弱音ばかり吐いていた。田中所長の計画では、いずれは清水君の後任として北島に頼みたいとの意向だった。その晩、北島の歓迎会が始まった。

 北島が自己紹介を終えて歓談が始まった。清水君が、やり手の北島君がくれば

多摩も伸びて良いんじゃないですかと嫌みな言い方で敵意むきだしだった。

 その他のメンバーは、総じて好意的で新人の足立君は所長に入れ知恵されたのか

驚異的な実績を残した北島先輩の営業方法を学んで、できる営業マンになりたい

ですと歯の浮く様な、お世辞を言った。

 二次会はスナックすずらん、立川でも、ちょっと奥まった目だたない店だった。

ママのさおりはベテランで相手の弱い所を探し出す名人と評判のやり手ママ。

 所長に紹介され自己紹介しようと思うと軽く手で制止され北島の顔をじっと

みつめ手相を見た。北島さんは意外としたたかだねと不適な笑みを浮かべた。 

 所長うかうかしてると寝首をかかれるよと言った時、所長の顔が突然曇ったのを

北島は見逃さなかった。変な空気にったので得意の洋楽の歌を披露した。

 もちろん大受けであり店の女の子も釘付けになった。その後、宴もたけなわに

なり他の人の歌に合わせて店の女の子と次々に踊った。

 帰り際、店の女の子のハートは、しっかりつかんだ様で、うっとりとした

目つきで送り出してくれた。ただママは目を見開いて笑ってはいるものの内心、

面倒くさい、お客さんだなって思っている様に見えた。

 その後ママと文字通り面倒くさい騒動に巻き込まれる、とは初対面では想像も

できない北島だった。多摩での担当は地域の大学病院、大型病院中心だった。

 田中所長は特に大学病院、大型病院の情報収集と、その情報の所員との共有化を

要求していた。いつもの様に挨拶回りから始まり数週間が過ぎた。

 訪問しての印象としては都会は患者さんの数や先生の数、情報量は地方と段違い

の多さで久しぶりに面食らった。渋滞も、ひどく抜け道を捜すのにも、時間が

かかった。半年がたち収集した情報量が多く書き込んだ手帳が二冊目になった。

 情報を各担当者に伝えるのにも彼らの個性に合わせて説明するのに骨が折れた。

 特に清水先輩は自分の固定観念が強いためか全く受け付けてくれなかった。

 わかった参考にしようと言うが話を聞いたから資料はいらないと全く聞き

耳を持たないどころか余計な事、言うなといういわんばかりに見えた。

 その後も清水先輩の実績は相変わらず低迷して理由は市場が閉鎖的であり頑張って

るが実績が出ないの一点張りだった。他の所員は着実に実績を伸ばしてきた。

 田中所長と清水先輩の口論の日々が多くなり清水先輩の北島への風当たりも強く

なってきた気がする。その年も押し迫った十二月、ついに事件が起きた。忘年会の

席で清水先輩が田中所長に対して切れたのだ。冗談じゃないよ、ここに来て十年以上

になるのに所長は、いつも文句ばっかで口を開けば実績が伸びてないとか、目標に

届かないとか、やる気あるのか、とか言うばかり。

 もう、やってらんねーよ、やめてやるよと言ってきた。

 田中所長は最初はなだめて今日はちょっと飲み過ぎだよとか言っていたのだが、

 いつまでも、だだをこねてる清水先輩を見て今度は逆に田中所長が切れた。

 馬鹿野郎、俺なんか、この会社に入って25年、じっと我慢して苦労を重ねて、

ここまで来たんだ、たかだか十年で仕事を辞めてやる!上等じゃねーか、甘えてるん

じゃないよと怒鳴ったのだ。俺だって何回、辛酸をなめさせられたか数知れない。

 そのたびに今に見ておれと耐え忍んできたんだ。

 支店会議や所長会議でも東京の市場の割に実績伸びないねと嫌みを言われ続け

胃薬を飲みながら頑張ってきたんだよ。

 おまえみたいな青二才に、何がわかるか。収集がつかない様子を見かねて

ママが所長をなだめ清水先輩をなだめた。

 ただ清水先輩に対するママの目が尋常でない事を北島は見逃さなかった。

 最終的には田中所長が折れて先日の支店会議で、あまり厳しい事を支店長に

言われ、いらだってたんだと謝った。

 清水先輩が、ちょっと言い過ぎましたと、みんなに謝った。

 今年臨時ボーナス二百二十万円、特別報奨金が百万円と通常ボーナスが

百八十万円、給料が六百万円、出張+外勤手当が百五十万円、

合計一千二百五十万円過去最高を更新した。

 これは長野で最後の年も伸び率が十%を越え九年連続の最高益更新だった。

 今年も多摩営業所の実績増加で近いうちに伸び率か増加額か何かで全国一を

取り給料の更なる高みを目指す北島だった。

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