雪国転勤編11話:夏研修会と長岡の友人との別れ。

 中信メディカルパソコンクラブは最近、充実してきて先生から、いろんな要請を

受けた。特に多いのがデータベースⅢのプログラムを作成方法についてだった。

 患者さんのデータベースを作り、それを分析するためのプログラムを

データベースⅢでつくりたがっていた。それによって手術の方法によって、

どの方法が一番効果的だとか、どの薬剤が一番効果があるなどがわかるのだ。

 若手のDrも興味を持ってきて、八月の中信大学メディカルパソコンクラブの

研修会に大学から北島を含めて十人、四国から三人が、総勢十三人の参加と

増えた。いよいよ暑くなり夏を迎えた。今年の中信大学メディカルパソコンクラブ

の夏の研修会は八月十八日から二十日と決まり、その日を迎えた。

 もちろん夏で暑いが諏訪湖を渡る風は、さわやかな避暑地の夏って感じだった。

 八月十八日、朝、北島と久光先生と若手の佐藤先生の三人で機材をパジェロに

のせて十時に大学を出発して十一時過ぎに会場の旅館についた。

 もう既に中信大学の六人が着いており広間で会場の設営を手伝ってもらった。

 四国の先生方は午後一時過ぎに到着予定と電話が入った。昼には残りの大学から

の参加メンバーもそろった。一時頃、四国の先生方、三人が到着し早速、近くの

食堂で再会を祝して生ビールで乾杯した。

 そこで昼食を済ませ三時から研修会を開始した。まず四国の先生方から

オペレーションプログラム付きのデータベースの活用例を発表してもらった。

 たった九ヶ月で超速の進歩を遂げていた。もう既に中信大学のレベルと肩を

並べる位でだ。質疑応答を含め二時間、活発な意見交換を行った。次に中信大学からは各研究班で、データベースの応用例を発表した。

 更に、それを東京で開かれた学会の総会で発表した時の反応も話してくれた。

 最近、のデータベースの臨床治験への応用が注目されはじめていた。

 そのためか医局に頻繁に他大学から質問が入る様になり面倒なので

メールで送ってくれる様にした。

 北島がマックのカード型データベースのファイルメーカーの紹介をした。

 これはデータベースⅢの様に文字データだけでなく画像データも扱えるのが特長。 充実した研修会だったので気がついたら夜も十時過ぎていたので研修会は、

お開きにして懇親会の大宴会となった。信州の旨い酒「大雪渓」「真澄」「七笑」

、新潟の「八海山」「雪中梅」「越乃寒梅」を持参して飲みまくった。

 やはり有名な酒からドンドン空いていった。十二時過ぎになり流れ解散。

 翌日は午前中に四国の先生を諏訪湖の遊覧船に招待し中信大の先生と歓談した。

 昼食をとり午後三時から研修会を始めた。最初に北島が発表した。

 テーマは新しい試み最初に画像データ(レントゲン写真や患者さんの写真、

部位の写真)も取り扱えるマック用ソフト、ファイルメーカーというデータベース

ソフトを使ったデータベース管理の実例を発表した。

 ただ問題点としてデータベースⅢの様に、簡単にプログラムを組めない事や

リレーショナル・データベースとしての完成度が今ひとつである事なども話した。

 次にマック用ソフトのロータス123(表集計計算ソフト)を使ってータベースを瞬時に並べ替え一つの大きなデータベースから次々に自分の思い通りの形に

加工したデータベースファイルをつくると言う操作をして見せた。

 やはり、すごいねとは言うが、どう応用して良いかわからない様だった。

 次に四国の泉先生がデータベースⅢのデータつくりから、オペレーションソフト

をつくる方法を具体的に自分のデータで実践して見せた。 

 これは、みんなに好評で質問の嵐だった。考えてみれば中信大の先生が

データベースⅢを頑張って勉強してくれれば必ずマスターできるはず。

 それは泉先生が、たった八ヶ月でマスターできた事で証明された。

 デモデータベースのフロッピーが欲しいと言う先生が多く北島が隣でせっせと

プログラム付きのデータベースのフロッピーディスクをコピーして欲しい先生方に

渡して回し、十時過ぎに終了した。

 今回の研修会の総括を久光先生からしてもらった。

 四国の先生方の超速の進歩や中信大学の若手の積極的な参加に感謝すると共に、

これが医学の進歩に役立つ事を期待して研修会の終了の乾杯をした。

 また今晩も流れ解散となった。帰りの車の中で久光先生が北島に感謝するよと

真面目な顔でいうので思わず笑ってしまった。

 七月の中旬、電話で東京支店長から、東京支店の多摩営業所(立川)に

転勤先が決まったと連絡が入った。

 ふとその時、栄子が前に転勤の時は連絡して欲しいと言った事を思い出した。

 そこで長岡の栄子に電話して転勤の話をしたら八月休みに行くと連絡してきた。

 八月二十日にこちらへ来ると伝えてきた。また以前の別れた豊野駅で昼十二時に

待ち合わせた。今回は一人だけで来ると言う。三年ぶりに会ったが多少肉付きが

良くなった程度でひと目でわかった。車でドライブ中、今回は長岡から友人に

十日町まで送ってもらって、そこから飯山線で来たと言っていた。飯山線のすぐ

横を、ずっと信濃川(長野県に入り千曲川名が変わる)と併走しており景色が非常

にきれいで長野県に入ると田園風景が広がり違った美しさがあると言った。

 二時間と意外に早いので驚いたと話していた。今日は長野に行かずに湯田中、

志賀高原、万座温泉、嬬恋、軽井沢へ行こうと言う事にした。

 横手山の山頂の雲上レストランでコーヒーとボルシチとパンをいただいた。

 パンが旨いのに驚いた。また標高二千三百メートルとあって吹く風も涼しいを

通り越して寒いくらいだ。今晩は天下の名湯、草津温泉に宿を予約しておいた。

 明るいうちに着いて、ゆっくり部屋で食事をした。

 温泉につかり、つもる話をいろいろ聞いた。

 お見合いさせられた話や新しい会社での出来事など女性は良くしゃべる。

 ビールを飲みながら途中で買った野沢菜をつまみに、それを聞いていた。

 そして、その晩は久しぶりに逢瀬を楽しんだ。翌日も良く晴れた日で、

朝の涼しいうちに散歩した。歩きなが北島さんがいなくなったら誰か、いい人を

見つけて、さっさと結婚しちゃおっと、いたずらっぽい目で笑った。

 そうだな三十代になったんだから早い方が良いかもねと言うと、

ほんとに意地悪なんだからと睨んだ。

 今日は、嬬恋高原、鬼押し出しを通り軽井沢へ行った。

 そこでゆっくりし喫茶店で休み磯部を抜けて高崎へ行くという計画を立てた。

 翌日は旧軽井沢など名所は混雑していて落ち着かないので早々に軽井沢を後にし

妙義山を見ながら予定より早めに予約しておいた高崎のビジネスホテルについた。

 午後4時過ぎに到着した。今夜は最後の夜なのでスナックで思いっきり歌おう

という事で夜の町にくり出した。町の中は意外に、すいており、いろんな歌を

デュエットした。また他の人の歌で踊り続けた。

 酔いもまわりはじめ早めにホテルに帰った。

 帰ってソファーに座りながら最初にだった時の話や、長岡のホテルでの逢瀬の

思い出を語り合った。栄子がきっと神様が北島に会わせてくれたんだよ。

 そー、そーに違いないと酔って言ってるのか本心で言ってるのか、わからないが

真剣なまなざしで話し続けた。でもね後悔なんて、ちっともしてないよ。むしろ感謝

してるくらいさ。だってこんな経験、そんなに誰もが、できることじゃないしね。

 そして、あと腐れなく、さっぱりときれいにと言うと、また大声で泣きだした。

 大声出すなよと北島が言うと、ごめん、でも泣きたいんだよ。

 今夜はとっても泣きたいんだよと北島に抱きついてきた。

 泣きながら、しっかりと最後になるであろう逢瀬を十分に楽しむのだった。

 そして知らぬ間に、お互い爆睡した。翌朝、栄子は、さっぱりとした顔で

北島さん、こんな栄子に、つき合ってくれて、ほんとにありがとう。

 栄子は、これから普通の主婦になって脇目もふらずに生きていくよ約束する

と言い、また例の指切りげんまんをした。

 だって、こんな楽しい思い出をつくってくれたんだもんと、

さばさばした感じで、きっぱりと言った。

 栄子は今日は本当に送らなくていいからと北島に告げて今回は駅まで一人で

歩いて行くからと言ったのだ。北島は何か送ってこないでと振り切られた様な

気がして、そのまま黙ってうつむいた。

 栄子が別れ際に深々と頭を下げ、いろいろ、お世話になりました。

 それでは、お元気でと言って早足で、部屋を出て行った。

 なんか、むなしさというか、おかしさというか、妙に爽やかな気がする

北島だった。

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