雪国転勤編3話:スキー大会と送別会

 北島はスポーツマンでスキーも、若い頃から経験し雪道は何度も

走った経験があった。しかし今年の一月下旬の雪の朝、坂道を下っていた時に

怖い思いをした。営業車は当時マニュアル車であり三速から二速、更に減速する時には一速に落とす様、指示されていた。その日の朝は一部凍結していて慎重に二速で

徐行していたが自分の前の車が路肩の雪壁に当たり止まった。それを見て一速に

落としたが、なかなか止まってくれない。その内にバスが坂を上ってきた。

 対向車線を越えない様に注意したが何せ自分の車が止まらないのであせった。

 仕方なく路肩の壁に当てて止まった。幸いにも車が回転せずに事なきを得た。

 止まった時にはバスの乗客が、こっちを見て拍手していたのが見えて思わず軽く

会釈をした。北島は雪国の厳しさって確かにあるなと、しみじみ思うのだった。

 その後U病院の下田先生から病院の恒例のスキー合宿に誘われた。

 山井先生と薬局の春子さんと康子さんの二人、看護婦三人、外科の若手二人の

合計十人。下田先生から指示連絡など手伝って欲しいと言われ了解した。

 後日部屋割りや車に乗るメンバーなど企画書を作成した。

 翌週の金曜日から二泊三日、一部のメンバーは土日の一泊二と言う事で出かけた。場所は八海山スキー場。車で一時間の所にあるスキー場。

 午後五時に病院を出て、近くの酒屋で八海山、越乃寒梅、雪中梅、久保田万寿、

〆張鶴など新潟の銘酒とウイスキーとワイン、焼酎を買いこんだ。

 スキー場の近くの温泉旅館に宿を取り北島と下田先生の先発隊が出かけた。

 宿に着いて早速温泉に入り酒の席となった。自己紹介をしあい酒盛りが始まった。

 先発隊は薬局の二人と下田先生と北島の合計四人で車は下田先生のボルボの

大型ワゴン。薬局の子は二人とも地元出身で下越薬科大学出身。下田先生が最初は

静かに新潟の銘酒を飲みはじめ、だんだん盛り上がってきた。

 北島は本当は洋酒党で日本酒は苦手だった。しかし新潟に来て越乃寒梅、雪中梅

を飲んでイメージが変わった。本当に飲み易い。

 その中でも特に〆張鶴が好きだった。ウイスキーの水割り、ロック、ワインの栓抜きとか雑用をして、つまみをあけて酒の席を盛り上げた。

 そのうちにカラオケに行きたいと言う話になった。

 運良く宿のカラオケルームが、まだ空いていて、そこへ向かった。

 少し、かび臭い部屋だったが設備は、まずまずだった。

 カラオケのセット、マイクのセットを終えて最初に下田先生の挨拶、

その後すごい勢いで歌い始めた。

 キャンディーズ、ピンクレディ、演歌、大いに盛り上がって初日を終えた。

 翌日十時頃に三台車で残りの六人がやってきた。

 部屋で部屋割表や時間割、集合場所など必要事項を確認し合った。

 早い昼食後、スキーを始めた。女性達は地元と言う事で上手であり下田先生も、

かなり経験豊富な様で北島と薬局の二人と共に中上級者用の林間コースを滑った。

 外科の若い先生方には看護婦さん達が初心者コースでスキーの

滑り方を教えてくれた。少しして珈琲タイムに薬局の二人が看護婦と交代して

北島たちと楽しく滑った。今日は思った程の混雑もなく何回も滑れた。

 その代わり足の筋肉が、ぱんぱんに張って悲鳴を上げていた。

 そこで早めに切り上げ、ゆっくり温泉につかった。 

 夕食後、全員で前日予約しておいた、カラオケルームへ行き歌って踊っての

大宴会が長時間続いた。眠くなった人から次々に部屋を出て床についた。

 最終日は中上級者のタイムトライアルレースが企画してあり五人が参加した。

 前半の時計係を北島が後半を下田先生がつとめた。

 その結果、下田先生が優勝、薬局の春子さんが準優勝、山井先生が三位、

看護婦さんの一人が四位、北島は林に突っ込み途中転倒がひびき五位だった。

 そして怪我人も出ずに終了した。北島の足の赤あざの事は内緒。

 昼過ぎにスキー場を出て帰路についた。帰りの車中、運転していた下田先生が

面白かったよと礼をいわれた。また来年も楽しみたいねと言うので了解した。

 新潟営業所の二年目の北島の今年の臨時ボーナス、百万円、業績伸び率全国二位

になり、報奨金も二十万円と、通常ボーナスが百万円、給料が三百八十万円、

出張+外勤手当が百万円、合計七百万円にまで増えた。

 北島は仕事は大変だが給料増えたので大喜びだった。実は当社では長野県は

新潟営業所の管轄で駐在員を三人送り込んでいる。しかし実績は低迷しており

長野県内の売上増が新潟営業所全体の売上向上の鍵を握っている。

 そして二月の下旬、所長から、北島に長野県への転勤の辞令が出た。

 それにしても、転勤して実質一年半での、再転勤というのは異例の早さだ。

 理由は長野の中信大学担当者が女性問題を起こして当社を退職する事になった。

 北島は所長に呼ばれ三月から担当交代を始めてくれと言われ了解した。

 その頃後輩の佐藤君とは彼の病院へ北島の仲の良い先生が赴任し同行訪問したり

して親しい関係になっていた。仕事の相談をしてきたりして北島を慕ってくれた。

 そこで長岡で内輪の送別会を二人だけで行う事に決めた。

 最初は長岡の有名なラーメン屋で腹ごしらえをした。

 佐藤君の希望で派手やろうという事にした。

 そこで若者が良く集まる踊れるパブへ行った。夜九時頃に入店すると若者の

熱気でパブは、むんむんしていた。まずカクテルで乾杯。

 腹ごなしにディスコミュージックで佐藤君に踊って見せた。

 彼は踊れないというので即興で、うまく踊ってる様に見せる方法を教えた。

 酒が回ってきたのか彼も積極的にナンパをはじめたが、なかなかうまくいかない。

 そこで女の子二人組をターゲットに別々に誘いはじめた。

 その後、一緒に飲んでくれる仲間ができた。名前は栄子さんと早苗さん隣町の

出身で電気関係の会社のOL入社二年目だと言った。

 彼女たちが店を変えたいというので違うパブへと移動した。

 そこは意外と空いていた。奥の席に四人で座って乾杯した。

 続いて北島が場を盛り上げるために、その当時はやっていた

 「スカイハイ」を情熱的に歌った。これが受けて会場が盛り上がってきた。

 次に彼女たちが二人でアバのダンシングクイーンをリズミカルに歌い更に盛り

上がった。リズム感も良く声もとおり、かなり遊び慣れてる様に感じられた。 

 北島が何か歌えよと言うと佐藤君が音痴でダメなんですよと泣き事を言って

いたので歌を選んであげた。そして二人で歌う事でしぶしぶ歌い始めた。

 彼はビートルズが好きだという事で「イマジン」を歌った。

 何とか歌い終えた。すると佐藤君の演歌歌手の様な真面目な歌い方が、

かえって好印象だった様だった。

 続いて彼女たち二人組が選んだのはアバの「恋のウオータールー」だった。

 歌が、あまりに上手なので北島が歌っている早苗さんのマイクをむりやり取り

一緒に踊りだした。最初は慌てていたが、すぐにリズムに乗って踊りだした。

 佐藤君も入って大いに盛り上がった。次に気分を変えてサイモンと

ガーファンクルの「明日にかける橋」を歌った。

 これが他のお客さんにも大うけで「サイモンとガーファンクル」の他の歌にも

リクエストが来た位だった。次に彼女たちが続いて、またアバの

「マネー・マネー・マネー」を歌いだした。

 これには店中が大変な盛り上がりで他のお客さんも近くに来て気さくに

飲み物をおごってくれた。彼女たちに聞いてみると歌は大好きで特に栄子さんは、

かなり歌いこんでいる様だ。それに早苗さんが誘われる様になったそうだ。

 そこで栄子さんに今、興味持っている歌手や歌を聴くと特に声のきれいな人が

好きだと言っていた。最近はオリビア・ニュートンジョンが好きたと言ったので

何か歌ってというとカントリーロードを歌ってくれた。

 これも非常に感動的な歌い方で上手だった。北島はお返しにサイモンと

ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」を歌った。

 彼女は「そよ風の誘惑」で返してきた。そこで、また「ボクサー」で対抗した。

 佐藤君はというと、かなり酔った様で水を飲んでいた。店の中は依然、大盛り

上がりで拍手の嵐だった。歌ってる者にとっては答えられない雰囲気だった。

 会場から、またアバを歌ってとのリクエストが飛び出した。そこで彼女たちが

選んだのは「マンマ・ミーア」だった。周りのお客さんも、この歌に合わせて

踊りだした。彼女たちは踊りながら歌ったので更に盛り上がった。

 その後遅くなったので帰ろうという事になり会計をお願いするとマスターが、

いえ結構ですと言った。

 マスターが、あの窓際の女性が、みんなの分は彼女につけておく様に言ったん

ですよと言うのだ。そこで窓際の女性の方へ行き、お礼を言うと彼女は、

こんな楽しい夜は久しぶりと喜んでいた。

 少しお話を聞いてみると長岡の中心街で数十年も商売をしていたが少し前に

旦那さんに先立たれ、やる気が失せて店を閉めたそうだ。

 旦那さんの残してくれてた蓄えで今は悠々自適に過ごしていると言った。

 たまに、この店に来て若い人に元気をもらって長生きしてるのよと笑っていた。

 だから彼女こそ、あなた方に楽しい時間をありがとうと、お礼を言いたいわ。

 なんと素敵な言葉だろう。久しぶりに熱いものがこみ上げてた。

 涙を見られない様に、その場を去った。席に戻り事の顛末を全てみんなに話した。全員で窓際の女性に、お礼を言い失礼した。佐藤君は半分寝ていた。

 店を出て佐藤君がホテルに帰りましょうと言ってきた。

 しかし栄子さんが少し疲れたからコーヒーでも飲みたいなと言うので

北島達が泊まるのホテルのスナックが夜遅くまでやっているので行く事にした。

 ホテルに着いて佐藤君が、ごめんなさい眠いので失礼しますと部屋へ

上がってしまった。コーヒーとケーキのセットを頼んで話し込んだ。

 早苗さんが北島さんて歌もうまいし踊りも上手で女の子にもてる

でしょうと笑いながら話した。いや、それもこれも仕事の為に覚えたんですよと

答えた。仕事の事を聞かれ話すと医療系の営業さんですか、通りで歌や踊りが

上手な訳だと笑っていた。

 北島が、いや彼女達の方こそ歌がうまいし踊れるし、もてるんじゃないと言う

とそんな事ないよ。ここらでは不良の娘じゃないかと、むしろ白い目で見られる

位ですよと言っていた。いやすごいよ北島もいろんな若い人にあったが、こんなにのりの良い女の子たちに会ったのは新潟に来て初めてだよと言った。

 静かだった栄子が、おもむろに、それならまた遊びに来てよと言った。

 いや実は、今日、北島自身の送別会なんだよと話した。

 また長野へ転勤なんだというと急に不機嫌になって、そーなの。

 それなら今日が最初で最後なのと、ちょっと怒ったような目で言った。

 ごめんと言うと名刺をちょうだいと言われ名刺を渡すと彼女がそこにあった

紙ナプキンに彼女の連絡先を書いて渡してくれた。彼女が転勤後の移動先を

連絡してよと強い口調で言ったので、わかったと答えた。

 また栄子が旅行で長野へ行くかもしれないからねと含み笑いを浮かべて話した。

 食べ終わって早苗が眠くなったので、お先に失礼しますと言うので

送ろうとすると大丈夫、近いから自分で帰れると言った。

 その後、栄子は学校時代の話、歌の話、雪国の生活の話など堰を切った様に

話し始めた。そこで北島がビールを出してきて、また飲みはじめた。

 彼女は笑わないで聞いてよね、実は小さい頃いつか白馬の王子様が目の前に

現れて彼女を救ってくれる話が好きで何度も繰り返し、その本を読んだんだと

懐かしそうに話してくれた。その後うまいウイスキーあるから飲もうと言い氷を

冷蔵庫から出し水割りにして飲み始めた。

 そして一時を過ぎた頃、彼女が酔っ払ってきて今晩は、このまま帰りたくないと

言うのでホテルの部屋で長岡の最後の夜を惜しむ様に情熱的な夜を過ごした。

 冬の雪国の寂しい夜は男も女もぬくもりが恋しいと言う気持ちはわかる。

 ましてや自分が好きだと思った人ならこうなるのも良く理解できる気がした。

 早朝、彼女はスッキリした感じで、ありがとうと言って颯爽と立ち去っていった。

 その翌週、新潟営業所の送別会の時が来て、また仲間と別れる事なった。

 これがサラリーマンの宿命だと強く感じる北島だった。

 特にスナックあゆみのママが、別れ際に、北島に言った、

あんたは「女に気をつけろ」の言葉が胸に突き刺さった。

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