雪国転勤編2話:雪女が山から下りてきた
新潟の短い夏が過ぎ秋風が吹き、やがて十一月になると時雨れてきた。
新潟内陸の峠道は雪が積もりはじめる。
そのため雪用のタイヤで出かける日も多くなった。
いつもの様に、長岡、小千谷、十日町と、まわり近くのスナックで飲みながら
夕食をとった。定宿のホテルに帰りシャワーをあびて寝ようとした時、
トン・トンとドアをノックする音が聞こえた。北島は落ち着いた声で、こんな時間
に誰ですかと言うと女の声で私よ私。
誰と言うと、とにかく寒いからドアを開けてと言うではないかドアの小窓から
覗いて見ると目を疑った。スナックの女だ。ドアをあけて中に入れてよ。
何だよ藪から棒に小声だが、ちょっと怒った声で言った。
なーにね、あんたが店に来てから気になってしょうがなかったんだよ。
だから、あんたの定宿を調べて来たって訳さ。早くドアを開けなと言った。
その勢いに負けて部屋に入れてさっとドアを閉めた。
だから何の用だよ。女は何、野暮な事言ってるんだよと言うだけだった。
今、亭主が出稼ぎにいって一人ぼっちで寂しいんだよ。
だから、こんな夜は無性に切なくて寂しいだ。北島は、なんて答えたら
良いか迷って、ぼー、としていた。そんな事には、お構いなく女は
北島の胸に飛び込んできた。
その後の事は、ご想像の通り逢瀬を楽しんで時間が過ぎていった。
また来るから、一緒に楽しもうと、あっけらかんと言った。
シャワー浴びさせてと言い、そそくさと帰って行った。
とんだ雪女の出現だ、喜ぶべきか怖がるべきか・・ 。
数日後、新潟に戻って久々にスナックあゆみに顔を出した。
あら久しぶりとママの声、ヒトミも声をかけた。今日は一人なの。
久しぶりにママの顔を見たくてと言い北島はニヤッと笑った。
飲み始めてママは彼の顔を見て何かあったんでしょ! 違う?
鋭いなママ、大きな声では言えないけど、ちょっとねと言った。
いたずらっ子みたいな笑顔でかえし、そして隅の方の席へ移動した。
北島はママ、俺の事、所長に女難の相があるって言ったんだって!
嫌だ、もうしゃべったの口の軽い人ね。実はママ、数日前に雪女が出たんだよ
と話した。えー、雪女・・ あー怖い。どこでの話、聞かせて聞かせて・。
先日のホテルのでの出来事を話すとママは腹を抱えて笑う笑う。
良い思いしたんだね。それも、タダで・・。笑い転げる状態で涙を流しながら
大笑いしてた。ママがひきつる声で、それで相談て何なのよ北島が新潟で、
こんな話、以前聞いた事にあるとママに質問した。まだ笑いが収まらないママが
ウソ! そんな話、聞いたことないわよとまた大笑いした。みんなに見られるのが
嫌だから、そんなに大笑いするなよと言った。
だって北島さんが突拍子もない面白い事を言うからよ。
北島は姿勢を正してどうしたら良いかなと再度相談した。
ママが、まだ笑いながら北島さんは、どうしたいのよと続けて、その女が
良かったら続けたら良いし、どうしても嫌なら他の町にホテルをとって
会わない様にしたらいいのよと言うのだった。
北島は、どうしたら良いか、わかんないから相談しに来たんだよと強く言った。
ママが、わかった真面目に話を聞こうと座り直した。
昔は、冬場、山間地の農家で食えないから男は出稼ぎに行ったもんだ。
今でも貧乏な農家の奥さんが小料理屋やスナックで働き旦那は都会へ
出稼ぎという事はあるみたいだよ。
ただ大家族が多く不倫みたいな事は、あまり聞かないよ。
多分これは想像だけれど、その女は子どもがいなくて、ご両親と同居してない
珍しいケースなんじゃないかな。いい女だったら上手くやんなよ。
ただし、あなたの奥さんが知ったら大変な事になるよ。
それを覚悟なら楽しみな。ただ夜の逢瀬だけにして決して町中で仲良くしちゃ
駄目だよ。田舎の町では噂が命取りになるんだよ。
皆にばれたら、その女は、その町にいられられなくなるんだよ。
そこんところを十分に注意しなよ。
北島は、わかったと小さく頷き、この話は絶対に他言しないでよ念を押した。
わかったよ、この商売やって長いんだよ、そんな事は十分承知だよと言った。
北島は、やっと胸のつかえが取れて、ため息をついて足早に店を出た。
それからは毎回注意しながら、その雪女との逢瀬を楽しんだ。
正月があけ、また仕事がはじまった。
ところが十日町では例の雪女さんが急に来なくなった。居場所もわからず数週間
が過ぎた。スナックに久しぶりに顔を出したが女はいない。
スナックのママに聞くと何か事故にあって休んでいる様子だった。
気にせず、いつも通りの仕事を、せっせとこなす北島だった。
一月の末、厳寒期、十日町の病院を仕事をしてる時に廊下をあの女が松葉杖を
ついて歩いているではないか。その時は声をかける事もなく軽く会釈する
だけだった。後で聞くと年末に車がスリップしてきたて彼女にぶつかったそうだ。
全治1ヶ月で、膝の直りが良くないらしい。
自宅に帰っても一人なので長期入院となった。
厳寒期の新潟の峠道は凍結の心配があり今年は特に寒い。
そのため十日町から六日町までの移動は発荷峠を通らずに遠回して移動した。
振り返ってみれば歓迎の時に山下先輩が言った。
ここは都会みたいに甘くないぞ冬になれば良くわかるはずだの意味が身に
しみる北島だった。三月になり、また例のスナックへ顔を出すと、あの女がいた。
うれしそうに、こっちを見ていた。隣に座り事の顛末を話してくれた。
交通事故にあい怪我をしたのだが幸いに加害者が良い人で費用全額と見舞金を
出してくれたと言うのだ。退院の時も家まで車で送ってくれた様だ。
確かに新潟の人は優しい人が多い気がする。また久しぶりの逢瀬の時には
離れて時間の長さに比例する様に、燃えるのだった。
帰る時の顔には赤みがさして、うれしそうだった。
何か良い事してあげた様な妙な気持ちになった。
雪解けのシーズンが、また大変で新潟の雪は水分が多く、はいている靴が、
びしょびしょになり嫌な感じだ。峠道では、しばしば小さな雪崩も起こる。
山道はゴールデンウイークに開通し通れるようになる。
雪が消えると、あの雪女も消え、今度の雪の到来まで、お別れとなる。
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