営業編4話:厚木、相模原地区を担当
そして三年めに入り、大学病院一つと県立病院四件、市立病院五件、
中小病院六件、開業医十件と合計二十六件を担当した。
最初にMS大学病院から話を始めよう。この病院はライバルメーカーの
攻勢が強く当社は常に劣勢に立たされていた。
そこでとにかく当社に好意的な先生づくりをめざして行動していった。
最初、テニスの上手な木下先生とテニス仲間の吉崎助教授、石田講師が、
週一回程度、テニスの試合をしている事を突き止め、仲間入りをめざした。
そして木下先生と吉崎助教授を核に攻略の糸口が見えてきた。
それに医局長、講師、助教授で教授でパソコンに興味を持つ先生を捜した。
意外な事に岩下教授と宇都宮講師が興味をもっている事がわかった。
特に宇都宮講師は米国の学会で米国人の友人が多く最先端の情報をもっていた。
宇都宮講師は北島がパソコンをやっているのに驚いて、いろんな情報をくれた。
特にDBⅡ(データベースⅡ)のデモソフトを見せてくれて、
その概略を教えてくれた。
それから、北島のデータベースとのつきあいが始まった。
そしてMS大学病院に、医療情報センターが開設され、宇都宮講師が、
そこのスタッフ達と、つながりがあり、紹介してくれた。
それが更に、パソコンの知識を深める上で非常に役立った。
その他、当社はスポーツ医学に関連している関係で医療用の学習の為の
十六ミリ映画を作成していた。
スポーツ医学の日本の黎明期、MS大学は、先進的なスポーツ医学を
実践していた。
その勉強のために、定期的に、パラメディカル(医療関連従事者)
スポーツコーチの勉強会を実施していた。その責任者が、尼崎助教授だった。
北島は、その勉強会時の食事の差し入れをしていた。
持ち帰り寿司が、お好みであり、両手に持っていくのだが、重くて大変だった。
MS大学はスポーツに科学的トレーニングを取り入れ、競技スポーツに医学を
包括的に、取り入れた最初の施設だった。
スポーツ選手とスポーツ障害のリハビリとか練習直後のアイシングの具体的な
方法を研究していた。1980年に全日本選抜体重別選手権で山下泰裕選手が、
決勝で遠藤純男選手の「蟹挟み」という技で下肢(腓骨)を骨折して
MS大学病院に入院した。
その時に尼崎助教授が北島に、おまえ柔道やってなと聞くので、
はいと答えると、山下に会いたいかと、笑いながら言うので、
もちろんと言うと、何と、こっそり病室で、会わせてくれた。
そして、色紙にサインまで、しっかり、もらったのだ。
北島は天にも昇る気持ちというのは、こういう気持ちを言うのだろうと、
思う位、舞い上がってしまった。
山下泰裕さんは謙虚で、やさしい、素晴らしい人格の持ち主だった。
また、「九年間無敗二百三連勝」の柔道の神様である。
この思い出は、もちろん一生忘れない。更に、この年に北島に彼女ができた。
彼女の父が、ある建築企業の社長で住む世界が違う同士で当初、先方では、
かなりの反対があった様だ。婚約時に仲人役の横浜の営業所長が本当に
結婚してもらえるのかと言う程、難しかった。
しかし彼女の強い意志により、結婚できた。結婚式は、横浜中華街の
中国料理で有名なホテルで行った。
以前勤務していた千葉の工場長や関係者、彼女の会社、彼女の父の関係の
政治家など、数多く出席してもらい盛大に行われた。
次に、特に印象に残った馬の合った先生の壮絶な死について書くことにする。
多くの人がいると、必ず、馬のあう人と、あわない人がいるのが常である。
北島にとって馬のあう先生は、TK大学病院の松下医局長だった。
彼は、強面だが、その言動とは違い、非常にやさしい心の持ち主。
北島が暗い顔をしていると、どうした元気ないじゃないか、また会社で、
叱られたのか、彼女にふられたのかと声をかけてくれた。
たまには旨いものでも、食べに行こうと病院内の最高のレストランに連れて
行ってくれ生まれて初めての、いオニオングラタンスープをごちそうしてくれた。
帰り時に金を払おうとすると接待をしてくれと頼んでないし、お前はまだ若く,
給料も少ないから俺が出すと全部おごってくれた。
おまえが出世して偉くなったら、おごってもらうかもといった。
この医局長にはピンチの時にも、おまえのライバルが頑張っていて負けそうだぞと
笑いながら重要情報を手短に教えてくれたりもした。
その時は数年後に、この松下医局長と悲しい別れが来るとは夢にも思わない
北島だった。ある年、この医局が全国○○学会の幹事大学になった時の事。
幹事大学であるMS大学では、松下医局長が幹事となって、
実務全般を取り仕切るのが通例になっていた。
松下医局長の顔色が悪くなり、入院する事になったのは、その翌月の事だった。
体調が悪く、動くと、すぐ疲れてしまう。
そこで医局のある階の特別病室に専用電話とつなぎ学会の幹事としての
役目を果たす事となった。お見舞い行こうにも面会謝絶で行けなかった。
それでも人目を盗んで会いに行った時は笑いながら、お客さん、ここは面会謝絶
でっせ、こられたらあきまへんと精一杯、笑って言った。
それを聞くと悲しく胸がつまる思いがして、こみ上げる涙を、こらえるのに
必死な程だった。
テニスで仲の良い木下先生が、北島に、そっと松下医局長には会うなと
言うので、相当具合が悪い事を察した。
そして半年後、その学会は横浜で開催され大成功に終わった。
終了の翌週、松下医局長が突然、昏睡となり二日後、帰らぬ人となった。
後で聞いた話によると医局全体で松下先生のカルテを全部すり替えて、
わからない様にしていたが、松下医局長は、うすうす、自分が癌に、
おかされているのを知っていた様だった。
面会謝絶後も人目を盗んでは松下医局長の病室をこっそりとたずねていた。
最初は、冗談を言っていたのが体調が悪い時は悪いが、
そっとしておいてくれと言うようになった。
そのうちに寝ている日が多くなり、やつれて、激やせしているのが目につく様に
なりはじめた。
元々、大柄でがっちりした体型なので、その変貌ぶりは驚くほどだった。
もちろん葬儀には参列させてもらった。葬儀委員長の岩下教授が学会での
医局長の奮闘ぶりを語り、また残された妻子の事に、ふれると、会場から、
嗚咽と、すすり泣きの声がしてきたのだ。
残された若い奥さんと小学校に通う、お姉ちゃんと、弟の二人の子供さん
の姿が参列者の涙を、より一層、誘うのだった。
北島も、もう泣かずには、おれず周囲の目も気にせずに、大声で泣いた。
この仕事を始めて、こんな気になった事は今までにない経験。
この出来事、以降、医局全体の北島と当社に対する反応は非常によくなり
ライバルメーカーの担当者を交代させるほど実績が伸びた。
その他に、個性的なリハビリ病院の思い出を書く。
神奈川は意外に知られていないが医療、福祉にに対して力を入れている住民に
優しい県である。
県立リハビリセンターは当時実質的にリハビリ会のリーダー的な病院であった。
全国から優秀な方々が来ている。北島は担当、当初、医療関係の知識の
幅を広げる為に、ここの先生達の、部屋を訪ねた。
学校の教室みたいな机の配置で、リハビリ部長が先生の机で、その他は
対面して前から役職順に机が配置されていた。
そして毎日、闊達な議論や症例検討をしていたのである。
当時からリハビリを必要とする患者について担当医師と
リハビリPT(理学療法士)OT(作業療法士)が、
チームを組んで治療にあたるシステムを日本で最初に行っていた。
そして我が社は、このリハビリについての学術映画を作成しており
ここのリハビリ室の,勉強会に活用していただくようになった。
当時、リハビリの学術映画を企画して所有している会社は、
ほとんどなく医療関係者に大変、重宝がられた。
また我が社もリハビリに関連する医薬品を発売していた。
その後、リハビリ部の忘年会、納涼ビール・パーティ、新年会など、いろんな
行事に参加させていただいた。
ここには日本のリハビリ学会をひっぱっていこうと言う気概と、多くの若手の
情熱が、ひしひしと感じられた。
そして、ラグビーの名選手、大八木選手とは、巨人の有名な選手の現場復帰の
ためのリハビリも、行われていたのである。
若い人の交通外傷の後のリハビリにも積極的であった。
御巣鷹山・日航ジャンボ機墜落の時に奇跡的に助かったスチュワーデス・
落合由美さんのリハビリも、ここで、長期に行われて社会復帰していったのだ。
神奈川リハビリ病院は、医者の紹介のみで一般診療をしていない事もあり、
仕事のしやすい病院だった。
特に、ちょっと変わり者の羽田医師とは馬が合い、親しくしてもらい、
仕事にも貢献していただいた。
また違う大学出身の向田医師とも非常に親しくしていただいた。
彼の情報は気むずかしく入り込みにくいとの事で我が社でも、親しくしている
者が一人もいないという難しい医師であった。
しかし北島の性格も、ちょっと変わっている所があるのか、こういった
個性的な性格の先生に好まれる傾向があるのかも知れない。
それらを生かして、業績も、以前の数倍に伸ばす事ができた。
仕事も好調で昨年の新人賞に続き今年は業績で全国表彰の栄誉に輝いた。
こんな人生で最も好調な時に意外な事が起こるのが常である。
北島も例外ではなかった。それは年末の新潟への転勤辞令。
これには納得いかず営業所長に何故ですかと抗議した。
すると君の実績が評価され欲しがる営業所が多くなったの、
だから栄誉だと思うべきだと反論された。
これは後でわかった事だが札幌営業所から強烈なオファーがあった様であった。
しかし新婚早々、可愛そうだからと営業所長の判断で、お誘いのあった中で、
一番近い新潟にしてくれたそうだ。
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