青春編4話:高専時代、家庭教師をした思い出

 次に北島が家庭教師をした時の話をしよう。

 高専の合格のお祝いに母の叔父さんが庭に六畳のプレハブを建ててくれ、

 北島専用の勉強部屋として使った。そこで家庭教師をする様になったのだ。

 家庭教師に対する要望は大きく分けて二つだった。

 一は、人並みの学力まで引き上げて欲しいと言う事。

 二は、良い学校を目指している子供を希望校に合格させる合格請負人。

 北島の場合、一の子・人並みにが三人で、二の子・良い高校へが四人だった。

 面白いのは一のケースなので書く事にする。

 最初に来たのは、中一の女の子で、とにかく集中力がない。 

 五~十分で疲れてきて、すぐやる気をなくす。

 彼女には、まず問題集をやらせて、その後、教える様にした。

 問題集を解いてる段階で、できなくなると、すぐ、わかんないと言い、

やめてしまうのだ。

 そこで北島が、月謝もらってるのだら、もったいないよと、

毎回、言う事になった。

 でも彼女が払ってるんじゃないから関係ないというのだ。

どうしたら良いかと困っている時、彼女が、沢田研二の大ファンである事が

わかった。

 そこで沢田研二は馬鹿は嫌いだよ、やはり賢くて、

きれいな子が好きだと思うよと言った。

 それに対して意外にも沢田研二に好かれる為なら、勉強しようと言い始めた。

 その後は問題集を真剣にやり続けた。

 それと共に問題を解ける様になってきて、自信を持ってきた。

 そこで良い会社に入って多くの給料をもらって、沢田研二(ダイガース)の

追っかけでもしたらいいんじゃないというと、真面目に、それいいね、と言い、

良い高校、良い企業を目指すと言い始めた。

 これには、さすがに驚かされた。数か月後クラスで十番になった。

 その後、この地区の二番目の普通高校に入って近くの銀行に勤めて結婚した。

 もう一人印象に残っているのは加藤君と佐藤。

 彼らを同じ時間に教える事になった。加藤君は数学以外が苦手で記憶力が

弱かった。一方、佐藤さんは、逆に記憶力は強いが、数学が大の苦手。 

 そこで加藤君に歴史の記憶問題を出して、制限時間が終わった時に

答えてもらう様にした。

 やはり半分位の正解率が続き、改善しなかった。

 佐藤さんは方程式が苦手で問題を出すと、最初は、すぐやる気を

なくしていたが、ある時から急に正解率が高くなった。

 なんと、北島が気が付かないうちに、答えをさっと見て覚えていたのだ。

 二人の成績が向上しないで困っていた時、佐藤さんが、加藤君に

あんた馬鹿だね、なんで、そんなの覚えられないの、覚える気があれば、

簡単に覚えられるでしょう。やる気がないからよと言い始めたのだ。

 これには加藤君が腹を立てた様で真剣な顔で覚える様になってきた。

 その後、二人は仲良くなっていった。

 そして地区では中程度の同じ高校に入って、お互いに仲良くしていた。

 卒業後、彼は大学へ彼女は近くの企業へ就職した。

 ある日、二人に子供ができてしまい、結婚し、引っ越していったのだった。

 もう一人の二のケース、下島君。とにかく答えを違える子だった。

 例えば間違える確率と間違えない確率で圧倒的に間違える確率の方が

少ないケースでも堂々と間違え続けた。

 英語の所有格と目的格の変化の問題では大抵、数回、間違えた後に

覚えるケースが多い確率的にも間違える方が難しい。

 それを何と間違えるパターンを全部答えてくれた。

 これには流石に、よく全問、間違えたと、ほめたい位だった。

 多分、教えている北島にも全問不正解の答えを述べる方が、よっぽど難しい。

 つまり、確率的には超難問の問題に全問正解した

のと同じ位,難しい事なのだ。実際に出題した問題は左の通り。

 この問題の不正解の組み合わせ全パターンを答えてくれた。

 出題した問題を具体的に言うと、英語の所有格と目的格の変化。


 アイ  マイ  ミー  マイン

 ユウ  ユアー  ユー  ユアーズ 

 ヒー  ヒズ  ヒム  ヒズ  

 シー  ハー  ハー  ハーズ 


 ファンタスティック! 北島は、すげー彼は天才だと心の中で叫んだ。

 ただ彼は冷静な子で、純朴で非常に性格が良く人の話をちゃんと聞く子だった。

 そこで彼に冷静に話す事にした。

 北島は勉強が好きで興味あるのだが下島君はそうではないらしいと言った。

 また北島は不器用で、気が短くてドジな所が欠点だと言った。

 下島君は、どうだと聞くと彼が言うには本当の所、勉強は興味がないと言った。

 そこで下島君は何に興味があるのかと、聞くと工作が好きで、いろんなものを

作り上げるのが好きです、と答えてきた。 

 彼の父親が畳屋をやっていたので継ぐ気はないのか聞くと、

その気がないと答えた。

理由を聞くと、仕事がきつい割に収入が少ない点、休みが不定期で、サラリーマン

の様に土日休みではなく、また、格好悪いので女の子にもてない。

 それにボーナスも、昇給もないと冷静に分析していた。そこで北島が畳屋は

誰でもなれる訳でもない、師匠について修行しないとできない。

 またお客さんに信用されないと商売にならないと話した。

 ただ、畳屋もやり方をかえて、注文を増やす努力をすれば、儲かる可能性が

高くなるのではないかと言った。

 確かに、そうかもしれないと言ってきたのだ。

 彼の近所に、軽トラックで団地をまわって御用聞きをして儲かっている

若手の畳屋もいるとい言った。

 それだよ、下島君は手先も器用だし、気が短い事もないので畳屋にすぐ

なれるんじゃないかというと家が畳屋だから、その気になればねと言った。

 下島君は無理して勉強するよりも、それで稼いだ方が早いんじゃないかと

伝えると、そうかもしれないと言いだした。

 翌週、彼は母親と挨拶にきて、家庭教師を受けるのを辞めて、中学卒業したら、

父親を手伝って畳屋になると決めたと言った。

 北島が、その方が向いてるかもしれないと彼の母親に伝えた。

 今迄、格好悪いとか儲からないとか文句ばかり言って畳屋を馬鹿にしていたが、

急に儲かる畳屋になるよと、言いだしたと言うのだ。

お母さんから北島さんが、人には向き不向きがあり向いている方を選んだ方が、

合理的だと言ってくれた為、息子が、その気になった様だと話してくれた。

 そこで北島が若い子には先入観だけで好き嫌い、かっこ良い悪い、

儲かる儲からないを決めつける事が多いので、自分にとって成功し易い道を

選ぶ事の方が重要な事だと話した。

 その後、彼の持ち味の人なつっこい笑顔で、多くの新しいお客さんをつかみ、

彼の畳屋も繁盛してる様だった。

 また、たまに道を歩いていると軽トラックに乗って仕事に行く彼に会うと

吹っ切れた様な、充実した笑顔が、頼もしく思えた。 

 二のケース(良い高校へ)の子の、一人は北島と同じで工業系をめざして、

なんと北島と同じ学校の機械科に無事入学できた。 

 彼は、元々できる子で、やる気に火をつける事で自ら成長していった。

 ほめるたびに喜んで、えくぼが現れるのが印象的だった。

 もう一人は、元々、非常に頭の良い子で、北島が厳しく自分に甘えるな、

常にトップをめざせと言い続けた。

 お前の能力のわりに成績が良くないな、手を抜いてるんじゃないかと、

げきを飛ばすたびに、にらみ返してきたが

 最後は中学校をトップの成績で卒業し、高校も県内トップ高に入学し、

日本でトップと言われてる東京大学に入った。

 北島の住んでいた市営団地では、彼だけが、東京大学に合格した。

 これは、家庭教師・冥利につきる出来事だった。

 家庭教師って子供の興味を引き出して本当にやりたい事を明確にしてやる事で

成長していく事を改めて子供達から教えられた。

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