青春編2話:市営住宅での生活
その頃、北島の母が横浜市の市営住宅に何回も応募し、それが遂に当選した。
当選した団地は横浜市北部にあり停車駅からバスで30分の新しくできた
市営団地。家賃は月5千円と記憶している。
木造平屋2DKの木造二軒長屋で生まれて始めて風呂付きの家で感動した。
小学校は家から徒歩30分で地元の農家の子供が多かった。
その中で小学校の近くの大地主の息子と仲良くなり、彼の家で仲間達と
家の中を走り回っては、家の人に怒られていた。
ただ仲間は非常に仲が良く脳天気な連中でいつも楽しかった。
たまに小学校の廊下のガラス窓から仲間で昼食後逃げ出して近くの原っぱへ
行き遊び回っていた。
ある時、友人と通信簿を見せ合った事があり北島、おまえ頭いいんじゃん。
だって通信簿1と2ばかりだぞ。
かけっこでも1等、2等は、良いと決まってるんだからと明るく笑っていた。
しかし実際は逆で家でも学校でも、馬鹿だねとか役立たずとか、
言われる毎日だった。
特に音楽の時間は先生に歌を歌う様に指示されても、
嫌と六年間一度も歌わなかった。通信簿が一になるのも当然だ。
図画の時間も最悪。
絵を描けといわれたので山に夕日が落ちる絵を描いた。
しかし真っ赤に見えたので、迷わずに赤一色で全部塗ってしまった。
ところが鉛筆で書いたはずの山の輪郭が、全く見えなくなり、
ただ画用紙を赤く塗っただけになった。
この絵を見た図画の男の先生が、怒りだし馬鹿にしてるのかと北島を殴ったのだ。それ以降、今後、一切、絵なんか書くもんかと心に決めた。
最後には親が学校に呼び出され教頭先生に、こんな子は早いうちに、
何とかしないと不良になるかも知れないか
とか馬鹿だから中学生になれないと脅かされるのだった。
しかし何故か仲間達は中学校へ無事入学する事が出来た。
ただ一番の親友だった大地主の息子はKO中学という私立の名門校に
入学していった。
その後、その大学の医学部に入り外科の先生になった様だ。
確かに彼は家庭教師が付いていたし、もともと賢かった。
いたずらのシナリオは全部、彼のアイディア。そして四月に家から
二十分の中学に入学した。
中学校は出来たばかりで鉄筋の真新しいクリーム色の校舎。
当時、新品の学生服で通ったのが特にうれしかった。
やがて中学に入り、お医者さんから運動禁止が解除され北島は陸上部に
入り減量のため毎日2キロを走る事にした。
そのおかげで体重は70から60キロへと半年で減量できた。陸上部で
走り幅跳びの選手になったが、区の大会で八位と平凡な成績。
勉強は依然として苦手で親の方が真剣に悩んでいた様だった。
それを見かねて母が、近くの友人の娘さんの横浜市大合格の話を聞いて
家庭教師を頼みに行ったのだ。
その娘さんの都合を電話で聞き、空いてる時間にお宅へ行き一時間だけ
教えてもらえる様に頼んだ。
先生はまず北島に英語でも数学でも何か興味のあるものを探して
徹底的に勉強すれば、他の事もわかってきますからと言った。
彼女に言われた通りするると、英語は日常英会話が好きになり、
一生懸命に暗記していった。次に数学では方程式に興味を持ち特に力を入れた。
国語では小説を読む事が好きになり多くの本を読みまくった。
先生が読書家でトルストイ、ドストエフスキー、ショーロホフなどを
読む様すすめてくれた。
そして先生の持っている本を無料で貸してくれた。何もわからず
言われるままに、戦争と平和、アンナカレーニナ、(トルストイ)、
罪と罰(ドストエフスキー)を読んでいった。
その中でも印象的だったのは静かなるドン(ショーロホフ)
特に第一次世界大戦・ロシア革命に翻弄される黒海沿岸のドン地方に
生きるコサック達の、力強くも物悲しい生きざまに感動した。
内容は頭脳明晰ではあるが貧しい元大学生ラスコーリニコフが一つの
微細な罪悪は百の善行に償われる
「選ばれた非凡人は新たな世の中の成長の為なら社会道徳を踏み外す権利を持つ」
という独自の犯罪理論をもとに金貸しの強欲狡猾な老婆を殺害し金を奪った。
金で世の中の為に善行をしようと企てるも殺害の現場に偶然居合わせた、
その妹まで殺害してしまう。
この思いがけぬ殺人にラスコーリニコフの罪の意識が増長し苦悩する
と言うストーリーだった。
とにかく中学では先生の持ってる本を片っ端から読みあさった。
そして感想を求められのだが、最初の感想は、だたスゲーだけで、誠にお粗末。
最後に印象に残ったのがフランソワーズ・サガン「悲しみよこんにちは」
1954年に出版された作品で主人公の新鮮な感性に感動した。
多くの本を読む様になり社会・政治、経済に興味を持ち始めた。
不思議な家庭教師だった。
先生は家庭教師をするのが初めてで先生の経験を、そのまま北島に伝えた
だけだと笑っていた。
最初、家庭教師の時間は北島のわからい所を教えてもらっていたが、
その内に先生の興味を持った話題とか入試の経験を聞く時間が増えていった。
勉強すればあなたの未来が切り開かれていく様になるので頑張んなさい。
この一言がズシーン北島の心に響いたのだ。
北島にとって未来を切り開くという事は何と言っても貧乏生活からの脱出。
これで目的が明確になった。
ハートに火が付いたのが中学二年の初め、それから運動部もやめて
一心不乱に寝る間も惜しんで古本屋で買った問題集を使い徹底的に勉強した。
そんなある日、化学の実験で二つの試験官の透明な溶液を混ぜると、
黄、赤、青色に突然、変化。
これが北島の頭の奥にあった興味の泉の栓を抜くのに十分な出来事だった。
何だこりゃ、なぜ、なぜ、なぜだ!
北島は、この時、化学をやることを心に決めた。
非常に単純な北島の頭は即決した。次は具体的に将来の事を決めねばならない。
家に帰り母と相談すると案の定、今の実家の経済状態では高校から大学へ
通わせる事ができないと言われた。
つまり中学卒業後、残り一回の勉学のチャンスしかないという事だ。
そこで工専に行くしかないと決めたのだった。それも奨学金を取るという
条件付きで両親の了解を得た。
当時、加速度的に成績が上がったとはいえ最初の出発点が低かったため
工専に合格するのは簡単ではなかった。
この作戦を思い立ったのが中学二年の夏。その後は睡眠時間、四時間程度で、
とにかく集中力を最大限にあげ、エンジン全開で勉強していった。
ただ、眠くなったら無理せず短時間の仮眠を心掛け集中力を切らさない様にした。
中学3年になり入試前の最終テストで、めざす工専に入れる確率が
70%となった。
そして、雪の入学試験の日を迎えた。めざす工専は家からバスを乗り換えて
六十分かかる。道路が混んでる時は九十分以上もかかる。
実際の入学試験では、かなりできた自信があった。
更にその頃から高専の人気が下がり始めた事も幸いして意外にも、
化学科で二番目の点数で合格した。
そして工専の奨学金も何とか手に入れる事ができた。
これには、もう天にも昇る気持ちで通学したのは言うまでもない。
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