鈴桐ポーション
私の名前は「与子」という。これ、「とこ」って読むんだよ。初対面の人には絶対に間違えられる。この名前でいいことがあったのは、漢文の時間くらいだった。与えるって、なんだか偉そうな感じで私はあんまり好きじゃないんだけど。
だから、私はこっそり「あげる」って意味だと思っている。そっちの方が、柔らかくて好もしい感じがするもの。
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「あれ? お姉ちゃん、また新しいチョコの袋開けてるの? この前おニューの開けたばっかじゃん。お母さん怒るよー?」
台所の戸棚に目を通していると、妹の預子がフリーザーからアイスをくすねに来た。
私が与子。妹が預子。
与え与る子に。預け預かる子に。
そんな願いを込めた名前だとお父さんお母さんは言っていた。
私も素敵な意味だと思う。姉妹で紛らわしくなければ一番よかったんだけど。
「いいんだよー、マッカーサーにあげるお菓子なんだからー。喜捨だよ喜捨、ぽっぽー」
「そうだねー、お姉ちゃん、すっかりのぼせあがってぽっぽーだもんねー」
「茶化すみたいに言っても効かないよ、お姉ちゃんはアルミのハートをしてるから」
「強いんだか弱いんだか分かんないよ」
「アルミはチョコを守る大事な役割を果たしてるんだよ?」
さすがにお城のてっぺんは守れないと思うけど。
預子は食卓の椅子を引いて、その上に行儀悪く胡坐をかいた。
「どうしてそんな偏屈なのがいいのかねー」
外袋を剥いてソーダアイスに歯を立てる。
しゃうっ。
あたしには分かんないわ。
「お姉ちゃんは占領軍総司令部最高司令官様に身も心も占拠されちゃって」
「失敬だな、心はともかく身はまだだよ」
「はいはい、いいのいいの。想い人にあてられて髪を伸ばし始めたのはどこの誰でしたかねー?」
「うぐ――」
そうだ。
マッカーサーが読んでいた小説。
「好きなの?」
「何度読み返しても飽きんな――これで何回目だか見当もつかん」
この気丈さにな、心打たれるものがあるんだよ。
流れるような長髪がトレードマークの村娘を評してそう言っていた。
それに私を重ねるわけじゃないけれど。
「あった――これだよ」
お母さんは滅多にブラックチョコだけなんて買って来ないから、全種類入りのアソートパックだけが頼り。よかった。今週の分はなんとか足りそうだ。私の家ではおこづかい制が採用されてないからちょっと後ろめたい感じになっちゃうけど、この埋め合わせは洗い物とかお洗濯でさせてもらおう。
背に腹は代えられないし。古文で、背に恋人や夫っていう意味があることを知った。そう、背に腹は代えられない。たとえ甘いものが別腹だとしても。
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そういえば、マッカーサーは学級委員長になった時(無形の流れで押し付けられた時)、点呼で私の名前を一回で正しく読んでくれたんだっけ。あれ、どうしてだったんだろう。もしかして、「とこ」と「チョコ」が似てるから? 考え過ぎかな。
私は、髪があんまり真っ黒なのもちょっと嫌だった。周りの皆は綺麗だって褒めてくれていたけど、私はもうちょっと茶色っぽい方がいいなー、とか思っていた。
今はもうそうでもない。
マッカーサーがブラックチョコを好きだって言うから。
「いいじゃないか、黒。流されない芯のある色で」
夜空も黒だ。黒いから、光が映えるんだろうな。
マッカーサーはきっと、打たれ強いものが好きなんだろう。明日もあの後輩くんと正門に立って、頑張るに違いない。
きっかけなんて、どんな些細な事でもいいのだ。
チョコだって、一欠けで十分甘い。
私にとってそうであったように、マッカーサーにとってもそうであればいい。
私はその日の夜、週に何回までなら忘れ物をしても不自然じゃないのか、ベッドの中で必死に考えていた。
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