番外編
番外編 「懐中時計」
「我愛しきマリア」の一人でもあったメィリア。彼女は、老衰は勿論、怪我や病気、不慮の事故による死がない
だが不幸にも、彼女はそれらから逃げるための術を持ち合わせてはいなかった。
在るのは長年の記憶と、今の世では既に力を失いつつある精霊や妖精とに結んだ縁のみ。無数の敵意、無数の暴力、無数の妬み。それら全てから逃げ果せるには、あまりにも欠けすぎている力だった。
少なからず「我愛しきマリア」の一人である彼女を救済しようと、我は力を貸してはいたが、彼女はそれ以上の明確な理由を、欲しがった。
我がメィリアに対して力を貸す理由としては、彼女が「我愛しきマリア」の一人であるからに他ならない。何しろ我にとって「我愛しきマリア」とは手を貸すに値する、すばらしき少女なのだから。
しかし、それを手放しで喜び、利用し尽くすことの出来なかったメィリアは、我が自らに手を貸す理由や、我に見放されないようにするための、確固たる理由を求めた。
その一つとして、彼女は我との共感を生み出そうと、父親であったペチュニアと同じ因子を持つ子供たちを拾い、我がメィリアに対して行っているのと同じように見守ろうと努力していた。
当初こそペチュニアと同じ因子を持つ子供たちの手綱を握るのに手間取ってはいたが、数をこなせばこなす程、飴と鞭を上手く使い分け彼らを手懐けていっていた。それこそ最後のペチュニアともなれば、彼女の意のままに動く傀儡と大差ないほどに。
我としては「我愛しきマリア」を傀儡として扱うつもりは毛頭ないのであるが、この様が、メィリアが我に抱いている印象であるのだ。と、少しばかり反省したのは記憶に新しい。
我はただ、「我愛しきマリア」たちを見守っていたいだけなのだ。だが、当の本人からは“そう”見られているのだということは、我は無意識的に彼女たちを理想の「我愛しきマリア」へと作り変えようとしていたのかもしれない。
何十もの「我愛しきマリア」を見守る中で、歪みつつあった彼女たちへの接し方。それを自覚し、今後そうならないようにするためには時に、客観的な視点も必要なのだと今更ながらに知らされた。
そんな、我にとって有意義な物事を教えてくれたメィリアであったが、彼女は結局のところ最後の最後まで我を信用することはしなかった。
信頼こそ、してはいただろう。だが、信用はしていなかった。
人間のこころとは、思考とは、難解である。
自らを傷つけることは勿論、絶対に守ってくれる何者かが居るのであれば、その者を信用し尽くしても良いものを……。
かつてとある世界を蹂躙しつくした魔王として、悪魔の一柱として。侵略することのできない人間のこころの在り方に、僅かに逡巡する。
「我愛しきマリアよ……」
かちゃり、と音を立てながら掌を解けば、その内から懐中時計が一つ現れる。
蓋にペチュニアの花の細工を施した、ピンクゴールドの懐中時計。酸化による変色は勿論傷一つ見つけられないソレは、「我愛しきマリア」の一人であったメィリアの、我を最後まで信用することのなかった彼女の、成れの果て。
国中、否、世界中の人間すべてに追いつめられた彼女は、終わりのない自らの未来に絶望し、そして痛みを感じることのない“物体”へと自らを作り変えた。以来彼女はこの懐中時計の姿から、ヒト型へと戻っていない。
蠱毒で生き残り、この世を侵す毒と成ったにもかかわらず、その力を発揮することも、世界を呪うこともなく、彼女は無害であり続けた。
手元の懐中時計を開けば、その針先は動いていない。中の歯車たちが懸命に回っている音は聞こえるが、秒として刻まれることはない。
時計としての機能を放棄した、ただのガラクタ。
だがコレは、メィリア同様に、傷や腐食、変色を受け付けない永続的な代物だった。しかも、この懐中時計を持っている者もまた、その影響を受けるようで、傷ついたりすればそれ以前の、適度な時間へ巻き戻ってしまう。
我にとっては不要であるが、今後出会うであろう別の「我愛しきマリア」にとっては、有用――そんな代物だ。
パチン、と懐中時計の蓋を閉め、再びそれを掌で握りこむ。そして、我は我の、「我愛しきマリア」を探すため次元を渡る支度を始める。
嗚呼。願わくは、願わくは。
次のマリアもまた、すばらしき少女であらんことを。
動点PのMaria 威剣朔也 @iturugi398
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