年上の女の子に。②

「異性のどういった行動にぐっとくる?」


 場が盛り上がってくるにつれ、人の心の領域に踏み込んだ質問が飛んでくる。


「ぐっとくる動作ですかー」

「壁ドンとかどう?」


 ないわー。


「ないですねー」


 目の前の男の人がしょんぼりするが、笑顔で受け流す。実際やられたら恐怖でしかないと思うのだけど。

 そんなに反応がいいと、さらに意地悪をしたくなる。


「そう、私はネクタイを緩めるの、好きですね!オンオフの切り替えが好きなんです。ぐっときちゃいます。スーツっていいんですよ」


 あれ、私、アルコール入っていないはずなんだけど。空気を読むはずの私が空気を壊しにいっている。

 なるほど、私ももう疲れちゃっているんだ。と冷静に自己分析。

 その後も皆答えていくが、頭に入ってこない。ただただ笑っているだけの時間が過ぎ去っていく。

 でも、ある違和感ある言葉で、思わず意識を取り戻す。


「私のタイプは、希依―」


 うん?

 三澄さんが急に何か言いだした。

 三澄さんのタイプが榎田さん?いや、確かに榎田さんに惹かれる要素が女性とはいえあるのはわかる。が、いやいや。

 女の子同士じゃん。

 榎田さんが慌てて弁解しているが、


「じょ、冗談じゃないにょ。凪沙はかっこいいし、可愛いし、面白いし」


 さらに追撃がきて、慌てて榎田さんが三澄さんの口を閉じる。

 まさか、本当にそうなの?中学、高校で憧れの女の先輩に惚れる!というのはドラマでもよくあったりするが、大学生にもなって、ね。

 否定はしないが、肯定もしない。

 だって行きつく先が何も生まないのだから。世間からは疎まれるし、行きつく先に結婚、子供といったゴールがない。

 ただただゴールのない迷路。

 幸せは人それぞれだ。でも、私は、


「うげ、アルコール入っているじゃん」


 榎田さんの一言で思考の迷いの森から瞬時に抜け出す。

 頼んだ飲み物にアルコール?

 え、ウーロン茶だよね。頼んだの。

 何で、え、ウーロンハイなの?

 だって、私は、ウーロン茶と……言っていない。

 さあーっと血の気が引く。


「ごめん、私のせいだ。私がちゃんと注文しなかったから」


 私が頼んだ、ウーロンと。

 私がてきとうに注文し、店員さんが勘違いした。私が未成年の彼女を知らずにお酒を飲ませた。

 何がよく見られたいだ。空気の読めるだ。

 ぶち壊しだ。

 慌てる皆に何も手助けできず、うなだれるだけの私。


「ごめん、私たちは先に帰らせてもらうね」


 男性陣たちが心配そうにしながらも、榎田さんが彼女を連れ出し、私たちは取り残された。


「いやいや、大変なことになっちゃったね」

「お酒入っているとは」


 明るい調子で誤魔化そうとするが、私はその空気を許さない。


「私のせいです」

「そんな、増川さんのせいじゃないって」

「そうそう」

「運の悪い事故だったんだ」


 男性陣の弁解が余計に惨めにさせる。

 喋らなくなった私に男性たちは戸惑い、気まずい沈黙が流れる。

 その沈黙を破るのは、空気の読める私だった。


「今日は解散にしましょうか。ごめんなさい」


 その選択を男性陣は誰も止めなかった。



 男性陣の駅まで送るよ、という言葉を無視し、スタスタと歩き、一人になる。

 やってしまった。

 幸い大したことはなかった。

 でも、一歩間違えていたら、お酒を飲ませたことで思わぬ事故、命にかかわる問題が発生したかもしれない。

 全ては私のせいだった。


「あっ、二人の連絡先聞くの忘れた」


 改めて謝る必要があるだろう。男性陣に聞けば誰か連絡先を知っているだろうが、男性たちと余計な会話をしたくない。

 結局、彼女の謝罪を考えているようで、私のことしか考えていない。

 辟易する。

 ああ、こういう時か。

 お洒落な様相のお店の前で立ち止まる。

 お酒を飲みたいという時は。



「くはー、うまい」


 お店に入ってからはバカスカ飲み続け、とっくに終電は終わっていた。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


 マスターさんが心配そうに尋ねるが、私は平気平気と再び注文をする。


「飲める口じゃん」


 声のした方向を見ると、金髪モヒカンの人がいた。


「私は飲めまーす」


 私の声にアハハと笑い声で答える。


「いいじゃん、混ぜてくれよ」


 その人は移動してきて、私の隣のカウンターに座る。

 普段なら怖くて近づかないような怖そうな人だけど、酔っ払いの、タガの外れた私にはそんな理性はなく、


「はい、乾杯―」

「乾杯―」


 楽しく二人で飲み始めたのであった。



「私は可愛いんです。でも、全然可愛くないんです」

「どっちだよ」

「どっちだと思います?」

「まぁ、可愛い部類じゃない」

「もう口説いているんですかー」

「口説くか!」


 お酒が進むにつれ、さらに調子が軽くなる。不思議とこの人の前だと、本音が喋れる気がする。それはただのお酒の力であるのだが、それだけじゃない気がする。


「私、今日失敗しちゃったんです」


 それは赤の他人だからか。もう会わないような人だからか。

 気づいたら、今日の飲み会での出来事を話していた。

 その人は相槌を打ちながらも真剣に私の話を聞いてくれた。


「そうか、そりゃー悪いことしちまったな」

「はい、私は悪い子なんです」

「ああ、悪い子だ」


 けして私を慰めず、罪を認めさせる。でも、それが逆に嬉しくて、話して良かったな、という思いにさせられる。


「悪い奴には」

「いたっ」


 お兄さんにデコピンされた。


「割と本気で痛いんですけど」

「そりゃー、痛くないと罪悪感芽生えないだろ」

「そ、そうですけど。私可愛い女の子ですよ」

「自分で可愛いというやつは信用できねー」

「ふふ」

「あはは」


 自棄になっていた気持ちも、痛さで正常に戻される。


「後でちゃんと謝れよ」

「はい」

「うん、良い子だ」


 そう言って、私の頭に手をのせる。


「先生ですか?」

「いや、人に教えられるほど偉くねえ」


 意外と華奢な可愛い手の暖かさに心が救われ、同時に鼓動が早くなる。

 あれ?これって。

 恋?


「お兄さん」

「あん?」

「私と付き合ってください」


 考えた瞬間、行動だった。


「無理」


 そして、すぐ玉砕。


「何で!」

「何でと、言われてもだな……」

「教えてください」

「知らない方がいいかもしれねーぞ」

「大丈夫です」

「そうか」

「はい」

「紗枝」

「はい?」

「私の名前は紗枝って言うんだ」

「はぁ、いい名前ですね」

「だろ?」


 私の名前と似ている。

 え、私の名前。女の私と近い名前。

 紗枝?それって、


「え、男性じゃないんですか!?」

「一度も男といったつもりはねーんだけど」

「え、えっ、えーーーー」

「いや、そんなに驚かれてもだな。男っぽいのは認めるが、ちょっと傷つくぞ」


 ずっと男の人だと思っていた。これが運命だと思っていた。


「まぁ、そんなわけで付き合えないんだ、ごめんな年上の女の子で」


 あえなく轟沈したのであった。



「うえぇ・・・気持ち悪い」


 告白後も気にせず、朝まで飲み、電車に乗り、家につき、寝ること数時間。

 トイレとお友達になっていた。


「うぷ。完全に二日酔いだ」


 日差しが眩しく、不快だ。お酒の代償を思い知る。

 でも、


「しょうがないか」


 紗枝さんと話せて楽しかったし、何かと吹っ切れた気がする。

 彼女の豪快な笑い声がまだ耳に残っている。

 ドクン。

 あれ?

 笑顔を思い出すと、胸が弾む。

 まだお酒の影響が残っているのだろうか。いや、違う。


「年上の女の子か……」


 アリだな、と思ってしまう私がいるのであった。

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