Heaven or Dream?

「希依、朝」


 耳元で可愛い声が囁く。

 身体が揺すられている。


「今日から授業、だよ」


 今日から授業?何の授業?何だっけ?

 頭が働き始め、ぼやけた視界がはっきりとしてくる。

 いつもより天井が高い気がした。


「へ?」


 いや、気のせいではなく、知っている天井ではない。

 ふと顔を横に向けるとエプロン姿の凪沙がいた。

 明るい黄緑色のエプロン。

 私の顔を見て、彼女は顔を膨らます。


「もう。何度も起こした」


 起こしてくれるなんて、凪沙はいつから隣に住む幼馴染になったのだろうか。

 それとも、私は凪沙の子供になったのだろうか。凪沙ママ?

 それもいい気がするなって、違う違う。

 布団から出て、立ち上がる。

 目覚めたばかりの私に良い香りが誘惑する。


「いい匂い」


 実家のような安心感。


「朝食、できているよ」


 実際に、母親は朝食を作ってくれた記憶はないのだけど、実家のような感じがする。

 美味しそうな匂いに導かれ、机に寄る。

 魚に、味噌汁に、ご飯に、卵焼き。

 和な朝食風景が広がっていた。


「座って、座って」


 凪沙に急かされ、椅子に座る。

 日本の朝食風景なはずなのだが、慣れない。


「いただきます」

「うん、いただきます」


 箸を手に持つ。ふと首を傾げる。


「希依は、朝はパン派だった?」

「ううん、どっちも好き」

「良かった」


 寝起きの私には彼女の笑顔が眩しい。

 可笑しい。

 何で、私が凪沙の家で普通に朝食を食べているのだ。

 さも当たり前のように、違和感なく。

 そうだこれは夢だ。夢に違いない。


「凪沙」

「うん?」

「頬っぺたつねって」


 凪沙が自分の頬をつねる。


「こう?」


 違う、そうじゃない。


「私のをつねって」


 凪沙が身を乗り出し、顔が近づく。ふわりと彼女の髪の香りが届き、続いて頬に小さな痛みが走る。


「これでいいの?」

「うん、痛いね」


 どうやら夢ではない。しっかりと痛い。


「変な希依」


 うん、変だ。

 夢じゃないとしたら何だこれは。そうかここは天国なのか。

 天国って痛みを感じるんだっけ?


「凪沙」

「うん?」

「私達、いつ結婚したんだっけ?」

「ぶふっ」


 凪沙が口に含んでいた牛乳を拭き出し、むせる。


「け、けっ、結婚していない!」

 

 顔を真っ赤にして否定する。


「そうなのか」

 

 いつの間にか結婚していたのかと思ったぜ。

 それならこの光景も合点がいくのに。


「へ、変な希依!」


 凪沙が噴き出した牛乳をティッシュで慌てて拭く。

 夢でも天国でもない。

 ならここは何だ?この状況は?このイベントは?


 ……現実なのはとっくに気づいているんだけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホワイトカーニング 結城十維 @yukiToy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ