エピローグ

ゼロ距離

 夕暮れの砂浜を歩き、4つの足跡が刻まれる。

 帽子を被った女の子が私の手をぎゅっと握る。


 今日のことを思い出す。

 彼女から「デートに行きたい」といってくれ、水族館に行ったこと。

 江ノ島は前回、ゴミ拾いだけど、行ったから、じゃあ近場の八景島シーパラダイスに行こうか、ってなったこと。

 付き合って、初めてのデート。

 イルカがたくさんいて、夢中になって私は見ていたけど、彼女を虜にさせたのはマンボウだった。人並に大きいマンボウで、はしゃぐわけではなく、静かに目を輝かせながら凪沙は見ていた。

「ぬぼーっとしているのが可愛らしくて、どこか希依っぽい」

 彼女的には誉め言葉なのだろうが、私は素直に喜べなかった。

 お土産コーナーでは、マンボウとイルカのストラップをお互いプレゼントした。嬉しかったな。

 八景島シーパラダイスは、魚を鑑賞するだけでなく、アトラクションも多数あるので、私たちはメリーゴーランドに乗った。

 乗ったのは小学生以来か?でも、白馬に乗ってはしゃぐ凪沙を見ると、こういうのもいいなと思える。

 満喫した。満喫しすぎた。朝からいたのに時間はあっという間で足りないぐらいだった。彼女が隣にいたから。大好きな彼女といるだけで、こんなに楽しい。



 夕方まで遊び倒したので、足がへとへとだ。

 でも、涼しくなった砂浜を、波の音を聞きながら歩くのは心地よい。


「希依」


 隣を歩く彼女が私の名前を呼ぶ。


「何、凪沙」


 夕焼けに照らされ、オレンジ色に染まる。


「今日はありがとう」

「私こそありがとう、楽しかった」


 彼女がにやけ、首を振る。


「違う、違うね。今日だけじゃない、今までありがとう。私と出会ってくれてありがとう。私を好きになってくれてありがとう」

「どっか行っちゃうの?」


 慌てて否定する。


「何処も行かないよ!でも、何だか幸せでつい」


 幸せ。私と二人でいれて幸せ。

 嬉しくて、誇らしくて、大好きで、愛おしくて。

 彼女の手を強く引っ張り、抱き寄せる。


「私こそ、幸せだよ」


 彼女の幸せの鼓動を感じる。それは私の心臓の音で、私たちのハーモニー。

 どれぐらいそうしていただろう。

 幸いに、人は誰も通らず、私たちは長い間抱きしめ合っていた。


「日、暮れちゃうね」

「寂しい。帰るの寂しい」


 ずっと続けばいいのに。このままでずっと。

 どちらも口にしないが、そう思っているはずだ。

 力を弱め、抱擁から脱出する。

 残念そうな顔をする凪沙を見て、きゅんと締め付けられた。

 可愛い。

 人を好きになるってこんなに嬉しいんだな。

 彼女を好きになるほど、それが恋から愛に変わるほど、強く思う。

 オレンジ色も薄くなり、彼女の顔ははっきり見えない。でも、綺麗な瞳をしていて、私が写っていた。

 私の彼女、凪沙。


 しようと思ったわけではない。でも自然と身体が動いていた。

 彼女の帽子を上向かせ、

 顔をそっと近づける。

 彼女も気づいたのか、

 彼女がぎゅっと目を閉じた。

 身体が震える。

 彼女の顔が近づく。

 鼓動が増す。

 唇が目の前だ。

 もう止まらなかった。

 止めるものはもう何もなかった。

 触れた瞬間、

 心臓が跳ね上がった。


「…………」

「…………」


 波の音だけが聞こえる。

 時間にして数秒。

 でも、距離は確かにゼロになった。


「……エヘヘ」


 彼女が照れた声を出す。私は彼女を直視できなかった。

 残る唇の感触が生々しい。

 ドキドキ。

 触れた瞬間知ってしまった。

 もっと好きになる。まだまだ好きになる。

 私の、好きはまだきっと始まったばかりなんだ。

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