第5章 セカイの約束⑩

「希依だって」

「え」

「私も嫉妬した」

 

 今度は私が目を丸くする。凪沙の言葉は止まない。


「希依が男の子と仲良くするのが嫌だった。壮太とかいう同じ高校からの人と名前で呼び合うのが嫌だった。七夕祭の人たちと仲良くするのは仕事として、しょうがないと思っていたけど、心ではどこか憎んでいた」


 嫌悪。嫉妬。憎しみ。


「私には希依だけでよかった。七夕祭に誘ってくれたことは嬉しい。皆のことはよく思っている。楽しい思い出になった。それでも、それは希依がいたから。私の隣にいてくれたから。希依さえいてくれればいい良かった。他には何もいらない」


 おい、おい。

 理解が追いつかない。

 何を言っている。目の前の彼女は何を口走っているんだ。


「私だって、希依の1番かどうか、心配だった」

「……」


 なんて間抜けだ。

 私たちは、『同じこと』を思っていたんだ。


「……あはは」


 可笑しくなって笑ってしまい、彼女がキョトンとした顔をする。


「ごめん、私も凪沙の1番かどうか、心配していた」


 馬鹿みたいな話だ。私たちは同じことを考え、同じことに悩み、苦しんでいたのだ。


「同じ」

「そう、同じだったんだ」


 凪沙も綺麗な心など持っていない。

 嫌だと思うし、嫉妬するし、憎む。その純粋すぎるほど真っ直ぐな好意。

 思えば、初めからわかっていたことだ。

 彼女は会って最初の方も、私『しか』友達はいらないと言った。でも、私はその考えはおかしいと思い、無理に彼女を誘い、文化祭の実行委員会に入り、友達を作ってもらおうとした。結果的にはそれは良かったことだと思っている。

 でも、彼女の考えは最初から変わらなかったのだ。

 私だけでいい。

 そして、目を逸らしていた私も同じだった。

 彼女だけでいい。

 気持ちを分かち合わず、すれ違った結果、生まれた悲劇だったのだ。


「いつもいつも希依は勝手に考える。お兄ちゃんと同じ」

「ごめん」


 今まで自分の考えで生きてきた。自分でそれなりに道を選んできた。


「いなくなったのは、私から離れたのは、傷ついた」

「本当にごめん」


 かっこつけたふりをして、悲劇のヒロインぶって、私は去った。

 間違いだった。

 どんなに惨めでも、逃げずに、縋るべきだったのだ。

 それができずに、余計に道に迷いこんだ。


「私にちゃんと言って、私にだってわかるんだよ」

「ごめん」

 

 全部、彼女の言う通りだ。 


「彼女の、仮だったかもしれないけど、私にちゃんと言ってよ」


 二人で考えるべきだった。一緒に乗り越えるべきだった。

 でも、私は勝手に焦って、勝手に暴走して、勝手に自暴自棄になった。


「彼女の私に言って」

「……そうだね」

「そうだよ」


 ごめん。その通りだった。

 謝ってばかりだった。けれど、凄く嬉しかった。

 こんなに凪沙が私のことを考えてくれる。私のことを思って怒ってくれる。まだ私の『彼女』でいようとしてくれる。

 これほど嬉しいお説教はなかった。

 言えなかった言葉。ずっと思っていた言葉が、すっと、自然と口から出た。


「好きだよ、凪沙」


 強い風がびゅっと吹き、凪沙の髪が揺れる。

 言葉にしなければ伝わらない。

 私たちの間にはたくさんの空白があるのだから、言語化してあげないといけない。


「聞こえない」

 

 不意の私の言葉に、彼女は顔を真っ赤にし、恥ずかしがりながらも、要求してくる。


「好き」

「聞こえないって」

「好きだよ、凪沙」

「ううん、良く聞こえない」


 いや、何度言わせるの?


「聞こえているでしょ!?」

「駄目、足りないの」

「我儘なお姫様ですこと」


 そんな彼女が愛おしい。


「自分勝手なお姫様」


 こんな私を好きでいてくれる凪沙。


「でも」

「うん」


 彼女が微笑み、私も笑みをこぼす。


「好き」

「私もそんな希依が好き」


 答えは簡単だった。私たちは怖がっていただけで、本音で話すことを恐れていただけで、自分が一番じゃないことを嫌がっていただけだった。

 彼女の瞳を真っ直ぐ見る。

 空から光が射す。もう負けたりしない、挫けたり、逃げたりしない。

 青空の下に邪魔なものは何もなかった。


「凪沙」

「はい」


 あの日のやり直し。

 空に花火など上がっていない。

 でも、心にたくさんの光をもらったのだから。


「私と付き合ってください」


 返事よりも先に凪沙に抱きしめられた。


「うわ、何、なに?」

「ううう」

「くっ付かれると暑いよ~」

「嬉しい」


 彼女の体温、胸の鼓動を身近に感じる。

 気持ちも暑さ以上に伝わる。

 でも、私が欲しいのは『答え』だ。


「ねえ、返事は?」

「わかっているでしょ」

「言葉にしないと伝わらないんだって」


 彼女が耳元で囁く。


「はい、希依の彼女になります」


 終わりの始まり。

 今までの関係は終わり、新しいスタートラインを超える。

 空に花火は打ちあがらないし、星は見えないし、誰も祝福してくれない。ただの病院の屋上。

 でも、彼女さえいればいい。凪沙と二人ならそれでいいんだ。



 私たちは見えない空白を埋めていく。

 その距離は近いのか、遠いのかわからない

 でも、言葉により補完され、見えないけれど、確かなものが形作られていく。

 

 私は凪沙が好き。

 凪沙も私が好き。

 

 『好き』の言葉が私たちの空白を確かに縮めていく。

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