第4章 消せないキモチ②

 斜めに傾いた煉瓦模様の家の壁が、めり込んでいる。

 何だろうこの壁?何を意味しているのだろうか。

 私も頭を傾け、壁を見るが、世界は何も変わらない。

 意味などなく、これがアートなのかもしれない。各々感じればよい。

 その周りには、変な尻尾や羽がついた丸い生き物?のオブジェがある。生き物?生き物なのだろうか。用途としては椅子であるのだが、正直低くて座りづらい。それにこのオブジェに座ると目立つ。子供が座るならいいが、もう大人なのだ。20歳にもなっていない、大学生だけど、見た目はもう子供じゃない。


「希依」


 私の名前を呼ぶ彼女に、手を上げて、合図する。


「おはよう、凪沙」

「うん、おはよう」

「あの日以来だね」

「うん、寂しかった」

 

 

 その言葉に喜びを感じるも、疑いも生じる。真実なのだろうか。兄がいて本当に寂しかったのか。

 せっかくの、久しぶりの二人の時間なのに、気持ちは雲1つない本日の快晴とは違って、どんより曇っている。


「ありがと」


 お礼だけは言っておく。

 私たちは、横須賀の花火大会に行くときに約束したショッピングに来ていた。

 コンサートホール前の変なオブジェで待ち合わせ。待ち合わせ場所には、珍しく私が先に来ていたわけだ。

 今まで行った町田や、横浜を避け、せっかくだからと川崎に行くことになった。ここには大きなショッピングモールがあるのだ。女性や子供じゃなくてもワクワクしてしまう。

 はずなのに。


「じゃあ、行こうか」

「うん、今日は希依を可愛くするんだから」


 彼女の言葉に苦笑い。

 いまだ足取りは重かった。



 服を買う約束は反故にされなかったのは素直に嬉しかった。このままお盆に入るとお互い実家に帰り、本格的に会えなくなる。時間が空きすぎては本気で終わってしまう予感がしていた。

 今日会えたのは幸いだった。

 今日は凪沙一人。兄はいない。

 兄の存在を感じなくて済む。二人だけで楽しむことができる。


「どうかな、これ?」

「いいじゃん、かわいい、可愛いよ」

 

 まずは凪沙のファッションショーだった。

 紺色の少し丈の長いフレアパンツに、白色のTシャツというシンプルなセット。


「そう?これ買おう……かな」

「いやいや、もっと悩もうよ」


 実際、よく似合っている。シンプルな配色だからこそ、彼女の可愛さが際立つ。何を着ても可愛いのだが、服が派手すぎては彼女良さを消してしまう。シンプルイズベスト。

 さらに帽子を被っていたら、私の上げた帽子を被っていたら完璧な格好だ。

 でも、本日も被っていないのだ。

 作業も、バイトもしない、デートの時なのに。

 帽子女は、帽子を被ってくれない。


「次は希依!希依の番だから」

「えー、私はいいよ」

「駄目、絶対ダメ。ちょっと待っていて」


 と私を押し切り、私を置いてどこかに行ってしまった。


「なんだかんだ楽しんでくれているみたいだな」


 不安にしていた思いは消えない。でも彼女といるのはやはり楽しい。

 自然と笑えているかな。


「あはは」

 

 たぶんぎこちない。

 それでも彼女の前では笑顔でいたい。

 次に彼女が戻ってきたときは、大量の服を抱えていて、思わず困惑の笑みがこぼれた。



「いい!凄くいい」

「はは、どうも」

「何がいいって、希依のスラっとした脚が健康的な色気を感じさせてくれるの。かっこよさと共に可愛さも醸し出され、あの写真撮っていいかな?脚だけじゃない、薄青色も夏にぴったりで希依の爽やかさがマシマシの増しましなの」


 凪沙の饒舌っぷりに驚かされる。こんなに褒められると恥ずかしい。

 上は薄い青色のシャツで少し腕まくり。下は濃いベージュのショートパンツ。こんなに足を露出させると居心地が悪い。


「本当、お友達の言う通りお似合いですね!」


 人の良さそうな女性店員さんまで私を褒めてくれる。


「そうですか、アハハ……」


 こんなに褒められて、じゃあ買いません!とは言いづらい。凪沙さん、お店の人とグルじゃないですよね?


「これ、ください」


 店員さんと凪沙が同時に笑顔になる。

 店員さんの押しだけなら振り切れるが彼女の押しには弱い。

 だって、彼女の選んだ服なのだ。

 彼女が気に入ってくれるなら、私も嬉しくて気に入るのだから。

 落ち込んだ自分へのプレゼントだっていいもんだ。

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