第4章 消せないキモチ
第4章 消せないキモチ①
彼女には『私』が必要だった。
私がいたから、彼女は変わった。
私が誘ったから、文化祭の実行委員会に入った。
私が好きだったから、彼女は私に告白した。
……本当にそうなのか?
実は違うのではないか。
彼女が帽子を無くしたから、私は彼女に関わった。
彼女のためだからと、文化祭の実行委員会に誘った。
彼女と一緒にいたかったから、文化祭の仕事を頑張った。
私がいたからではない、全ては彼女がいたから起こったことなのだ。
似ているようで、全く違う。矢印の向きが異なる。
彼女がいなかったら、私は帽子を買うなんて、誰かにプレゼントを上げるなんて、人と積極的に関わろうとしなかった。
彼女がいなかったら、文化祭の実行委員会に入ろうなんてしなかった。
私が何かするには、彼女が必要だったのだ。
すべては逆。
私こそが、『彼女』を必要としていた。
彼女に頼られるのが嬉しかった。私がいないと部室までいけない彼女の世話を焼くのが好きだった。コミュニケーションが苦手な彼女のために話すのが喜びだった。彼女に必要とされるのが嬉しかった。
彼女に頼られて、私は存在する。
彼女がいなければ何もできない私だった。
彼女がいてこその私だった。
それでも、彼女の想いだけは否定したくなかった。告白された言葉だけは本当であって欲しかった。
微かな希望に私は縋っていた。
横須賀の花火大会は忘れられない夜になった。当初予定していたのとは別の意味で。
まさかの登場だった。小さな花火大会で、それも秘密のスポットと言われる場所で、告白のタイミングで。
最悪のタイミングだった。凪沙の兄が現れたタイミングは。
告白が成功した後だったら、何もかも受け入れられた。
兄の登場もむしろ歓迎したかもしれない。
『代用品』なんて言葉に惑わされなかったかもしれない。むしろお前が代用品だったのだ、と言い返せたかもしれない。
それは儚い幻想。終わった話。
現実は、私たちの関係は何も変わっていない。仮初の状態のままだった。
機を逃した。絶好のタイミングを逃した。
逃したのならまた挑戦すればいい。
でも、もう告白する自信を失ってしまっていた。
これではいけないと思っている。ただ棘が抜けない。
彼女に告白すれば、私の気持ちを受け入れてくれれば、その雑音は綺麗さっぱり消える。
そう思うが、なかなか行動に移せずにいた。
それでも、あの夜よりは、幾分落ち着いた。
案外何とかなるかもしれない。彼女に会えば、凪沙の声を聞けば、全てがうまくいくはずだ。
『今日?お兄ちゃんと大学に行く予定。凪沙も、来る?』
凪沙に電話して返ってきた答えは非常だった。兄と一緒。
兄も通っていた大学を案内するのだろう。
「いやいい、兄妹水入らずで楽しんでね」
『わかった。また今度』
状況は好転しない。好転するきっかけを与えない。
会えばいい。兄に反論すればいい。
でも、あの言葉に対抗できる自信が私にはなかった。
『代用品』
もし兄が失踪していなかったら、帽子女の凪沙はいなかった。彼女は、私を必要なんてすることはなかった。
そう、私たちの関係は、彼女の「不幸」の上に成り立っている。兄がいなかったら、そのポジションは私の目の前には存在しなかった。私は、空いた隙間に忍び込んだ、代わりなのだ。
凪沙が幸福であったら、私たちは成立しなかった。
その事実が重く、否定できない。
「私は彼女が不幸であることを望んでいた」
その真実が痛く、私の心を傷つける。
最悪は今もなお更新状態であり、闇は消え去らない。
次の日も会えず、会えたのはあれから1週間後のお盆前だった。
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