第5章 最低で最悪の答え④

 壮太に言われ、更衣室に向かうと衣装係の女の子がいた。


「二人とも本当にありがとう」


 と言い、浴衣を出してきた。「サイズが合うかわからないけど・・・」と心配していたが、いざ着てみるとピッタリで、私たちのために用意されていたのでは?と疑いたくなる。

 三澄さんは白の浴衣に金魚が泳いでいる。髪も結んでもらい、普段は小動物のように可愛い彼女も、大人な色気を漂わせていた。

 私は紺色の花柄の浴衣だ。


「榎田さん、綺麗」


 彼女が顔を輝かせ、褒めてくる。


「三澄さんも美人さんだね」


 だから私も褒め返す。「そんなことない、三澄さんの方が美人」、「いやいや三澄さんの方が」とお互い褒め合い、照れるということを繰り返す。何これ、恥ずかしい。

 せっかくなので衣装係さんに携帯で、私と三澄さんの写真を撮ってもらった。

 うむ、私も浴衣を着て、美人の隣にいればそれなりだな。馬子にも衣装だ。

 三澄さんから「後で送ってね」と言われ、忘れそうだし今送ろうと思ったら、更衣室の外から壮太が「早く、もう漫才じゃ時間が持たない」と急かしてきた。

 仕方ない、覚悟を決めるしかない。



「エントリーナンバー1、一宮織子さんです、どうぞー」


 大歓声の中、ピンク色の浴衣を着た一宮さんがステージに上がっていった。観客からは大きな拍手。

 ここに出ていくの?本当、マジで?覚悟なんて決まっていなかった。


「エントリーナンバー2、榎田希依さんです、どうぞー」


 私の名前が呼ばれた。ええい、何とかなれ。

 ステージ上がると視界がやけに広く感じた。

 観客の顔がまともに見えず、後ろの屋台をじっと睨みつける。


「可愛いー」、「クールビューティー」、「美人」、「かっこいい」。


 色々な言葉を観客から投げかけられる。

 恥ずかしすぎる。逃げ出したい。今すぐお家に帰りたい。


「続いて、本日最後の登場。エントリーナンバー3、三澄凪沙さん、どうぞー」


 観客からは歓声が上がる。

 が、誰も出てこない。

 可笑しいと思った観客たちがざわざわとし出す。


「どうぞ、どうぞー」


 と司会も囃し立てるが誰も上がってこない。

 舞台袖を見ると三澄さんがびくびくしていた。

 そして、私と目が合うと。

 逃げた。

 思わず私も追いかける。


「エントリーナンバー2番さん、2番さん」


 司会が慌てるが気にしない。


「あー、えっと、エントリーが一人になったので、1番の優勝です」


 会場からブーイングが起きるのをBGMに私は走り出した彼女の後を追う。


 

「つーかまえった」


 下駄で上手く走れないからか、三澄さんにはすぐ追いついた。

 強張った顔で彼女は振り返る。


「ご、ご」

「ごめん、三澄さん」


 彼女が謝る前に先に私が謝る。

 私の謝罪に驚いた顔をする、三澄さん。


「ごめん、私も凄く逃げ出したかったから助かったよ」


 えへへと笑うと、彼女の顔も柔らかくなる。


「無理に誘ってごめん。嫌な思いしたよね?」

「そんなことない。浴衣着られたのは嬉しかった」

「あんな人前に出るなんて無理だよね。無理無理。私達には裏方がお似合いだ」


 表に出るのには似合わない。


「ふふ、そうだね。七実だもんね」

「うん、浴衣返して、そろそろ仕事に戻ろうか」


 こうしてドタバタした、でも充実した、初めての七夕祭の私たちの自由行動は終わったのであった。



 辺りもすっかり暗くなり、屋台にも電気が灯る。

 売り切れの所も出てくる一方で、売れ残っている屋台では割引合戦が始まる。

 あまりに安いのは許されないが、ある程度の割引は実行委員会も黙認する。

 まだまだ人は残っているが、昼間ほどの騒がしさはもうない。まもなく祭も終了を迎えるのだと嫌でも肌で感じる。


 屋台で出たゴミ出しで混雑する前に、私達実行委員会は前もってゴミの回収を行い、校舎裏に運んでいく。


「お疲れ、攻略王は祭を攻略できたかい?」


 ゴミを持っていく途中で、仲谷さんに会い、声をかけられた。


「いや、裏ボスやら、隠れダンジョンやらたくさん私の知らない隠し要素がまだまだあって、ぼちぼちってところかな」

「そうかい。攻略王でもすべてを堪能できなかったかい」


 仲谷さんが3と数字を作る。


「後、この七夕祭を3回も楽しめるんだ、そのうち攻略できるさ」


 毎年、あと3回。この祭を、最高の日を楽しむことができる。まだまだ私の大学生活は終わらない。始まったばかりだ。


「ありがとう、仲谷さん」

 

 隣から声がした。

 三澄さんだった。彼女が仲谷さんにお礼を言ったのだ。

 何が、ありがとうなのか。どれに対して、全部なのかわからない。ともかくありがとうだった。彼女から自然と出た言葉だった。


「こちらこそありがとう三澄さん、本当に助かったよ」


 仲谷さんが軍手を外し、右手を差し出す。恐る恐る三澄さんが手を伸ばし、握手を交わす。

 ひゅー・・・どん。

 大きな音と共に、空が光り、私たちを照らした。

 音の方向へ自然を目が行く。


「あーもう花火の時間か。いよいよ終わりだね」


 七夕祭の最後には花火の打ち上げが行われる。恒例のイベントらしい。七夕祭を締めくくるフィナーレだ。


「二人とも見てきなよ。そこの階段上がったところからだと良く見えると思うから」

「仲谷さんはいいの?」

「いいの、いいの。もう私の心には十分花火が上がったさ」


 そういい、小柄だけど大きな委員長は去っていった。


「見に行こうか、花火」


 彼女はこくりと頷いた。

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