第5章 最低で最悪の答え⑤

 花火は池の奥から上げており、校舎裏からでも見ることができた。

 仲谷さんの教えてくれた場所からはちょうど校舎が邪魔せず、池まで視界がひらけている。


「綺麗だね」


 空に、赤色、黄色、青色の花が咲く。

 まさか学校からこんな綺麗な花火を見ることができるなんて思わなかった。

 あまりに非現実的で、幻想的だった。

 その感動は達成感から来るに違いない。


 ひゅー・・・どん。

 横にいる彼女からの視線を感じた。


「うん、綺麗だね」


 花火がどんどん打ちあがり、私たちの頭上に鮮やかな花が咲いていく。

 小さい頃は花火の音が苦手で、花火を見に行くのを嫌がっていたが、大人になった今見ると、いいものだなと思う。

 すぐに花は暗闇に飲み込まれるが、また火玉が上空に上がり、音を奏で、暗闇を照らす。

 花火を見ながら、今までの出来事がフラッシュバックしてくる。

 大変な準備だった。

 楽しいことも、辛いこともたくさんあった。

 でも、やって良かった。

 私、頑張った。

 私達、頑張れた。

 咲いては消える光を見ながら、全てが報われた気持ちになる。

 そんな時、 

 私の隣で、彼女が小さな声でつぶやいた。


「××」


「えっ?」


 花火の打ち上げ音でよく聞こえなかった。

 私は彼女に聞き返す。

 彼女は花火を見ながら、音に消えそうな声で光りを灯した。

 

「すき」


 今度はしっかりと聞こえた。

 でも、理解が追いつかなかった。


「えーっと私もこの文化祭好きだよ、この大学好きだよ」

「私は、」


 花火の光と共に彼女の顔が照らされる。


「榎田さんが、好き」


 彼女の眼はまっすぐ私を見ていた。

 でも、私は視線を逸らした。

 はぐらかした。


「ははは、私も好きだよ、三澄さんのこと、あはは」


 たぶん違った。

 花火を見ながらの「好き」。

 ドラマで、映画で、漫画で何度も見た。

 これは愛の告白のシチュエーションだった。

「Like」ではなく、「Love」だ。

 でも、私には違いを理解できなかった。


 三澄さんのことは好きだ、大好きな友達だ。

 ただそれは「Like」だ。

 愛ではない。愛ではないのか?

 自問自答するも答えなんて出ない。出て来やしない。


 答えを持たぬまま、私は彼女を見た。

 今にも泣きそうな顔をしていて、そして、その顔はとても綺麗だった。


「どうして」


 何といっていいかわからない。


「どうして私のことを好きになったの?」


 理由、意味、根拠。


「それは、榎田さんが榎田さんだから」


 私が私だから。

 そこに理屈はなかった。

 意味がわからない。意味はない。


「そうか、そうなんだ」


 納得はできない。でも好きなことは確かであるらしい。

 女同士だけれども、彼女は私に好意を寄せていた。

 事実は理解した。状況は把握できた。

 でも。


「それで」


 答えが出てこない。


「私はどうしたらいいのかな?」


 告白してきた相手に回答を求める。最低だ。


「どうしたらいいんだろう」


 彼女からも疑問が返ってきた。

 空を見上げると花火はまた咲き誇り、やがて枯れていく。


「花火を見ていたら」


 彼女が言葉を咲かせる。


「感情がこみ上げて、色々なことを思い出して、頭の中がうわーってなって、心があふれ出して」


 私もだ。色々なことを思い出した。でも、彼女はそれ以上だった。

 彼女の瞳から一筋の光が流れる。


「好きって言葉が零れた」


 これは私のただの独り言なの。答えなんていらない。忘れていい。そう彼女は悲しそうな声で言った。

 そんな悲しい声は聞きたくなかった。

 私は彼女を悲しませたくはない。それならば、いやそう思う理由はわかっているのだ。


「私はこれからも三澄さんといたい」

 

 もっと三澄さんのことを知りたい。もっと色んな顔を見たい。色んな思い出を作りたい。

 彼女が私を見る。

 私は笑顔で答えを出した。


「私は三澄さんのことが好き」

 

 好きだ。間違いない。


「でも、それは三澄さんとは種類の違う好き、だと思う。それでも、私は三澄さんといるのが楽しいし、あなたのことを大事に思っているし」


 逃げるのは辞めた。はぐらかすのを辞めた。心に正直であれ。


「時々、あなたにドキリとさせられる」

「えっ」


 何度心臓が高鳴ったと思っているのだ。


「だから、その、だから、私はあなたの考える『好き』に近づいていると、思う」


 気持ちは三澄さんにどんどん加速していっている。


「多分、最適な答え、求めている答えは付き合うことだと、思う。でも、私、付き合うとかわからないから。好きがわからない。でもでも、もっと仲良くなりたいという気持ちは本当」


 言葉を待っている、期待する彼女に私は。

 最低な答えを返す。


「付き合うのは早いと思う」

 

 そして、最悪の提案をする。


「だから、お試しってことで駄目かな」


 仮の彼女、お試しの交際。


「曖昧な返事でごめん、でも、これが今の私の答えだから、私の気持ちだから」


 ふざけている。

 真剣に向き合ってくれた彼女に対する真摯な返答じゃない。

 でも、今の私にはこれが精一杯だった。

 彼女がゆっくりと口を開く。


「ありがとう、榎田さん、あなたの気持ちわかった」


 泣きながら笑顔をつくり、彼女は答えた。


「お試しからでいい。私と付き合って、ください、榎田さん」

 

 強張っていた彼女からやっと笑顔がこぼれた。


「お願いします、でいいのかな?」


 二人は別の関係へと変わる。

 それはまだ仮初だけれども、今までの二人には戻れない。

 もう戻れない道を歩み出したのだ。


 私は、一つだけ我儘を言う。


「今日からは下の名前で呼んでほしい」


 彼女は逡巡したが、やがて私の願いを聞いた。


「希依、好き」


 ぞくぞくした。

 彼女の声が耳の中でリピートされ、反響する。

 希依、好き。

 鼓動が早まり、顔が熱くなるのを感じる。

 花火の音はもう止んでいて、声がよく通った。


「凪沙」


 真っ赤な顔をして私は彼女に願いを込めた。


「私を好きにさせて。もっとあなたのことを好きになるようにさせて」

 


 私たちは見えない空白を埋めていく。

 その距離は近いのか、遠いのかわからない。

 でも、私は一歩ずつその空白を確かめる。

 自然な距離はわからない。不自然なのかもわからない。


 それでも、私は、私達は適切な距離を見つけにいく。

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