第4章 おなじ空の下で⑥

 バスはもうないので、タクシーに三澄さんと乗り込む。

 明日の祭り当日も朝7時に集合ということで、タクシーの向かう先は私の家だった。

 電車はもう動いていないし、三澄さんの家までタクシーは少々高い。

 それに二人で泊れば、どちらかが寝坊しても大丈夫。両方寝たらそれはアウトだが、一人よりは可能性がぐっと低くなる。

 お風呂に入ったり、歯を磨いたり等、色々寝る準備をしたら、4時間半ぐらいしか寝られないな…。そう思って横を見ると、すーすーと寝息が聞こえた。

 何か変わるきっかけになったらいい、と思って彼女を誘った。

 変わったのは私だった。

 彼女はいつでもまっすぐで、頑張り屋で、人のことを思っていて。

 ただそれをどう表現したらいいか、どう行動したらいいかわからなかっただけだった。

 彼女は本当に懸命になって働き、ポスター撤収の危機も、彼女の頑張りによって大惨事を回避することができた。

 三澄さんへの思いが変わった。

 彼女の頑張りに驚き、彼女の涙に動揺し、彼女の優しさに救われ、彼女の勇気に力を貰った。

 彼女が誇らしかった。彼女の友達で良かった。


「お疲れ様」


 彼女の頬をつんつんと突く。柔らかく、押していると癖になる。

 私たちは運命共同体だ。何処までも行こう。

 まずは手始めに文化祭を成功させるとしようではないか。



 タクシーから降りて、うつらうつらしている三澄さんの手を引っ張りながら、私の家まで連れて帰る。


「はーい、お家ですよ。ちゃんと靴を脱ぎましょうね」


 うーんと眠そうな声を上げながらも、丁寧に靴を脱ぐ。

 靴を脱いだ彼女は、奥にずんずんと進んでいき、床にペタンと座る。


「シャワー浴びる?」


 気だるげに首を横に振る。仕方ない、朝浴びてもらうとしよう。

 布団を敷き、彼女を布団の上へ転がす。

 電気を球にし、欠伸をひとつ。さっさとシャワーを浴びて寝ようと思ったら、後ろから小さく声が聞こえた。


「…きより」


 急に名前を呼ばれ、思わず振り返る。

 彼女は布団に寝たままで、うにゃうみゃと寝言を述べていた。

 寝言だった。

 名前を呼んだのは寝言に違いない。


 胸がどきどきしていた。


 シャワーを浴びても、治まらなかった。

 ふと呟く。


「凪沙」


 寝ている彼女にはもちろん届かない。

 シャワーの音でかき消される小さな一言。

 単なる名前だ。単語だ。

 それなのに、胸の鼓動は激しくなった。

 祭の前だから高揚しているのだと自分で誤魔化す。

 それでも、布団に入ると体力が限界だったからか、すぐに意識は睡魔に奪われた。

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