第4章 おなじ空の下で⑤

 実際に印刷されて、紙になったポスターを見ると、また感動が押し寄せてくる。

 文化祭が終わったらぜひ一枚もらって、家に飾りたい。ついでに三澄さんのサインも入れて、額に飾るのもいいかもしれない。

 そう思えるほど、私の心に深く突き刺さり、宝物となった。

 ポスターを貼らずにずっとまじまじと眺めているからか、「早く貼って」と三澄さんが顔を真っ赤にして注意してくる。


「そうだね、もっと皆に見てもらわないとね」

「そういうこと、じゃない」


 廊下に、掲示板に、食堂に、様々なところに貼っていく。すでに大学から了承を得ているので、ただ私たちは貼っていくだけだ。

 食堂の柱に貼っている時に、頼子さんに話しかけられた。


「あら、もう文化祭の季節なのね」


 いつも通りの白い割烹着姿で、本日も元気が良い。


「はい、いよいよ来週の土曜日です」


 そうなのねーと相槌を打ち、私たちの貼ったポスターを見る。


「いい、ポスターね。優しい気持ちになるわ」

「そうですね。私も大好きなんです」


 顔を真っ赤にした作者が、もう行こうよ、行こうよと私のシャツの裾を引っ張る。


「すみません、まだ貼るところがあるので」


 と会釈をし、道具を床から拾い上げる。


「また学食に来なさいよ。大盛サービスするわ」

「ダイエット中なんで遠慮しときたいところですが、特盛でお願いします」


 これだけ毎日働けばお腹も減る。家に帰ってもロクな食事ができないので、お昼の貯蓄が大事なのだ。


「凪沙ちゃんも一緒にね」


 呼ばれた彼女はぺこりとお辞儀し、ぺたぺたと私の後をついてくる。



 それからはあっという間だった。

 1週間前となると大学構内の装飾も許され、学校中が七夕モードに染まっていった。

 笹が飾られたり、提灯を模した様々な色のイラストが壁に貼られたり、ステージの台が設営されたり、看板が置かれたりなど、嫌でも祭が迫っていると意識させられる。

 数日前になると各サークルの人間も慌て出し、実行委員会への質問も増えてきた。

「当日のゴミはどうすれば良いか」、「申請リストに入っていない食材使うの駄目?」、「前日準備は何時からやっていいですか」、「当日は用意された金券で交換ってどういうこと?」、「サークルの人足りないんで、手伝ってくれないですか」と無茶な質問も多数ある。

 ほとんどが渡したパンフレットに書いてあるし、何度もサークルの担当を集めて打ち合わせを開いたので、直前になって聞くな!と思うが、ユーザーの要望に応えなきゃいけないのが運営だ。

 自分らの仕事もまだまだ残っているのに、彼らの質問に対応が追われ、ここのところ毎日、終バスで帰る日々が続く。おかげで不眠知らずでぐっすり寝ることができる。

 いよいよ前日になると、各サークルの人にお願いし、屋台のテント設営を行う。

 天幕を被せ、後は足を立たせるというところまで準備をしてもらう。机が足りない、椅子が少ないなど文句、要望も溢れ、対応に追われる。

 三澄さんには細かな飾りつけの修正、備品のチェックなどお願いし、人との対応を避けてもらっているので、その分私が頑張るしかない。

 あらかたの準備が終わったころには日付を超えて、当日になろうとしていた。


「疲れたー」


 そう言い、地面に座り込む。

 本当に疲れた。このまま床で寝れる、朝までぐっすり、いい夢見られる今なら。


「お疲れ様~」


 私の頬に水のペットボトルを押し付け、仲谷さんが労う。


「とりあえず、もう大丈夫かな。心配してもきりがないし」

「なんとなるでしょ」

「そうだと、嬉しいかな」


 委員長もさすがに心配なのか、顔が浮かない。


「大丈夫」


 声の方向を見ると三澄さんがいた。


「皆、頑張っている。仲谷さんも、凄く頑張っている。だから、きっと、絶対、お祭り成功する」


 へへへ、と仲谷さんが笑い声を上げ、


「みすみんに励まされるとは思わなかったよ~」

「む、それは失礼」

「ごめん、ごめん」


 そう、私たちは頑張った。

 やれることは全部やった。

 後は当日を待つだけ!・・・とはいえないけど、当日もたくさん頑張らなくちゃいけないけど、頑張ったもんは頑張ったんだ。

 人は努力を笑うけど、努力は人を裏切らない。

 頑張った分だけ、自信になるし、力になる。


「明日、盛大な花を咲かせようぜ」


 仲谷さんがキザな台詞を向ける。


「うん」

「でっかいの打ち上げよう」


 そう返答し、解散となった。

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