第5章 最低で最悪の答え
第5章 最低で最悪の答え①
そして、朝がやってきて、いよいよ文化祭当日を迎える。
三澄さんに体を揺さぶられて、起床し、無事遅刻せずに大学に到着する。
体は眠いはずだが、装飾された構内を見ると否が応でもテンションが上がってくる。
「皆、おはよう」
まだ朝7時なのに、実行委員会のメンバーは全員揃っていた。
「いよいよ、この日が来ました」
黄緑色のTシャツを着た仲谷さんが大声を出す。
「無事、開催できることを嬉しく思います」
私を含め、黄緑色のTシャツを着た20人弱の面々が茶化すことなく、真剣に話を聞く。
Tシャツの表には七夕祭実行委員会の文字。
裏には、一人一人の名前が入っていた。
「でも、ありがとうを言うのは終わってから」
同様にTシャツ姿の三澄さんは帽子を被っていない。もう必要なかった。
「今日は最高の一日にしようぜ」
仲谷さんが拳を掲げ、呼応し、気持ちを一つにする。
私たちを迎える空は、雲一つない青空だった。
文化祭の開始時刻は午前10時から。
それまでの3時間は各屋台のガス点検・食品チェック、ステージの機器確認、早く着いたお客さんの案内、金券交換所の準備などなど、やることは盛り沢山だった。
私の最初の役目は各屋台の食品チェックだった。
あらかじめ各サークルには使用する食品リストを提供してもらい、当日違ったものを使用していないか、賞味期限の守られたものを準備しているか、きちんと保管しているか確認する。文化祭で食中毒が出たら大問題だ。けして気を緩めてはいけない仕事だ。
ちなみに三澄さんは大学バス停前で「七夕祭はこちら↑」という看板を持って立っている係、誘導を最初は担当している。ほぼ会話を必要としない仕事なので、トラブルに巻き込まれる心配はないと安心している。私は保護者か!
「はい、食品を出してくださいね」
白崎先輩が促し、屋台の担当の人がクーラーボックスから食材を取り出す。その食材を一個、一個リストと照らし合わせ、私がチェックを入れていく。
「大丈夫です、白崎先輩」
「ご協力ありがとうございました」
丁寧に確認し、各サークルを回っていく。時間はかかるが、仕方がない。なんとか開始時刻までに終わらせないと。
次の屋台へ向かうとそこはテニスサークル「ラウンジワン」の屋台だった。
元・委員長、古瀬のいるサークル。
「こんにちは、点検に来ました」
と明るい茶髪の女の子に声をかけると、「古瀬、タナジツが点検に来たよ」と奥にいた男に声をかける。
「やあどうもどうも、実行委員会さんお疲れちゃん」
古瀬が軽い調子で出てきて、白崎先輩が睨みつける。
「白崎、目怖いんですけど。今日は何もしないからさ、穏便に穏便に」
怖い顔を崩さない白崎先輩から目を逸らし、私を見ると、あっという顔をする。
「君はあの時の~。あの時はごめんね、まじめんごめんご」
テキトーな謝罪を受け流し、「食材チェックするんで出してください」と話をすすめる。早くこの場から立ち去りたかった。
「はいはい、君もつれないねー」
文句を垂れながら、クーラーボックスを開け、食材を出す。
人参に、キャベツにもやし、それに焼きそばの麺が入っていた。
ラウンジワンは焼きそばを提供する予定だ。
調理するものは時間がかかり、回転率が悪いが、その分値段を高くすることができ、儲けやすい。わたあめ、ポップコーン、かき氷などは簡単に作れ、食材も管理しやすいが、どうしても値段は安く設定しないと売れない。
牛丼、焼き鳥、餃子などの食事のメインとなるものは、時間はかかるが利益率は高い。その分食材管理、火の取り扱いが面倒だが、それも承知の上だろう。
その点、焼きそばは火を使うが、ただ焼くだけといえば焼くだけであり、あらかじめ野菜をカットしておけば、大した手間なく、調理することができる。原材料も安く、値段500円のほとんどを儲けにすることができる。売り上げ重視。儲かった金で打ち上げを開き、どんちゃん騒ぎをする。そのために用意された舞台だった。
特に賞味期限切れもなく、使用する豚肉の色も悪くない。
チェックも終わり、問題なく終了、と思った瞬間、白崎先輩が疑問を口にした。
「あっちのクーラーボックスは何ですか?」
男の顔が一瞬ぎょっとしたのを私は見逃さなかった。
「あれ、何だろう。他のサークルのかなー」
とぼけるが、白崎先輩を無視し、屋台の後ろの方にひっそりと置かれたクーラーボックスを開ける。
中には、牛肉が入っていた。ステーキ用のお肉。
「これは何でしょうか、申請リストに入っていませんが」
「あー、これ。これは俺たち個人で焼いて、食べる用だから申請してないの。売るわけじゃないから、問題なし、モーマンタイ」
実際の所はグレーゾーンだ。
同じ鉄板の上で、同じヘラを使い、焼く。いちいち鉄板を洗うなら問題ないが、そんな面倒なことをその都度やるはずもない。万が一、牛肉に問題があった場合、牛肉を使っていない焼きそばにも影響する可能性がある。
白崎先輩が何を言うのか見守っていると、坊主頭の男が緊張状態を打ち破った。
「古瀬、言われていた食材持ってきたぜー」
緊張感のない男の声に、「ちょ、馬鹿、今くんな」と古瀬が慌てる。
その動揺を見逃さず、白崎先輩が「失礼しますね」と言い、男からクーラーボックスを取り上げ、中を開く。
海老。烏賊。ムール貝。
中には海鮮物が入っていた。
わざとらしく、私に白崎先輩が問う。
「榎田さん、海老、烏賊、貝って申請リストに入っている?」
「えっ、入ってないですけど」
坊主頭の男が只ならぬ事態に気づいたのか、青い顔をしている。
「これも俺たちが個人で食べるものだから、売るものじゃないから」
「同じヘラを使って焼くんですよね」
「わかった、違うヘラを用意するから、絶対に混ぜないから」
古瀬が必死に反論する。
「じゃあ、鉄板も違うものを使うんですね?」
「あー、それは同じだけど。半分、半分を個人用にするからさー」
しかし、その言い訳も見苦しい。
「新鮮、持ってきたの新鮮だから問題ないって!」
「じゃあ、海老や烏賊でアレルギー出たら、どう責任とるんですか?」
「それは、そのー」
反論も力尽きる。
「わーったよ。焼きそば以外は焼かないからそれでいいだろ?なんなら、食材は全部没収すればいい。それでいいだろう」
白崎先輩がくすくす笑いだし、「でも、もう遅いんですよね」とつぶやく。
私も古瀬も何を言っているのか理解できなかったが、やがて焼ける音がし、はっと気づかされる。
サークルの男と女が鉄板で牛肉を焼いていた。
古瀬は「何やってんだよ、お前ら」と怒鳴り、慌てて火を消す。
「えー、だってこれ俺たちが食べていい肉だろ?」
「朝早くて、何も食べてないからお腹ペコリンなの」
「早く片付けろ、ふざけんな」
焦る古瀬に、男と女は状況をつかめていない。
「今まではもみ消すことはできたかもしれないですけど」
白崎先輩が手に赤いシールを持つ。
「あなたはもう、実行委員会じゃなんですよね」
机にバンと赤いシールを貼る。
『出店停止』の文字。
「古瀬さん、ルールを守りましょうね」
彼女はひと際明るい声で、愕然とした男に、にこりと笑顔を向ける。
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