第4章 おなじ空の下で③
委員長も「いいね、三澄さんらしい」と快諾したので、描くものは決定となった。後は彼女の頑張りに懸けるしかない。
早速スキャンしたデータを利用し、パソコン室で作業を始める。
デザインの授業もあるので、必要なソフトは全て揃っている。
外はもう真っ暗だった。
私は彼女の側で、内職しながら、彼女に付き合う。
「明日の授業もあるから、ほどほどにね」
画面から目を離さず、もう少し、もう少しとつぶやく声が聞こえる。
実はもう大学から出るバスはとっくに終了しているのだが、彼女の動きを止めることはできなかった。
もちろん私も帰るつもりはなかった。彼女の頑張りに少しでも力になりたい。
彼女がうーんと背伸びした際に、紙コップのコーヒーを差し出す。
「ひと段落?」
「うん、とりあえず」
コップを受け取り、ずずずと音を鳴らす。
ふと彼女が教室の時計を見て、驚いた顔をする。
「1時!?」
本当に時間の経過に気づいていなかったのか。
「そう、夜の1時だよ。声かけるか迷ったけど、凄く集中していたから・・・ごめん」
「こっちこそ、ごめんなさい。帰ってもよかったよ?」
「三澄さんを置いて帰れないよ」
「そ、そう、ごめ、ありがとう」
謝罪の言葉を言いかけたが、お礼に変える。
「どういたしまして」
もちろん明日、もう今日なのだが、学校の授業はある。学生の本分は学業なので適度に寝とく必要はある。机に突っ伏して寝るしかないか、体バキバキになりそう、と考えていると彼女の言葉が割り込んできた。
「気分転換に、ですね」
「うん?」
「散歩しませんか」
彼女からのお誘いだった。
深夜の学校を散歩。
普段は生徒で溢れていて騒がしいのに、誰もいない、しーんと静まりかえる空間は非日常的で不思議な感じがする。
ワクワクせずにはいられない。
ルンルンと目的もなく、学校を二人で歩いていく。
池の前につき、彼女が足を止める。
ここで始まった。帽子が池に落ちて始まった。
数ヵ月前の話なのに、遠い過去の話のような気がする。それだけ色々なことがあったのだ、この私にも、彼女と出会ったことでたくさんのことが。
「嬉しかった」
三澄さんが言葉を紡ぎ出す。
「帽子をくれたこと、屋上でお弁当を食べたこと、食堂に行ったこと、文化祭実行委員会に誘ってくれたこと」
一呼吸置き、
「私を庇い、私を守ってくれたこと」
もう殴られた痛さは残っていない。
「全部、全部嬉しかった」
やけに饒舌だった。夜特有の高まるテンションか。それとも、
「私はあなたにもらってばかり。何も返してあげられない」
「友達ってさ」
彼女が私の横顔を見る。
「連鎖するんだよ。三澄さんが嬉しければ、私は嬉しい。三澄さんが悲しければ、私も悲しい、辛い」
そう、彼女の泣き顔に心を痛め、彼女の笑顔に心が充たされる。
「運命共同体なんだ。良くも悪くもね」
「運命、共同体」
「そう、だから三澄さんが嬉しいって思ってくれていたら、私も凄く嬉しい思いしているんだ。友達って不思議だよね」
彼女が笑顔を向け、私も笑顔になる。
「うん、不思議だね」
空を見上げると星空が一面に輝いていた。
「ねえ、寝転がってみようか」
下は芝生だしね、と言ってごろんと寝転がり、空を見上げる。
彼女も私に続き、寝転がり、空を見て感嘆の声をあげる。
「凄いね」
「実家からは見えない?」
「東京だしね」
「都会では見えないか」
たまたま池に帽子が落ちたから。たまたま同じ授業だったから。たまたま同じ大学だったから。何かが欠けていたら、ここで同じ星空を見てはいなかった。凄い確率だろう、友達になるというのは。
彼女が私の左手をそっと握る。
「榎田さん、私は」
デネブ、アルタイル、ベガが夜空でアステリズムを形成する。いわゆる夏の大三角であり、3つの星のうち、ベガとアルタイルは織姫と彦星である。
なら、デネブは必要ないのか。
いや、二人が出会うために必要である。
「続きは?」
デネブは翼を広げ、天の川に橋を渡した。そのおかげで水かさの増えた天の川を乗り越え、二人は出会うことができた。
「ううん、何でもない」
彼は二人のために、力を尽くした。
「じゃあ、そろそろ戻って仮眠するとしますか」
立ち上がり、もう一度夜空を眺める。
二人は幸せを手にした。
では、デネブは独りぼっちなのか。
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