第4章 おなじ空の下で②
月曜日になっても帽子を被っていない三澄さんだった。
授業が終わり、いつも通りの待ち合わせ場所に来たのはパーカー姿だけど、フードは被っていない女の子だった。
心なしか背を丸め、出来るだけ下を向き、目立たないようにしているが、その動作は余計可愛さを増すと私は思う。
通りかかる人から「誰、あの子可愛くね?」、「あれが噂の?」など彼女の可愛さを褒める言葉が聞こえてくる。
私は前から知っている。
何をいまさら。顔だけで評価するな。いや、可愛いのはいいことだが彼女の良さはそこだけではない。
「行こうか」
周りの目にちょっと苛々していた。
だから、私は彼女の手を強く握り、他の人に渡らぬよう彼女の温かさを独占する。
部室の扉を開けると、この世の終わりみたいな絶望した顔をした仲谷さんがいた。
「どうしたの?」
聞かずにいられなかった。
「やられた」
白崎先輩も長谷川君も難しい顔をしている。
一緒に入ってきた三澄さんもただならぬ空気にそわそわしている。
「文化祭のポスターを作ってくれたイラストレーターが、突如ポスターの使用禁止を連絡してきたの」
「えっ、だってもう色んな所に貼っているよね」
「そう、全部回収」
「そんな」
そんなことありえるのか。文化祭まであと2週間もない。それなのにポスターが駄目になるとか、急に、どうして。
嫌な予感は的中するものだ。
「もしかして、急な使用禁止って」
「十中八九、あの男の仕業だと思っている」
あの男、古瀬、元実行委員長。
このタイミング、こないだの騒動。彼が犯人と考えるのは当然の結論。
「イラストレーターさんは理由を説明してくれないんですか」
白崎先輩が首を横に振り、
「理由は話さないと強く言われた。何度もお願いしたが、首を縦に振ることはなかった」
「くそ、俺あいつを殴ってでも吐かせてやる」
「辞めなさい。文化祭を中止にするの!」
「でもよ、でも許せないじゃねーか。ここまで頑張って準備してきたのに、沢山の人を呼べないなんて」
ポスターの有無でどれだけのお客さんの人数が変わるかはわからないが、確実に人が減るのは確かだ。文化祭の開催を知られない、文化祭の存在の希薄化。
「駄目になったことを悔やんでいても仕方ない。次どうするかを考えないと」
次、どうするか。何ができるのか。
仲谷さんがゆっくりと口を開く。
「新しいポスターをつくる」
彼女の言葉の後に一瞬空白が生まれる。
「今、今からつくるっていうのかよ。印刷だって必要だし、デザインは、絵は?」
「文字だけでもいいから情報を伝える。ともかく開催することを伝えないと駄目」
「だけど、文字だけのポスターで誰が来たいと思うんだよ」
「仕方ないでしょ」
仕方がない。こうなったら最低限のことをやるしかない。
ただ私には何もできなかった。ただ彼らの言葉の応酬を聞いているだけ。
責任の一端は私にもある。
でも、無理だった。時間が足りなかった。
私にはどうにもする力がなかった。
けれど、彼女は違った。隣ですっと手が上がった。
私は彼女の眼を見る。その眼はまっすぐ前を向いていた。
上がった手に気づき、ぶつかり合っていた彼らが三澄さんに注目する。
「三日」
小さな口を精一杯広げる。
「いや、二日、ください。私が、描きます、ポスター」
力強い言葉が部室に、私の心に響いた。
過去のポスター集めは長谷川君に任せ、私はWebで少しでも参考になる資料を探し、印刷しては図書室の一テーブルに構える三澄さんに持っていった。
「これ、七夕系のイラスト参考になるかなって」
彼女の前にプリントした紙を置き、彼女は頷いて返事をする。
真っ白な紙に鉛筆を走らせる。
順序としてはラフを描き、仲谷さんにチェックしてもらい、問題なかったらパソコンに取り込んで、線を入れ、彩色し、色々と調整する・・・らしい。
まずは何を描くか、アイデアが重要となるが、丸まった紙がどんどん増えていくのを見るとなかなかうまくいっていないらしい。
「今までのポスター」
過去使われたポスターを長谷川君が机に並べる。
「ごめん、5枚しか見つからなくって」
「そんなこと、ない。ありがとう」
花火を見上げる絵。短冊と浴衣の男女。夜空にいる織姫と彦星。夏祭りの風景。浴衣を来て踊っている子供たち。
要素は夏、七夕、祭。その3要素が複数、少なくても一つあれば伝わる。
心配そうな顔で長谷川君が、「いけそう?」と問いかける。
「言ったからには、頑張る」
「わかった。宜しくお願いします」
そう言って、長谷川君はこの場から離れていった。
彼女の鉛筆の動きが止まった。
鉛筆を置き、今までのポスターを眺め、ため息。
強がったものの、上手くいかないといった顔だ。
「三澄さん」
顔を上げ、透き通った瞳が私を見据える。
「あんまり考えなくていいよ」
無神経な発言だ。自覚している。でも、余計なことは必要ない。
「三澄さんが描きたいものを描けばいいよ」
「私が、描きたい、もの?」
「そう、三澄さんが描きたいもの。今まではこうだったらからとか、どうやったらお客さん呼べるだろうかとか、七夕なんだからとか、そういう邪魔なものは考えなくていい。あなたが好きなように描けばいい」
「私が、好きなように・・・」
顎に手をあて、考え出す。
「ごめん、何も詳しくない私の意見の方が余計だよね」
「そんなこと、ない」
彼女が私の手を握る。
「私の好きな物を描くから」
私の眼を真っ直ぐ見つめる。やがて手を離し、再び紙と向き合う。
鉛筆が軽快に動き出した。
数時間後、出来上がったラフを見て私は笑みを浮かべた。
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