第4章 おなじ空の下で

第4章 おなじ空の下で①

「うお」


 朝起きると、三澄さんの顔が目の前にあって思わず声が出た。

 周りを見渡すと、そこは紛れもなく自分のうちであったのだが、見目麗しい彼女が横にいて、すやすやとお休みになっていた。

 どういう状況だっけ?

 徐々に頭が起きてきて、泣き止まない彼女をうちに泊めることになったことを思い出す。

 ご飯を食べたら、夜遅くになっていたので、この時間に女の子一人帰すのは危ないと思い、泊っていくことを提案した。彼女は嫌がったが、半ば強引に押し切り、うちに一泊させた。

 うちにはベッドがなく、布団なので、布団とマットを横に敷き、上半身を布団に、下半身をマットに置く形で二人並んで寝た。

 終日ずっと作業していたし、色々なことがあって疲れたのか、私の隣で彼女の寝息がすぐに聞こえてきたので、安心して私もすぐに意識をブラックアウトさせた。

 気づいたら、朝。時計を見るともう昼だったというわけだ。

 横にいる人物をまじまじと眺める。

 寝ている姿はさながら眠り姫のように綺麗だ。綺麗だけど、どっちかという可愛い印象を持ってしまうのは、小動物っぽさを感じるからか。

 頭に手を置き、髪を撫でる。昨晩、私と同じシャンプーを使ったはずなのに、髪は引っかからず、さらりと指を通す。

 何これ、気持ちいい。

 そのさらさら具合に感動を覚え、髪を撫で続けていると、被害者の眼がパチリと開いた。

 髪を触っている私と数秒間目が合う。

 突然慌てて起き上がり、壁の隅に避難する。


「えっ、榎田さんが何でいるの、えっ、夢、頭、頭撫でられていた!?」


 彼女も状況を理解できず、夢だと思っている。


「昨日のこと忘れちゃったの?」

「昨日、うえ、うええ、うええええ」


 彼女の動揺しっぷりが面白いので少しの間からかっていたら、顔を真っ赤にして頬を膨らませた彼女が見られたのであった。

 

 起きた時間は日曜朝の戦隊ショーはとっくに放送が終わっている午前11時を回っていて、さらにからかっていたらあっという間にお昼の時間になっていた。


「今日は学校行くのどうする?」


 うーんと悩む三澄さん。

 昨日あんなことがあっただけに今日行くのは時期尚早か。


「今日は辞めようか」


 しばらく思案した後、「うん、そうしよう」と答えが返ってくる。

 仲谷さんに今日は不参加、謝罪メールを打ち、さてと立ち上がる。


「とりあえずお昼食べに行きますか」


 はにかみ、うんと告げる彼女の笑顔を、もう泣かしたくないなと心の中で思った。


 

 その日の彼女は違った。

 外に出ても、パーカーのフードを被らなかったのだ。


「三澄さん」


 私の言葉に振り返る。彼女の顔が直に見える。


「帽子被らなくていいの?」

「うん」

「そうなのか」

「うん、榎田さんと一緒なら大丈夫」


 どんな心境の変化があったか、わからない。

 責任。罪の意識。

 帽子を被らないのは恥ずかしいはずだ、怖いはずだ。

 羞恥。恐怖。

 でも、彼女は自分の感情を乗り越え、前へ進んだ。

 脱却。進歩。

 檻に戻ることを辞めた。

 だから、私は彼女の勇気を歓迎する。


「でも、私のあげた帽子はたまには被ってほしいかな」

「被る、被る。あれは大切なものだから、大切な時に被る」

「わかっている、わかっているよ」


 彼女を手招きし、ファミレスに入る。

 大学に慣れるのに必死でバイトはしていないので、金銭に余裕がないのだ。

 でも、三澄さんと一緒ならそこはフレンチ、中華料理フルコースよりもずっと。

 ずっと楽しいし、美味しい気がする。そんな気がするのだ。

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