第3章 魔除けのおまじない⑤

「本当にごめんなさい」


 あの後、部室に戻り、血を拭かれ、氷を当てられで、一通りの処置を受けた。唇が少し切れただけで、歯が折れていたり、顔に傷がついたりはしていない。お嫁さんにいける顔だ。


「本当にごめんなさい」


 また、仲谷さんから謝られた。


「大丈夫、大丈夫だから」


 お道化てピース、ピースとポーズするが、彼女の顔は固いままだ。


「最近は古瀬が来ないから油断していた。本当に厄介な奴なの」

「何で、そんな人が委員長に?」


 白崎先輩が会話に割り込む。


「あいつは前いた先輩たちと仲良くて、先輩たちの推薦であいつが選ばれたの」


 コネでその地位を手に入れたということか。


「その肩書はそんなに重要なんですか?」

「実行委員会に入ると屋台の配置とか、ステージの時間とか色々なことを優遇できるの。特に委員長ならそれは思いのまま。あいつはその利権が欲しくてわざわざ委員長になったの」


 「これ見て」と先輩が紙を広げる。


「屋台のスペースだけど、あいつのサークル『ラウンジワン』は入口に一番近い場所、それにスペースが他の2倍の広さ」

「ひどいですね」

「ここまでやるのは露骨ね。でも他の人もやっていること。そうじゃなきゃ、無償で準備を手伝う旨味はないからね」


 「あなたたちは別だけど」と付け足す。


「謝るのはそれだけじゃない」


 私は仲谷さんの顔を見る。


「さっきは啖呵切ったけど、あいつを停学、退学にすることはしたくないの。この件を報告したら、実行委員会の活動停止、文化祭の中止に繋がる」


 学校で暴力事件、そんなことが知られたらただでは済まない。大学側は済まさない。


「だから、殴られた榎田さんの気持ちを考えると、許せないと思うのだけど、私たちは文化祭を守る選択をしたい」


 当然だ。彼女らは文化祭のために努力をしてきた。


「でも、それは私の気持ちであって、あなたがあいつの処罰を望むのなら学校に報告していいわ。そのことで私たちはあなたを決して恨まないから」


 だから、私は彼女たちの思いを守る。


「私は何も言わないよ。文化祭楽しみだし、ここまで頑張って準備したからね」


 笑顔を仲谷さんに向けると、泣きそうな顔をする。


「ごめん、本当にありがとう」


 私は立ち上がり、部室の端でぐすぐす泣く三澄さんに近づく。


「怖い思いさせちゃったね」


 彼女は私を見て、首を横に振る。


「今日はこれで帰らせてもらいます」


 仲谷さんの「わかった、二人とも本当にごめんなさい」という力ない言葉を聞き、泣く三澄さんの手をとって、部室から出ていく。

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