第2章 噂の攻略王③

 のこのこ付いていくと東棟に着いた。

 三澄さんが迷わずエレベーターのボタンを押す。

 この上ということかな。

 エレベーターが到着し、二人で中に入る。

 三澄さんの無言には慣れたつもりだったが、エレベーターの中での無言タイムはどこかもどかしい。緊張し、嫌な汗が流れる。息苦しい。BGMでもかけてほしいくらいだ。どうですか、エレベーター会社さん、導入してくれませんか?


 チンという音と共にドアが開き、緊張空間から解放される。

 外の空気がうまく感じる。

 さらに三澄さんは進み、窓を開ける。

 窓の先には、なかなかの面積をもった屋上が広がっていた。

 窓を開けた三澄はためらいもなく、窓をよじ登り、超えようとする。

 三澄さん、スカート、スカートだから、見えるから!私、女の子だからいいけど、私がもし男だったらNG行為だからね、駄目絶対。

 そう思うも、口に出さず、後ろを向き、やり過ごす。

 女の私でも見るのは恥ずかしいのだ。

 恐る恐る前を向くと三澄さんはすでに窓の先の世界に立っていた。

 こっちを見て、手招きする。

 うん、どう見ても正規ルートではないよな。

 何処かにきちんとした扉があるのだろう。窓から行くのは裏道だ、でもそういうのってワクワクする。

 私もよいしょと窓を超える。本日はズボンなので何も問題ない。大学にスカートを穿いてきたことは入学式以降ないのだが。女を捨てているわけではけしてないと私自身に弁明する。


 窓を飛び越えると、360度とはいかないが、270度ぐらい私の周りに空が広がっていた。「うえ」と言ったのは、屋上のことだった。

 周りを遮るものはなく、あるのは空。

 キャンパスが一望できる高さだ。上から見ると広いキャンパスだなと思う。

 絶好のスポット、なのに誰もいない。

う ちの大学にこんな場所があったのか。隠れ家、秘密基地、言い方はなんでもいい。素敵な場所であった。


「こんな場所、どうやって知ったの?」

「秘密」


 彼女がいたずらに笑みをつくる。

 いつもはしない表情にドキリとさせられる。

 そんな動揺を隠すように私は言葉を投げる。


「ご飯、食べようか」


 私の言葉に三澄さんが躊躇わずに床に座る。すかさず私はバッグからタオルを取り出して、彼女に渡す。


「使って」


 三澄さんがタオルを受け取るも、首を傾げる。


「地べたにそのまま座ったらスカート汚れちゃうでしょ」


 三澄さんがなるほどといった顔をし、タオルをスカートの下に置く。


「そういう考えもある」


 いや、当然の感情として思って欲しいのだけど。スカート汚しちゃいけません、と母親に怒られたことはないのだろうか。

 一方でズボンの私はそのまま地べたに座る。


「あなたはいいの?」

「私はズボンだからいいの」


 私の言葉に反応し、三澄さんがタオルの端に座りなおす。


「座る?」


 と私にタオルの開いたスペースを指さす。


「いやいや、いいよ、狭いでしょ?」

「狭くない」


 彼女が私をじっと見る。


「榎田さん、細いから大丈夫」


 なかなかに強情だ。私は諦め、タオルの空いたスペース、彼女の隣に座る。

 近い。

 彼女の息遣いが聞こえてくる近さ。

 肩はギリギリぶつからないけど、これはなかなかに緊張する距離だ。

 私が緊張する一方で、三澄さんはがさごそとリュックを漁り、ピンク色の包みに入った弁当箱を取り出す。


「弁当もってきているんだ」

「うん」


 彼女が小さく頷く。


「母親がつくってくれるの?」

「ううん」


 首を横に振り、否定する。


「つくっている」

「つくっている?三澄さんが?」

「うん」

「毎日?」

「うん」


 そう肯定しながら、三澄さんが弁当箱を開ける。お肉や野菜の入った、彩り豊かな綺麗なお弁当が現れる。

 これを毎日・・・すごいな。まともに料理できない私には、弁当を毎日つくるという行為が信じられない。


「偉いね、三澄さんは」

「偉くない」

「いいお嫁さんになれるね」

「そんなこと、ない」


 ぷいっと顔を逸らす。照れているのかな。

 顔を赤くした三澄さんは箸を使って、小さな口に弁当を運ぶ。

 ふむふむ、なかなかに絵になる光景だ。

 さて、私も食べますか、とバッグを漁ると、中にはアンパンしか存在しなかった。

 アンパン。

 いくら体重が気になる女子大生だからといってアンパン1個では物足りない。付いていくことに必死で自分の食糧調達を失念していた。

 アンパンだけ。って、私は張り込み刑事か。誰の?三澄さんの?張り込みというか、それじゃただのストーカーだ。

 しぶしぶパンの袋を破り、かぶりつく。

 うん、甘い。

 三澄さんが横目で私の食べている様子を見てくる。

 私の食事風景を見ても何も楽しいものはない。ただのアンパンだ。みすぼらしいランチタイムだ。SNSにこれが私のランチです、どや!と自慢できない。いいね!が押されたらそれはただの煽りだ。


「購買で買うの忘れちゃって」

「そう」


 見ていたくせに、あまり興味がなさそう。実は凄くアンパン好きという設定はなさそうだ。


「三澄さんは購買行かないの、食堂は?」

「行ったことない」

「そうか、安くていいよ」

「人が多いのが嫌」

「あー、そうだよね、人だらけだよね」


 私も人が多いところは得意というわけではないが、彼女はもっとだろう。嫌どころではない、おそらく拒絶。


「でも、弁当つくるの忘れちゃった時とか、つくるのかったるいなーという時とかに便利だよ」


 三澄さんがピタッと箸の動きを止める。


「そういう時も、ある」


 そうか、三澄さんでも忘れるとか、かったるいなーとか思うのか。彼女の普通な感情に少し安心する。


「だから」

「うん?」

「その時は連れていって」


 連れていく、私が?

 彼女は言い終えるとまた箸を動かし、ご飯を食べ出す。

 三澄さんからのお誘い。

 また一緒に食べていいんだ。

 嬉しくないわけがない。


「わかった、今度、今度行こうね」


 私の喜びの言葉に三澄さんが頷く。

 できるだけ人の少ない時間の食堂、購買。いつだろうか、調べておこう。

 そう考えていながら、口をもぐもぐ動かしていると、手に持っているアンパンが消えていた。

 もう食べ終わった。

 やることもなくなったので、三澄さんの食べている様子を見る。

 小さな口にせっせとご飯を運ぶ。頬が膨らむのがリスっぽくて可愛らしい。

 観察していた私の視線に気づいたからか、三澄さんがこちらをちらちら見てくる。

 彼女が箸を置き、私に尋ねる。


「欲しいの?」


 足りなくなったから見ていたわけではない。私は食いしん坊キャラではないわ!

 見ていたのは三澄さんで、お弁当ではない。でも三澄さんの手作り弁当を食べてみたい気持ちはもちろんある。


「食べる?」

「いやいや、悪いよ、大丈夫だから」


 彼女がお弁当にあった、だし巻き卵を箸で掴み、私の口の前に差し出す。

 これは食べろってこと?


「後で購買行くから平気、平気だよ」


 彼女は箸をさげずに、目を細め、こっちをじっと睨む。

 変なところで強情だ。

 受け入れるのは簡単だ。

 でも、これはいわゆる「あーん」というやつで、なかなかに恥ずかしいイベントなわけで、女同士だから普通とか、そういうことではなくて。

 箸がプルプルしている。力の限界?このままじゃ卵が地面に。

 だから仕方なく、仕方なくなんだからね!

 そーっと口を近づけ、だし巻き卵に被りつく。

 三澄さんが箸を離す。

 もぐもぐ。

 最初に浮かんだ感想は。

 甘い。

 シチュエーションではなく、味がだ。

 甘いけど、美味しい。


「美味しいよ、三澄さん」

「本当?」


 不安そうに答える。


「本当、本当。でも私はもうちょっと砂糖控えめな方が好きかな」

「わかった、覚えておく」


 覚えておいてくれるのか。次も期待していいのかな?


「まだ食べる?」


 私はぶんぶんと首を横に振る。


「いいよ、もう大丈夫。三澄さんの分減っちゃうでしょ」

「そう」


 これ以上は許容量オーバーです、お腹ではなく、心が。

 三澄さんがもぐもぐとまた食べ始める。

 ああ、そういえば私がさっき使った箸だ。誰かと同じ箸を使うというのは普段なかなかにない。

 でも、何も嫌がっていないから気にしない質なのだろう。

 こういうことに恥ずかしさを覚えないのか。無頓着なのか、警戒心がないのか。一度警戒が緩むとこういう子なのかな。

 日差しが温かく、のんびりとした時間が流れる。

 二人だけでのんびりしていると、どこかピクニック気分で、学校にいることを忘れる。

 三澄さんが食べ終わり、弁当箱をリュックにしまう。


「美味しかった」


 彼女がお弁当の感想を述べる。


「え?自分でつくったものでしょ?」

「違うの」


 違う?何が違うの?よくわからない。変な三澄さんだ。

 立ち上がり、背伸びする。

なんにせよ、いい気分だ。このままのんびりするのも悪くないが、それでは日が暮れてしまう。

 楽しい時間は限りがあるから貴重なのだ。


「行こうか」

「また」


 彼女がすぐ返してきた。


「どうかした?」

「また食べよう、ね」


 また食べようね。

 口元がにやつくのを抑えられない。


「うん、また食べよう。今度は学食にでも行こうね」


 私の承諾に彼女は口元を抑え、小さく笑う。

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