第2章 噂の攻略王②
最初はどこか浮足立って慣れなかった大学の空気にも違和感を覚えなくなってきた。
住めば都。住んではいないけど、慣れというのは恐ろしいものだ。
帽子女として違和感マックスだった彼女も、可愛い女の子として大学に溶け込んでいた。いや、眩しすぎてまだ皆、直視できていない可能性も否定しないけども、少なくとも彼女を奇異な目で見るものは消えた。
目の前で今日も私のあげた帽子を被る三澄さんが、パソコンを使って作業している。
今日の授業では、ラフデザインはできたので、パソコンで実際に色をつけ、体裁を整えていく作業をしている。普段は大人しいのに、パソコンでの作業はテキパキしており、デザイン関係に無知であった私は非常に助かっている。
頑張る彼女の様子を見ていると、丸い大きな瞳がこちらを向いた。
その無垢で不安そうな眼差しに思わずドキッとさせられる。
「ここ」
彼女がパソコンの画面を指さす。
ここ?ああ、私に考えを求めているのか。
「青色、淡い感じの色とかでどうかな?」
彼女はコクンと頷き、マウスでクリックし、青色に染める。
頷くばかりだった彼女が、少しだけれども会話してくれ、コミュニケーションもとれるようになった。
「いい、いいと思うよ、その色」
賛辞を送り、三澄さんもどこか満足気な顔である。
その後も黙々と作業を進め、授業終了のチャイムが鳴る。
チャイムが鳴ると同時に三澄さんはせっせと小さな手を動かし、オレンジ色のリュックにノート、筆記用具をしまう。
「三澄さん」
私の呼びかけに彼女は首を傾げる。
「あの、この後暇だったら、お昼一緒に食べない?」
ぎこちない。
私にも感染したのか。だって人を誘うなんて私の人生にほとんどなかった、と言い訳を述べる。
「授業前に食べてくるの忘れちゃって、えへへ」
そういってお腹を押さえて、おどける私。
三澄さんは少し考えるも、やがてリュックを担ぎ、歩き出す。
返答なし。
去っていく彼女の背中を見て、落胆する。
ああ、いきなりハードル高すぎたかな。
軽薄な感じは良くなかったか、嫌われちゃったかな。壮太に唆されたのがいけなかったか。もう少し積み重ねてからだったか。
後悔の言葉ばかりが頭に流れ、体が動かない。
すると歩いていた三澄さんが振り返った。
そして、首を傾げ、こっちを見る。
彼女の視線に気づき、思わず声を出す。
「どうしたの、三澄さん?」
「行かないの?」
いかないの?
何処に?お昼に?
「一緒にご飯食べてもいいの?」
三澄さんが縦に首を振る。
いいんだ。いいのか。
いつ肯定したんだ。返事せい!
わかりづらい、拒否されたと思ったんですけど。
読めない子だ。
だけど、だからか、嬉しいし、楽しい。
私の口元は自然と緩み、そして軽やかな足取りで彼女の後を追う。
私に尻尾があったらぶんぶんと振っているのだろう。
リードを引っ張っているようで、引っ張られている。というか振り回されている。でも、それも悪くないかなと思う。
彼女の後を嬉しい気持ちでついていった私であったが、徐々にその気持ちは薄れ、不安になってくる。
三澄さんは何処に向かっているのだろうか。
購買も食堂もこっちの方向にはない。
こっちには私の知らない隠れ家的お店があるの?もしかして異世界の扉でもあるのだろうか。私はこれから冒険者に・・・なるわけない。
こっちに私の知らない食堂でもあるのだろうか。
けれども、失礼ながら、三澄さんが食堂でご飯を食べている様子を想像できない。
一人で食堂に行くのはなかなか勇気がいる行為だ。
三澄さんなら気にしないかもしれない。今の格好ならともかく、前までの姿なら明らかに浮く。そういった目撃情報も聞いていないから、食堂に行ったことはないのだろうと勝手に結論付ける。
余計なことを考えていても仕方ない、私は彼女に問いかける。
「三澄さん、何処に向かっているの?」
彼女が立ち止まり、振り返り、単語を発す。
「うえ」
うえ。上。思わず上を見る。
空があった。
空?
空で食事?青空レストラン?
実は大学には空に浮かぶ島があってだな。親方、空から女の子が!ってことはない。
お前は酸素でも食っていろ、ってこと?
馬鹿な想像をしている私を無視して、三澄さんが再び歩き出す。
異世界だろうと空飛ぶ島だろうと今は付いていくしかないってことか。
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