第2章 噂の攻略王⑧
頼まれたからには、達成できなかったことを謝るべきだろう。
そう思い、携帯電話を取り出し、謝罪しようと考えるが、メールで済ませるのも淡白で嫌だなと感じ、仲谷さんに「会えないか」と文字を打つ。
すぐに返事は来ないだろうと思っていたら、手に持っていた携帯が震えた。
『おーっす、きよりん、私に何の用だい?』
耳につけた機器からひと際元気な声が聞こえる。
「少し話したいと思ったんだけど、時間ある?」
『あるある。今実行委員の教室にいるんだけど、そこに来てもらっていい?』
実行委員、はて何を実行するのか。大学に委員会活動なんてあったかな。
「わかった。何処の教室?」
教室の場所を聞き、電話を切る。指示された場所へ足早に向かう。
言われた場所に来ると、扉に装飾された文字で、「七夕祭実行員会」と書かれていた。
そういえば、うちの大学にそんな名前の学園祭あったな。この場所は学園祭を運営する人たちの場所ということだ。部外者の私が入っていいものなのだろうか。
・・・ええい、悩んでいても仕方ない。
扉を二回ノックすると中から、「はーい」と陽気な声が聞こえた。入っていいということだろう。恐る恐る扉を開ける。
「ようこそ、きよりん」
椅子に座った仲谷さんが手を広げて私を歓迎する。
「どうも」
部屋の中は狭く、部室レベル、とても授業などできる広さではない。中に誰かいるかと心配していたが、仲谷さんしかいなくて安心する。
「はは、タナジツ、ああ、七夕祭実行委員会のことね、人が足りなくて大変なんだよ。皆、サークルと掛け持ちでほとんど来ないの」
「そうなんだ、もう5月も終わるっていうのに大変だね」
「そう、マジ大変。というか本気でやばい。まじやば」
「あはは」と笑いながら仲谷さんは答えるが、残り1か月ちょっと、本当に大変なんだろう。
「それでいきなりの連絡、どうしたのきよりん?」
私は手を合わし、「ごめん」と謝る。
「うん、何のことかな?」
「頼まれたこと。三澄さんと友達になりたいって話。本人に聞いたんだけど、いい返事もらえなくて」
「そっかー。やっぱり駄目だったか」
「でも、知らない人は嫌だって理由なんで、これから、これから話せば何とかなると・・・思う」
彼女が「私だけでいい」って言っていたことは黙る。
「だから、話す機会があれば」
「でも、その話しかけるのが難しいんですよね」
その通りだ。
「きっと知らない私がいきなり話しかけても無視されるでしょう。彼女、壁が分厚いですもの。防御フィールド全開」
たまたま私は授業が一緒だったから、同じグループになったから、必要に迫られたから、三澄さんと話すことができた。
接点がなければ彼女と話す機会は私も存在しなかっただろう。その接点というのはほとんど存在しないのだ。
「私が仲介で、一緒にご飯食べるとかでどうかな?」
「うーん、嬉しい提案ですが、どうですかね。嫌がりそうですね」
陽気な声も影を潜める。
「それにこれ以上、攻略王に迷惑かけるのも悪いですからね」
「そんなことないよ」
「いえいえ、私が入ることで二人の関係も壊れるかもしれないですよ」
私たちの空間に仲谷さんが入る、どうだろうか。三澄さんと仲谷さんが会話するようになるのか。わからない、わからないけど三澄さんは余計な干渉を嫌がるだろう。
「きよりんはわざわざ直接言いに来てくれたんですね」
「優しいですね」と悲しい顔で言う。
優しくない、なぜなら私は何も後押ししていない、何もできていない。誠意にかけると思っただけだ。私と彼女の違いは機会があったか、それだけだ。
元気が売りのはずの仲谷さんも喋るのを止める。
私は沈黙を嫌がり、机に置いてあったチラシを手に取った。
「七夕祭実行委員、募集中?」
仲谷さんが顔を上げる。
「新歓は盛り上がって、たくさんの人が来てくれたんだ。でもいざ祭の準備を始めようとするとほとんどの人が動けなくて、気づいたら辞めていく人ばかり。少しでも力を貸してくれる人を探そうとこの時期にチラシを配っているんですよ」
全然成果はないけどね、と声のトーンが落ちる。
「それにうちの学校って2回の学園祭じゃん。7月の七夕祭、11月の秋祭。11月の方が2日開催で規模大きいから先輩たちはそっちに力入れていて、七夕祭はほとんど1年生が動かしているの」
私はじっとチラシを見つめて、考える。
「もしかして、きよりんは実行委員に興味ある系?」
「うーん」
「すでに何かサークル入っている?」
「サークルは入っていない」
「そ、そうなんですね。じゃあ、良かったら一緒に。いや、負い目を感じて無理に入らなくていいからね。本当にやりたいと思ったら、どうかな」
私は考える。
学園祭実行委員会。接点。機会の創出。
私の突然の「わかった」の言葉に仲谷さんは、「えっ」と声を上げる。
「私が機会をつくるから」
そう、私は三澄さんを七夕祭実行委員会に巻き込む。
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